ビジネスオブおっさんず 6
そこから先は、一方的な殺戮だった。
僕の感覚で三十分足らずの戦闘。
味方は戦死者ゼロの重傷者ゼロの完全試合。対して野盗は、文字通り全滅した。
彼らも改心するだろうから見逃してあげましょう、なんて頭おかしい念仏を唱えるやつはいない。
当たり前だ。
他人様のものを、たとえ殺してでも奪おうってつもりで襲いかかってきた連中である。
改心なんかするわけがない。
一人でも二人でも見逃してやったら、復讐心に猛り狂ってまた襲ってくるだけ。
そんなもんである。
もしかしたら、この連中の前身は、普通の暮らしで食っていけなくなった民なのかもしれない。
飢饉とか戦乱とか。
もしそういうものだったら同情に値するし、為政者はなにやってんだって思ったりもする。
けど、だからといって殺して良いよ、奪って良いよって話にはならないのだ。
襲いかかってきた相手を許してあげましょー なんてことをいってられるほど、ここは愛に溢れた世界じゃない。
「お疲れさまでございました。エイリアスさま」
殺した賊の衣服で聖剣アイリスを拭いていた僕に、隊商の代表者が声をかけてきた。
この人はナナミロさん。
東方と西方をいったりきたりしている交易商人で、かなりの資産家だ。
顔も広い。
「無事に撃退できて良かったです」
「追撃はいかがいたしますか?」
全滅した敵を追撃というのもおかしな話だが、この場合は本拠地を探し出して叩くか、という意味である。
僕はゆっくりと首を振った。
「やめときましょう。必死の反撃にあうだけです」
「ですな。旨みがあるとも思えませんし」
逆らわず、ナナミロが頷く。
根絶やしにしなければいけない、というのはたしかな事実なんだけど、本拠地を襲うってのは、向こうに地の利があるってこと。
しかも彼らにとっては最後の砦なんだから、何がなんでも守ろうとする。
無理に攻めてもこちらの損害が増えるだけだ。
ナナミロが言うように、旨みもないしね。
盗賊団の本拠地なんぞに多額の金銭があるわけもない。そもそも物資や金銭、兵糧なんかの管理をきちんとできる人たちが、盗賊団なんてやるわけがないのである。
お金がなくなったから旅人や隊商を襲う。
奪ったものはぱーっと使い切っちゃって、なくなったらまた襲う。
その程度のメンタリティである。
そんな連中の本拠地を攻略占拠したところで、手に入るのは盗賊どもの妻子くらいのものだ。捕まえて奴隷として売るといっても、利益はたかが知れている。
犠牲を覚悟してまで挑むような戦いでは、まったくないだろう。
「盗賊団が隠し持ってた財宝からストーリーが始まるのは、わりとテッパンだけどな」
寄ってきたマリーシアが笑う。
ファンタジーライトノベルでも、TRPGでも、そこからスタートするのは良くある話。
リナが盗賊から奪った財宝から、『スレイヤーズ』の物語も始まってるしね。
「現実は、そんなに都合良くないさ」
僕は肩をすくめてみせた。
戦ったところで、実際は利益なんかない。
せちがらい世の中である。
やがて、隊商はバクスウの街へと入った。
出発から五十五日。
ついにホウライ国である。
「陸続きなんだな。ちょっと意外だぜ」
興味深そうに周囲を眺めながら、マリーシアが右手で下顎を撫でた。
うん。
カタナがあるし、日本みたいなイメージだから僕も島国だと思っていた。
街の雰囲気は、これまでとはがらっと変わって、ちょっと和風テイストな感じだ。
なんというか、欧米人が考える間違った日本、みたいなノリである。
和装っぽい上着にズボンを履き、腰の左右にカタナをさした戦士風の人が歩いてたりとかね。
「異世界に整合性を求めても仕方がないとはいえ、なかなか愉快なことになってるな」
ミニスカ和服の町娘を目で追いながら、ザンドルも苦笑している。
日本って国には二千年近い伝統があって、和服だって装飾品だって、そのなかで生まれては消えていったものだ。
突然あらわれたわけではないのである。
「ひとつの可能性だけど、僕たちが飛んだのはちゃんとした歴史をたどった世界じゃないのかもね」
「どういうことだ? エイリアス」
「まだ言葉にするのは難しいよ。マリーシア。ちゃんと考えがまとまったら話すね」
「公開されてない予言に価値はないぜ」
皮肉げにいって唇を歪める美少女だった。
後になって真相が見えてから、じつは前から判っていたとかいうなよって意味だ。
さすがに、そこまで厚顔なことはしないけどね。
どうにもおかしげな世界だと思っているのはたしかである。
まあ、ゴブリンとかコボルドがいて、魔法が存在する時点で、地球とは違う進化をたどっているのは確実なんだけど、どうにもそれだけでは自分を納得させられない。
なんなんだろうね。
この感覚は。
「しっかし、ルーファスの情報はないな」
ふうとため息を吐くザンドル。
立ち寄った宿場では必ず情報を集めているのだが、めぼしいものは拾えていない。
本当に、ホウライ国にルーファスがいるのか、彼を倒すために魔王軍が刺客を放ったのか、まったくわからないのだ。
魔族の女に偽情報を掴まされたか、と、疑うほどに。
「バクスウは大都市デースから、なにか手かがりがあるかもしれまセーン」
やたらとポジティブなラーハーである。
旅の間、聖女さま聖女さまとちやほやされ、すっかりアイドル気分だ。
中身オッサンのクセに。
あ、すごくどうでも良い情報なんだけど、この旅の途中でマリーシアもラーハーも生理がきた。
けど、ちゃんと備えていた僕たちに死角はなかった。
生理も二度目の経験なら、僕もザンドルもお世話に慣れちゃうのである。
女性陣は動き回るのがきつかったので、馬車の片隅を借りて横になっていたが。
ちなみに、マリーシアの方がよりつらそうだった。
話には聞いていたけど、かなり個人差があるっぽいね。
「二手に分かれて情報収集をしまショー」
「良いぜ。どう分かれる?」
「ここは、男チームと女チームになるのが良いかトー」
「おいおい……まあ、良いけどよ」
反論しかかったマリーシアだが、すぐに首肯した。
ラーハーだって素人ではない。
なんの考えもなく、女性だけのチームを作ろうなんて、おかしな提案をするわけがないのだ。
このようなケースでは、男女混合の二人組をつくるのがセオリーである。
僕とラーハー、ザンドルとマリーシア、というあたりがテッパンだろうか。
戦力バランス的に。
もちろん、マリーシアとラーハーの組でも劇的に戦力が低下することはない。
ふたりとも充分に強いからね。
ただ、それは僕たちと隊商の人くらいしか知らないのである。
中身がオッサンなのはともかくとして、見た目だけはものすげー美少女のふたりが、酒場とかで情報を集めてたらそりゃあ目立つさ。
絡みついてくるチンピラのひとりやふたりはいるだろう。
単なるナンパ目的なのはどうでも良いとしても、もしかしたら魔王軍の関係者がいるかもしれない。
「それを敵の尻尾とみなして、思いきり引っ張るって寸法だな」
ザンドルが腕を組む。
囮作戦としても杜撰な計画だけど、僕にも有効なアイデアがあるわけじゃない。
「今できるのは、そのくらいのもんだよね」
肩をすくめてみせた。
「オレたちは、野郎二匹で情報を集めるか」
「だね」
「娼館にでもいったらどうデースか?」
そして、とんでもないことを勧める聖女だった。
男同士なら行きやすいだろう、と。
たしかにそうですけどね!
一応お前さんは女性で、しかも宗教家なんだから、そういうこと勧めるのってどうなのよ。
「……ルーファスは単独行動だから、よりそういう店には行きやすいか」
ふむと頷く伊達男だった。
なにしろ僕たちの体もルーファスの体も、ばりばりの若者である。
性欲から無縁ではいられない。
となれば、宿場ごとに娼館に足を運んでも不思議はないだろう。
「当たってみる価値はあるかもな」
行く気まんまんですね。ザンドルさんや。