ビジネスオブおっさんず 3
マリーシアの攻撃魔法が炸裂し、ザンドルの矢が大気を穿つ。
現れたモンスターは、鬼族を中心にざっと四十匹。
相当な数だ。
もちろん、ダークナイトデイビスの手下だろう。
リーダーを倒された怒りに瞳を燃やし、次々に襲いかかってくる。
前衛に出ている僕やマリーシアの体には、細かい傷がいくつも刻まれる。
ラーハーが回復してくれなかったら、とっくにやられていただろう。
背中の矢筒が空になったザンドルが短弓を捨て、腰後ろの鞘から短剣を抜きはなった。二本同時に。
なんかすごく格好いい。
そもそも、二本の短剣を使う弓士ってのが格好良すぎるんだよな。
「オレも前線に」
「気をつけて。こいつらけっこう粘るよ」
「最悪、一匹は生かして捕まえてえとこだよな」
中央が僕、ややさがって右翼がマリーシアで左翼がザンドル。
そして三人すべてを支援できる位置にラーハーが入っている。
上からみたら、矢印みたいなかたちの陣形だろう。
ダークナイト戦を終えたばかりの僕としては最前線ってのは体力的に苦しいんだけど、そんなこともいっていられない。
後ろに回り込ませるわけにはいかないし、中央を抜かせるわけにはもっといかないのだ。
「ヴォォォォォっ!!」
吠える。
ややたじろぐモンスターども。
「ぶっ飛べ! ファイアボール!!」
その怯懦を見せたオークどもの中心部に、すかさずマリーシアが魔法を撃ち込んだ。
盛大な音とともに炸裂する。
千切れ飛ぶ豚鬼の腕や足。
「豚の丸焼き一丁あがり。食えねえけどな」
嗜虐的な笑みの美少女だ。
や。普通に怖いからね。あんた。
怯むモンスターの間を、疾風のように駈けるザンドル。
その後には、首を半ば切断され血を噴き出しながら倒れるゴブリンたち。
「今宵の斬鉄剣は血に飢えてるぜ」
「それ斬鉄剣じゃないし、いまは夜でもないよ」
殺しまくって定位置にもどったザンドルに、一応つっこんでやる。
もちろん僕だって遊んでいるわけじゃない。
円盾を拾う余裕はなかったからバスタードソードは両手持ちのまま、ゴブリンチャンプやオーガーのような大物をなるべく狙って血祭りにあげてる。
さっきのダークナイトやフリットン迷宮で戦ったキマイラに比べたら、止まってるみたいなスローな動きだ。
振り回す棍棒やメイスを難なく回避しながら、首を刎ねたり頭を割ったり。
と、やや後方に陣取っている敵がいるのに気付く。
「ラーハー!」
「シャーマンかメイジですネ。お任せアレ。魔法防御」
名前を呼んだだけで察した聖女が対応する。
次の瞬間。
降り注ぐ攻撃魔法が、聖女の張った防御フィールドに弾かれた。
必殺のタイミングで放った魔法を防がれ、黒ローブの敵が蹈鞴を踏む。
迷ったのだ。
戦いを続けるか逃げるか。
そしてその隙を見逃すような僕の仲間たちではない。
飛燕の動きで飛び出したマリーシアが、一刀のもとに斬り伏せた。
「安心しろ。峰打ちだぜ」
なんかほざいてるし。
そのスピードで首に一撃を受けたら、刃だろうと峰だろうと関係なくない?
普通に死んだんじゃないか? その魔法使い。
どっちでもいいけど。
敵の生死を心配するほど、僕は慈善家ではないのだ。
押し込まれるシーンは幾度もあったが、僕たちはなんとかモンスター軍団を壊滅させることに成功した。
倒した敵は三十以上。
何匹かは逃げたみたいだけど、さすがに追いかける余力はなかった。
「ふぃぃぃっ」
息を吐きながら、僕はどっかりと地面に腰をおろす。
疲れた。
あと、全身傷だらけだし、バスタードソードも胸甲もボロボロである。
「研ぎに出して何とかなるレベルじゃないね。こいつは」
血糊でべとべとになった愛剣を見つめる。
何カ所も刃こぼれしちゃってる。軸も歪んでしまった。
ダークナイトに加えて、オーガーやゴブリンチャンプを何匹も倒したのだ。
酷使しすぎである。
買い換えるしかないだろう。
「あいつの剣、使えるんじゃね?」
名残惜しそうにバスタードソードを見つめる僕に同情したのか、ザンドルがダークナイトの死体を指さした。
使えそうな矢を回収しながら。
いつも通りみみっちい話であるが、矢はけっこう高いのである。
使わないから今まで知らなかったけど、ザンドルから値段を聞いて愕然としたものだ。
まあ、考えてみれば当たり前で、一本一本職人が手作りしているのである。真っ直ぐに飛ぶよう矢羽根とかバランスとか調整しながら。
使い捨てにできるほど安いわけがない。
もちろん僕の剣だって同じだけどね。
バスタードソードがダメになったとして、それに代わるものを手に入れないといけない。
ダークナイトデイビスの剣という選択は、そう悪いものではないように思える。
「けど、呪われたりしないかな?」
なにしろ魔王軍の幹部っぽいやつが持ってたシロモノだ。
四魔将だっけ?
四天王だっけ?
とにかく、そんな感じのやつ。
「ワタシが見てみまショー」
死体のそばにしゃがみ込み、ふむふむと剣を見つめるラーハー。
なんというか、風情もへったくれもない姿である。
ガーデニングをしてるおばちゃんみたいだ。
「呪われてますネー 解呪しますカー?」
つんつんと錫杖の先でつっつきながら教えてくれる。
いや、だからね?
そういう使い方したらまずいんじゃないの? ビショップスタッフって。
「解呪したら砕け散ったりしない?」
「どうでショー?」
首をかしげる。
どういう種類の呪いがかかっているのかも判らないから、それを解いたら剣がどうなるかとかも判らないのだという。
非常に頼もしい答えだが、どのみちこのままだと使えないのは事実だ。
ダメで元々なのである。
砕け散っちゃったら、街に戻るまでは予備の長剣で戦うしかない。
初期装備のアレだ。
たいして質も良くない上に、刃こぼれもそのままなので、主武器としてはかなり心許ない。
「デハ、いきますヨー 解呪!」
柔らかな祝福の光が、闇色に輝く魔剣を包み込む。
どくんと波打つように震え、光が一層強くなった。
「ダメかな……?」
固唾を呑んで見守る僕の目の前で、ゆっくりと光が収まってゆく。
そして、安定した。
「呪われたサダメが解き放たれ、ツルギは真の姿を取り戻したようデスネー」
「おおう。ものすごい格好いいこと言ってるけど、口調のせいで台無しだね」
「細かいことはイイのデース」
聖女が純白に輝く長剣を拾い上げ、僕に渡してくれる。
いかにも聖剣って感じである。
「汚れた鎖が断ち切られ蘇りしツルギのオトメ。聖剣アイリスを、戦士エイリアスに授けるのデース」
いやいや。
ダークナイトを倒したのって僕じゃん。
なんで、そんな上から目線で授与しようとしてんのよ。
という趣旨のツッコミを、僕はしなかった。
良い場面だからね。
これに乗っからないTRPGプレイヤーはいないでしょう。
僕は地面に片膝をつき、聖女が捧げた剣を両手でおしいただく。
刃渡り百二十センチほどのロングソードだ。
「聖剣に恥じないおこないをすると、ここに誓うよ」
「聖戦士にラーファの祝福ヲー」
言葉とともにラーハーが印を切る。
非常に絵になるシーンである。
向こう側で、ザンドルが黙々と矢を回収してるけど、そっちに視線を向けてはいけないのである。
「おおーい。そっち終わったならこいつに回復魔法たのむぜ。ラーハー」
そして、まったく空気を読まずにマリーシアがやってきた。
ずりずりと黒ローブを引きずりながら。
峰打ちにした魔法使いだ。
生きてたんだね。
「や。死にかかってるけどな? 首の骨折れてるし」
べりっとローブを引っぺがすマリーシア。
露わになったのは、青白い肌の女の顔だった。
側頭部から羊みたいな角が生えてるが、かなりの美人である。
魔族だ。
「判りましター」
むにゃむにゃとラーハーが呪文を唱え、魔族の女の傷を癒してゆく。
もちろん人道に基づいて助けるわけではない。
魔王軍の情報を得るためだ。
簡単に吐くとは思えないけど。
「ここは拷問だべや。もちろん十八禁てきな」
ぐふふふ、と、ものすごくオヤジっぽいいやらしい笑顔を浮かべる美少女だった。
まあ、中身がオッサンだしね。




