ビジネスオブおっさんず 7
まあ結局のところ、なんの情報も得られませんでした。
「そんなもんだよな」
翌朝、花街の出入り口で顔を合わせたザンドルと肩をすくめ合う。
ルーファスの人相を訊ね歩き、知っているという客引きに案内されて入った娼館。
接客してくれた娼婦は、残念ながらというか案の定というか、何も知らなかった。
騙された、というほどでもない。
客引きの言葉も、「そんな御仁をご案内したことがあるような気がします」という程度のものだったのだし。
こんな場所に飛び交う情報の信憑性だ。
アテにする方がおかしいのである。
「ついた娘が、なかなかの女性だったのだけが救いだね」
「そりゃ羨ましい。オレなんてドムだったぜ。ドム」
「ご愁傷様」
謎のたとえ話に、僕は同情する振りをしてみせた。
日本での風俗遊びだって同じだ。どんな嬢がつくかは運次第。写真とかで選ぶのだってあんまりアテにならないのである。
むしろ、運を天に任せて遊ぶのが、僕としては好みだ。
ハズレを引くのも、また楽しからずや。
これでも結婚する前は、それなりに遊びは嗜んでいたんですよ。
「べつにエイリアスの風俗遍歴なんぞ知りたくもないな。とっとと宿に帰ろうぜ」
肩をすくめたザンドルが、すたすた歩き出しちゃう。
「どんな女だってやることは一緒だからな。目を閉じてれば見えないし」
「なにその謎の負け惜しみ」
肩を怒らせながら歩むイケメンであった。
宿に戻った僕らを迎えたのは、青い顔のナナミロである。
なんと、マリーシアとラーハーが帰ってきていないというのだ。
「おいおい……」
「どうなってんだ……?」
僕たちは顔を見合わせる。
女性陣が出かけたのは酒場だ。娼館などと違って宿泊はできない。
ちなみに、たいていの娼館も一泊しかできなかったりする。
たしか日本の遊郭とかもそうだったんじゃなかったかな。
ともあれ、朝になってもマリーシアとラーハーが戻っていないというのは、ちょっとおかしい。
「まさかとは思うけど、なにかあったのか?」
さすがに心配そうな顔をするザンドルだ。
僕だってもちろん心配だけど、それ以上に「そんな馬鹿な」って思いの方が強い。
なにしろ二人とも強いから。
街のチンピラ程度なら、マリーシアは片手で一個中隊くらい片付けることが可能だ。
ラーハーだって、普段は回復や支援に徹してるけど、前衛に出られる程度の戦闘力はある。
不意を突かれて、という可能性までは否定できないが、そもそも魔力感知や気配探知に優れたマリーシアの不意を、誰が突けるというのか。
ぶっちゃけ僕だって無理である。
「探しにいくか」
「だね。まずは彼女たちが行った酒場から……」
他に選択肢もない。
もしかしたら、酔いつぶれて寝てちゃって、主人に迷惑をかけているだけ、という可能性もあるのだ。
「いやいや。それはさすがに」
「マリーシアとラーハーだよ?」
「あ。うん。納得してしまった」
あっさりと論破されるザンドルである。
だってあいつら、一緒に行ったイタリア旅行で宿に帰ってこなかったからね。ふらっと遊びにいったきり。
安ホテルだったし、薬の売人とかもいるような場所だったから、すわ犯罪に巻き込まれたのかと心配してると、あっさり帰ってきたのだ。
イタリア娘をナンパすることに成功して、ラブホテル的な場所にしけ込んでたんだとさ!
連絡くらいよこせってんだよ。まったく。
と、そんなことをしていると、客があった。
マリーシアとラーハーの使いだという。
なんとあのふたりは、酒場で意気投合した富豪の家に、ごやっかいになっているのだという。
ほら、心配するようなことじゃなかった。
「こちらをエイリアスさまかザンドルさまにお渡しするよう、申しつかっております」
そういって使者が差し出すのは、手紙だろう。
きっと。
鷹揚に頷いて受け取ったザンドルが固まっちゃったけど。
「しょ、昭和の女子高生折り……」
謎の呟きとともに。
あれですね。
僕たちが中高生の頃、女子たちが授業中に回し読みしていた手紙の、複雑怪奇な折りたたみ方ですね。
開けたら最後、二度と元には戻せないという。
「ハート型……なんであいつらこんな折り方しってんだよ……」
「それは僕にきかれても判らないよ。奥さんとかに習ったんじゃないの?」
絶望の表情とともにザンドルが手渡すそれを受け取る。
いやいや。
僕だって、開け方に自信があるわけじゃないよ?
破らないように、慎重に開く。
その過程で、僕はあることに気がついた。
わざわざこんな折りたたみ方をした理由である。
マリーシアにしてもラーハーにしても、べつに可愛いからって理由でこんな事をするような女性じゃない。
中身オッサンだし。
となれば理由はひとつ。
開けられないためだ。
普通に二つ折りとかにしただけは、使者が中身を確認することが可能なのである。
かといって、きちんと封をするのは大仰で、世話になっている金持ちとやらを、ともすれば信用していないのかと取られる可能性があるだろう。
だから、見た目は可愛らしく、じつは開けにくいというものにした。
この用心深さはマリーシアの仕業だね。
性格の悪さが良く出ているよ。
「ほらね」
最後のひと折りを開き、僕は呟いた。
「なした?」
「日本語で書いてる」
仮に開くことができたとしても、僕たち以外には解読できない。
ていうか日本語で書くなら、複雑な折り方をする必要なんかないんじゃないかって気もするけど、ようするにこっちは保険なのだ。
開けられなければそれで良し。もし開けられてもなにが書いてあるか判らない。
僕たちしか知らない言語があるってのは、考えてみたらものすごいアドバンテージだね。
ざっと目を通し、ザンドルに戻す。
「……なるほどな」
ちいさく頷く伊達男。
「タ俺たタちがきたタら、ホウタライにルータファスがいるタタタと言うように依頼されたタタタタらしいタ。タヌキより」
文面である。
うん。小学生の暗号かよ。
ようするに、タを抜いて読めってことなんだけど、用心深さもここまできたら、むしろ嫌味だ。
ともあれ、この手紙から読み解くに、ルーファスはホウライにいないってことである。
じつのところ、そこはあんまり問題じゃない。
僕たちも、いればいいなくらいの気持ちでホウライ行きを決めたわけだし。
もしかしたらいないかもってのは、充分に想定の範囲内だ。
じゃあなにが問題なのかっていうと、
「オレたちはおびき寄せられたのか……」
ザンドルがうめく。
そのとおり。
いるかいないかではなく、僕たちをホウライにおびき寄せた、という事実の方がまずいのだ。
そこには間違いなく何者かの思惑が走っているのだから。
「何者かっていうか、魔王軍だろうけどね」
「だな。けどなんでそんな真似を?」
「普通に考えたら、僕たちをおびき寄せて叩く、ってとこだろうけどね」
僕は肩をすくめてみせた。
それが最も筋が通るのだが、いまひとつ自分を納得させられない。
というのも、わざわざホウライ国で仕掛ける理由がないからだ。
なにしろ僕たちは四人セットで行動している。べつにトリアーニの街で仕掛けたって問題ないし、道中で襲ったって良いくらいである。
「東方に行かせたかった、とかな」
同じような疑問を持ったのか、ザンドルが呟いた。
「それもたしかに筋は通るけどさ」
魔王軍の拠点ははるか西。
そこから遠ざけようとしたってのは、ありそうな話である。
ただし、ちょっとそぐわないような気もするが。
搦め手ではなくて、もっとこう、力押しをしてきそうな印象だ。
ダークナイトのデイビスもそうだったしね。
「とにかく、合流するしかないな」
「だね。鬼がでるが蛇がでるか判らないけど」
ザンドルの言葉に僕は頷いた。




