ビジネスオブおっさんず 4
さて、魔王というのはずっと西の方にいるらしい。
徒歩の旅だと、百日とか二百日とかかかるような場所だ。
で、魔王の下には、四魔将って高位魔族がいる。
このうちの暗黒騎士デイビスは僕が倒したわけだけど、他に三人もいるという。
魔界公子ハラザール、深紅の猛将ガラゴス、地獄の魔導師カラミティ。
もう、中二病全開なネーミングセンスである。
その四魔将は、それぞれ十万ものモンスター軍団を率いているのだという。
ちょっと兵力が圧倒的すぎる。
現実問題として、西方にある国のほとんどは、もう平らげられている。
人間の勢力圏はどんどん東へと追いやられている状態だ。
魔王軍がこの国……モランド王国に迫るのも、何年も先って未来ではないだろう。
そんな中、ダークナイトデイビスが王都トリアーニの近くにやってきたのは、僕らの読み通り偵察だった。
聖女が現れ、それに導かれるように勇者が集った、という情報をキャッチしたから、幹部の一人であるデイビスがわざわざ確かめにきたのである。
幹部が出馬するなんて、魔王軍はどんだけ人材がいないんだって話だけど、魔王を倒しうる勇者に有象無象をぶつけても意味がない。
蹴散らされちゃうだけだからね。
事実として、デイビスも負けちゃったし。
かなりぎりぎりだったけど。
なんというか、僕たちはこの世界の戦士たちに比べて、かなり強いっぽい。
頭一つか二つ抜きん出ている。
魔王軍の幹部と、タイマンで互角の戦いができるわけだから。
「ただ、このまま魔王に挑んでも勝てないんだよね」
「最弱の幹部に、かろうじて勝ったってレベルじゃなあ」
僕の言葉にマリーシアが肩をすくめ、ぐびぐびと水を飲んだ。
水差しから直接。
作法なんて言葉は知らないよって、態度で語っている。
口からこぼれた水が白い肌を伝う。
ほぼ裸の、かなりあられもない格好だけど、べつに僕は文句をつけなかった。
僕も似たようなものだから。
隣室からは嬌声が高く低く響いている。
絶賛拷問中なのだ。
捕まえた魔族の女を。
今はザンドルとラーハーが。
僕とマリーシアは休憩である。
いやあ、なかなか強情でしたけど、三日ほども不眠不休でえろいことをし続けたら、さすがに堕ちました。
なにしろこっちは四人もいるんで、交代で責められるからね。
酸いも甘いも噛み分けたオッサンの性技を舐めないでいただきましょうって感じで、引き出せそうな情報はだいたい全部引き出した。
と、思う。
苦し紛れの嘘をついてる可能性もあるから、四人がそれぞれ時間を置いて同じ質問をしたりした。
もちろん、そこまでしても確実な情報とは言い切れないんだけどね。
彼女は本当のことを話しているつもりでも、知識そのものが間違っている可能性だってあるし。
「はなっから俺らを騙そうって、偽情報を信じ込まされてるかもしんねーしな」
「だね。確実な情報を得たいなら、尋問する捕虜は一人じゃだめだし」
苦笑する。
複数人から聴いた話を整合させ、スクリーニングしていかないと、確実なことはわからない。
現在、僕たちが引き出した情報は、参考にするとか、念頭に置いておくとか、そのくらいの感覚にしておかないと危険だ。
ミスリードを誘発させられたら、目も当てられないから。
「てことは、なんか仕掛けるつもりだな? 軍師エイリアス」
にやりと笑うマリーシア。
僕は戦士だよ。軍師じゃないよ。
「適当なところで解放するってとこかな。僕たちが知ったってことを敵が知れば、牽制になるだろ?」
「そうきたか。さすが汚いな。軍師汚いな」
やめろよ。
人聞きの悪い。
翌日のことである。
白昼の街道にどさりと裸の女が投げ出された。
宿場からここまで僕が担いできた。
両手で胸を隠しながら、屹っと僕を睨みつける。
マリーシアが服と何枚かの金貨を地面に捨てた。
にやにやと笑いながら。
なにしろ、服といってもほとんどただのボロ布だ。
まとったところで、素肌の八割くらいは露出してしまう。
「くくく。その格好で帰れよ。通行人の目を楽しませながらよ」
野卑た笑いの美少女だ。
ものすげー邪悪に見える。
目に涙を溜めながら、それでも女がボロ布を身につけた。
全裸よりは、なんぼかはマシだから。
「それは代金だよ。一応は楽しませてもらったからな」
マリーシアが下目遣いに金貨を指さした。
女が震える手で拾う。
よし。
「殺す! 貴様ら全員、誓って殺してやるからな!!」
吐き捨てて、走り去ってゆく。
勇ましいことだ。
僕とマリーシアが顔を見合わせて笑った。
あの金貨は、本拠地までの逃走資金である。
途中で服を買って、温泉とかで体をいやしたとしても、充分に足りるだろう。
なにしろ彼女には、無事に魔王軍に戻ってもらわなくては困る。
そして、僕たちのことを報告してもらうのだ。
やばい連中だから、戦うとしたらちゃんと戦力を整えてからの方が良い、と。
魔王軍の内部について、かなり自白させられたのだと。
「事態を重く見た彼らが慎重に作戦を立てれば立てるほど、時間が稼げるって寸法だね」
「まあ、ダークナイトがやられたのは事実だしな。慎重にならざるをえねーべや」
僕たちとしては、まだ魔王軍と本格的な戦いには入りたくないのだ。
最後の仲間、魔法使いのルーファスと合流するまでは。
「ホウライなあ。なんでそんなとこに向かったんだべなー」
「それがルーファスかは、まだ判らないけどね」
踵を返し、マリーシアと僕は宿への道をたどる。
話題にのぼるのは、もちろん今後の方針についてだ。
魔族の女から得た情報によれば、東の方にあるホウライ国にも勇者が現れたらしい。
真偽を確かめるため、そちらにも魔王軍の偵察が向かったという。
やはり幹部級だ。
四魔将ほどではないにしても。
僕たちも放置はできない。
なにしろルーファスは魔法使いである。肉弾戦はほとんどできないのだ。
もちろん、ホウライにいるのがルーファスでなかったとしても、魔王軍が向かっていると知っていて、知らん顔をするというわけにはいかない。
「ま、空振りだったとしても俺のカタナの補修くらいはできるべ」
両腕を頭の後ろで組むマリーシア。
やんちゃな男の子って風情だけど、こいつの本性はやんちゃなんて言葉で済ませられるものではない。
えろい拷問も、一番乗り気だったし。
「俺とラーハーは良いんだよ。女同士なんだから最後まではできねえからな。おめえらの方が問題だべや。どんだけやりまくってんだよ」
げらげら笑う。
しまった。
ブーメランだった。
「ついでに、予備のカタナも買った方が良いかもね」
仕方ないので話題を戻しておく。
「手裏剣とかも売ってねえかな」
「あれって普通に売ってるもなんのかな?」
ニンジャがつかう武器である。
この世界にニンジャとかがいるかどうかは知らないけど、闇に生きる彼らの道具が普通の武器屋で売ってたら、なんかいろいろ台無しな気がする。
「そいつを言っちゃあおしめえよ」
「きみはふーてんのなんとかさんかよ」
ふざけあいながら。
ちなみに、とある古典コンピューターRPGでは、戦士の上級職として魔法使いの魔法を使う職業があって、これをサムライという。
マリーシアも魔法を使う戦士なので、わりとサムライっぽいかもしれない。
「だとしたら、最強装備はムラマサか。エイリアスも聖剣を手に入れたしな。俺もなんかほしいぜ」
「べつにカタナにこだわらなくても」
僕は苦笑を浮かべた。
コンピューターRPGではないので、装備できないって武器は存在しない。
まあ、使い方が判らないとか、そういうのはあるだろうけど。
たとえばクピンガとかね。
アフリカ投げナイフとも呼ばれるアレ。そもそもどうやって使うんだって話である。
そういう一部の特殊な装備を除けば、僕にしてもマリーシアにしても、普通に扱い方が判る。
カタナにこだわる理由は、あんまりないのだ。
「そりゃおめーは身長あるからな。俺みてーなチビは、速さで斬るような武器が向いてんだよ」
頭二つ分くらい低いところにいるマリーシアが、ふんと鼻を鳴らした。