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ビジネスオブおっさんず 5


 ホウライ国を目指して、東へ東へと旅をする。

 ああ、路銀に余裕があるって素晴らしいなあ。


 フリットンの迷宮で手に入れた財宝が効いてるね。ダークナイトとの戦いで消耗した装備の補修とか、その後、旅篭(はたご)を二部屋も借りたりとか、いろいろうるさいだろうからと手渡した心付け(迷惑料)とか、けっこう物入りだったんだけど、僕たちの財布はまだまだ元気です。


「しかも隊商(キャラバン)に同行させてもらってるから、ラクだしな」


 荷馬車の上でくつろぎながら、ザンドルがぽろろんとリュートをかき鳴らす。

 ぽろろん、と。


 もちろんこの楽器は彼のものではない。

 隊商の人から借りたのだ。

 ギターを弾けるのは知ってるけど、まさかリュートまでできるとはね。


 伊達男が荷馬車に腰掛けリュートを爪弾く姿は、控えめにいってかなり絵になる。


「かつての英雄ー 赤の」

「やめるのデース」

「そげふっ!?」


 ラーハーに蹴られ、ごろごろと馬車から転落するザンドルだった。

 うん。

 悪は滅びた。


 隊商の人たちが爆笑している。

 トリアーニを旅立って十日ほど。イケメン楽士と可憐な聖女の漫才は、すっかり風物詩になっている。


 長年のコンビを組んでる漫才師みたいに息のあった掛け合いだ。

 まあ、じっさいこいつらの掛け合い漫才は、けっこう面白くて他のプレイヤーも楽しんでいたものである。


 で、調子に乗ってネタ合わせとかもやっていたらしい。

 もちろんTRPGとは、そういうゲームではない。


「平和なこったぜ」


 馬車には乗らず、横を歩いているマリーシアが苦笑した。

 口にはどこで千切ったのか、葉っぱのついた茎をくわえている。

 あんたは悪球打ちか。


「この世界にはタバコがねえからな。口寂しくてよ」

「探せばあるかもだけどね」

「けど、見つけたら見つけたで、女が吸うなとか言われるんだぜ」

「それは偏見と思い込みじゃないかなぁ」


 僕は肩をすくめてみせた。

 彼女の左側を歩きながら。


 僕たちの住んでいた地域では女性の喫煙に対してあーだこーだいう人は少なかった。

 けど、そもそも愛煙家(スモーカー)自体が非常につらい立場に置かれていたのだ。


 喫煙可の店にわざわざ入って、タバコ臭いと文句をつける輩がいるくらいに。

 とある愛煙家の漫画家が亡くなったときに、だからタバコは百害あって一利なしとか言い出す輩がいるくらいに。


 自分のやっていることが正しいと、大声で主張せずにはいられない人というのはどこにでもいるものだが、正直かなり鬱陶しい。


 タバコくらい好きに吸わせれば良いのだ。

 禁煙の場所などで吸ったり、吸い殻のポイ捨てとかをしないかぎり。


「けどまあ、わざわざ探さなくてもいいさ。せっかくきれいな体なんだからな」

「まあね」


 スモーカーだって、健康に悪いことくらいは知っているのである。

 吸わなくて済むなら吸わない。


「それに、従士さまがタバコをぷかぷかってのも、かっこわりいしな」

「それにも同意するよ」


 僕たちが隊商の同行者となれたのには、僕たちの肩書きが大いにものをいった。


 エゼルの街の従士。

 腕っ節だけでなく、人格的にも認められているってことなのだ。


 現代日本だと、警察官とかそんな感じかな。

 昨今は警官が犯罪を犯しちゃうケースもあるから、全幅の信頼ってわけにはいかないだろうけど。


 騎士に比べたら一段落ちるだろうけど、世襲とかじゃない分、信頼度は高い。


 その従士に太陽神ラーファの聖女だもの。

 信頼感はばっちりですよ。


 ザンドルは、とくになんにもないけど、僕たち三人の共通の友人って立ち位置だね。

 縛られるものがないのに、ちゃっかり権利だけは受け取っちゃう。

 いいポジションなのである。


「しっかし、こうも平和だと退屈しちまうな」


 大あくびをするマリーシア。

 おいおい。

 それはフラグってやつでないかい?


「ぬ?」


 弛緩していた彼女の表情が引き締まる。

 くわえていた葉っぱを、ぺっと吐き出す。


「殺気が近づいてきやがるぜ」


 ほら。

 やっぱりフラグが立った。

 でも彼女の表情を観察するに、非常に楽しそうだ。


 十日間の平和な旅は、あんまりお気に召さなかったのだろう。

 もしかして、わざとフラグくさいことを言ったんじゃないだろうな?





 接近しつつあるのは野盗だ。

 騎乗している者もいれば、徒歩の者もいる。


「数は五十から七十!」


 荷台の上に立ったザンドルが叫ぶ。

 かなりの数だ。


 こっちで戦えるのは僕たち四人と、護衛として雇われている傭兵が六人だから、ざっと五倍から七倍ってところ。

 まともに考えたら勝算なんかない。


 奇声を上げながら接近してくる賊ども。

 統制は取れておらず、陣形もくそもない。単なる力押しである。

 まあ、人数で戦意喪失して逃げ出しちゃうんだろうけどね。普通は。


 でも僕たちは普通じゃない。

 残念ながらね。


 一団で向かってくる敵とか、ただの的だ。

 彼女にとっては。


「七面鳥撃ちだな! ファイアボール!!」


 マリーシアの手から放たれた光弾が野盗どもの中心部で炸裂する。

 何が起きたのか判らないまま、爆発に巻き込まれた盗賊どもが千切れ飛ぶ。


 たった一発で、おそらく十人以上が死んだ。

 そりゃあ、かたまっていたらそうなる。


 ちなみに彼女の言った七面鳥撃ちってのは航空軍事用語で、敵機を一方的に、まるで狩猟でもするように撃ち落とすこと。

 有名なのは『マリアナの七面鳥撃ち』だ。


 一九四四年六月のマリアナ沖海戦。

 日本海軍は、空母三隻とその艦載機のほとんどを失うという大敗を喫した。

 具体的には四百機近くが撃墜されたのである。


 ものすごい一方的な戦い(ワンサイドゲーム)で、戦ったアメリカ海軍は一隻も撃沈していない。

 これが、『マリアナの七面鳥撃ち』。

 西太平洋の制空権と制海権を、完全に奪われてしまった戦いである。


「もういっちょ! ファイアボール!!」


 色めき立つ賊どもに、さらに追い打ちをかける。

 散開する前に少しでも数を減らそうという考えだ。


 なにしろ、敵の方がまだまだ多いのである。

 荷台の上からは、ザンドルが次々と矢を射かける。得意の二本同時発射で。


 彼の技量だと四本まで同時に射てるらしいけど、弓にかかる負担も大きい上に、命中精度が落ちてしまうのだそうだ。

 まあ、二本同時に矢を射て、両方命中させるようなバケモノの台詞である。

 どの程度さがったら命中精度が悪くなったということなのか、僕にはさっぱりわからない。


 マリーシアとザンドルの遠距離攻撃で、野盗どもは三十以上の犠牲を出した。


 びびって逃げようとする者、なおも戦おうとする者、どうしたらいいのか判らなくて立ちすくむ者、さまざまである。

 そしてそれこそが弱敵である証拠。


「行くぞ! 続け!!」


 僕を先頭にして、六名の傭兵たちが突撃を敢行する。

 算を乱している賊に、一気にとどめを刺すのだ。


「みなさんに、ラーファの祝福ヲー 聖なる守り(プロテクション)


 やはり荷台の上で、ラーハーが両腕を広げる。

 柔らかな光が、僕と傭兵たちを包んだ。


 なまくら剣の攻撃なんか素肌で防げちゃうくらいの防御魔法である。

 勇気百倍。

 喚声をあげて突っ込む。


 僕の手には、白銀に輝く聖剣アイリスだ。

 横薙ぎにぶんと振れば、発生した剣圧が二、三人の野盗の首をまとめて刎ね飛ばした。


「なるほど。たしかにすごいね。こいつは」


 惚れ惚れしちゃう。

 にぃと笑った僕がさらに踏み込む。


 正面に現れたのを袈裟懸けにし、返す刀で後ろの回り込もうとしていたやつを胴薙ぎにする。

 素晴らしい切れ味だ。


 どさりと、上下ふたつに分かれた賊の体が地面に落ちる。


「ヴォォォォォっ!!」


 そして吠えた。


『おぉぉぉぉぉっ!』


 傭兵たちも、すぐに唱和する。

 原始人みたいで申し訳ない。


 でも、声を出すってのはすごい大事なのである。

 自分の方が強いんだよってアピールになるし、声を出すことでけっこう体が動くようになるのだ。


「聖剣いいなー 俺も欲しい」


 いつの間にか横に並んだマリーシアが、羨ましそうに言う。

 抜き放たれたカタナは、すでに柄元まで真っ赤っかだ。


 あげないよ?

 ていうか、カタナの方が良いって自分で言ったんでしょうが。アンタは。


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