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ビジネスオブおっさんず 2


 そもそも、魔王がじっとしているなんて考えてなかった。

 相手にだって計算も思惑もあるからね。


 復活のために僕たち五人の肉体が捧げられた。そして僕たちの魂はこの世界の存在として新たな生を得た。

 これでめでたしめでたしになるって思うほど、魔王とやらの頭の中はパラダイスじゃないだろう。


 日本に帰るために足掻くに決まってる。

 具体的には、魔王を討伐して肉体を取り戻そうとする。


 そういう予測は簡単にできるのに、なーんにも備えないなんてことがあるはずもない。

 僕たちが仲間を集めて武装を調え、魔王の城に乗り込んでくるのを、ただぼーっと待っているとか。


「そんな相手だったらラクで良いけどな」


 街道を歩きながら、げらげらとマリーシアが笑った。

 相変わらず上品さの欠片もないことである。


「コンピュータRPGなら、プログラムされた行動しかしないからな」


 肩をすくめるのはザンドルである。

 じつは、コンピューターだろうとテーブルトークだろうと、ロールプレイングゲームの本質的な部分は一緒だったりする。

 つまり、クリアするために作られている、という点だ。


 絶対に、どんな手段を使ってもクリアできないゲームは、はっきりとクソゲーだと言い切って問題ない。

 TRPGの場合なら、クソマスターだ。


 プレイヤーはそんなもんに付き合う必要はなく、席を立っちゃっても全然かまわないのである。


 物語を楽しみ、戦闘を楽しみ、謎解きを楽しみ、結末を楽しむ。

 これはゲームである以上、最低限のことだし、最も大切なことだ。


「デモ、ここは現実デース。クソゲーなのデース」


 おかしげな口調で辛辣なことを言うラーハー。

 こんなんでも聖女である。


 でもまあ、言ってることは正しい。

 現実はゲームとは違い、確実にクリアできる方法なんて存在しない。

 攻略本的なものも売ってるけど、だいたいは役に立たない。


 勝てるか勝てないか判らない、むしろいつだって負け戦なのが、人生ってやつだ。

 だから、現実なんてクソゲーさ、という意見もあながち間違ってはいない。

 しかも途中離脱もできないんだから、クソゲーなんかよりずっとずっと性質が悪いわけだが。


 で、性質の悪いクソゲーの中にいる僕たちは、日本に帰るために魔王をやっつけなくてはいけない。

 逆に魔王としては、僕らが生きているかぎり安心はできないわけだ。


 やつらはしょせん小者よ。放っておけ。ぐははは。とかいうようなアホでなければ、僕たちを始末するための刺客を送らないわけがない。

 むしろ、いままで送られなかったことこそ、ラッキーと思うべきである。


「まあ、俺たちの居場所を特定できなかったってのもあるだろうけどな」

「かもしれないね」


 マリーシアの言葉に頷く。

 僕たちだって互いの居場所を知る方法はなかったのだ。


 出会いは、みんな偶然の産物である。

 まちがいなく白い人は、すぐに出会えるようになんて配慮はしてくれてないし。


 自分の基準で相手の力量を計るのは危険だけど、他に方法もない。

 僕たちができないことは魔王だってできない、と、考えなくては、思考の進めようもないのだ。


「だとしタラ、魔王の刺客というのは、おかしくないデースか?」


 首をかしげるラーハー。

 ゆったりとしたローブをまとった輝くような美少女だ。

 こてんと首をかしげる姿があざといくらいに可愛いけれど、中身は四十代のオッサンである。

 騙されてはいけない。


 ともあれ、居場所を察知できないなら刺客の送りようがないって意見は一理ある。ある事象に目をつむれば。


「聖女の降臨だって噂になったっていうね」

「おおお俺のせいなの!?」


「ラーハー。言葉言葉」

「オオウ。ワタシとしたことガー」


 僕の言葉に思わず素に戻っちゃったラーハーに、ザンドルが親切に突っ込んでる。

 ほっとけばいいのに。


「まあ、せいっていうか、遅かれ早かれなんだけどね。見つかるのは」


 苦笑してみせた。

 魔王討伐のための旅をしている、ということを、僕たちは隠してないから。


 各地でモンスターを倒していれば、いずれは魔王の耳にも入る。

 だから、遅かれ早かれ刺客は送られたんだ。

 べつにラーハーの責任じゃないし、彼女が話題になっていてくれなければ、僕たちだって出会えなかった。


「さて、その遅かれ早かれがやってきたようだぜ」


 最も感覚の鋭いマリーシアが、いつもの下品な仕草で唇を歪めた。





 現れたのは黒騎士だった。

 安直なことこの上ないが、そうとしか表現のしようがない。


 黒鹿毛の馬にまたがり、漆黒の鎧と漆黒の兜に身を包み、背中のマントまで真っ黒。

 これを黒騎士と呼ばないで、他になんて呼べば良いんだってレベルである。


「勇者を僭称(せんしょう)する下賎(げせん)の輩よ。このダークナイトデイビスが引導を渡してくれよう」


 堂々たる名乗りだ。

 なるほど、黒騎士じゃなくてダークナイトらしい。


「勇者なんて自称したことは一度もない。僕はエイリアス。エゼルの従士だ」


 名乗り返す。

 こっちも堂々とね。


「良く吠えたわ。小僧が」


 兜の中からくぐもった笑いが聞こえ、ダークナイトデイビスが黒馬に拍車(はくしゃ)をくれた。

 土煙を立てて迫ってくる。


 弓に矢をつがえようとしたザンドルを、僕は右手を挙げて制した。

 これでも従士だからさ。

 向こうが一騎打ちしたいというなら、受けないわけにはいかないでしょ。


 腰のバスタードソードを引き抜く。

 そのときにはデイビスは、目前にまで迫っていた。


 突き出される漆黒の槍。

 冷静に円盾(バックラー)で受け流し、同時に剣を跳ね上げた。


「小癪な!」


 左手を手綱から離し、黒馬を飛び降りるダークナイト。


 哀しげないななきをあげ、どさりと馬が倒れ込んだ。

 断ち切られた首の動脈から、噴水のように血が吹き上がる。


 僕の狙いは馬を殺すこと。

 馬上から好きなように攻撃されたら、つまらないからね。


 空中で槍を捨て、ダークナイトが腰間(ようかん)の剣を抜く。

 闇色に輝く剣だ。


 あきらかにマジックアイテムである。

 いいもん使ってるなぁ。


 落下の勢いをも利用しての斬りおろし。

 渾身の掬いあげで迎撃する。


 かん高い音が鳴り響き、僕たちは飛び離れた。

 たったの一合で、二人の息が上がる。


「やるな。小僧」

「小僧って呼ばれる歳でもないんでね」


 円盾を捨て、バスタードソードを両手持ちした。

 右腕には、まだ痛いほどの痺れが残っている。

 充分に力の乗った一撃だった。


 正直、何発もは受けられない。


「世迷い言を!」


 ダークナイトが踏み込んでくる。

 僕はさがらず、むしろ前に出た。


 ふたたび剣が衝突し、散った火花が僕とデイビスを照らす。


 五合、十合。


 斬りつけ、外し。

 薙ぎ払い、受け流し。

 掬いあげ、斬りおろす。

 もてるかぎりの剣技で戦う。


 三十合、五十合。


 互いに一歩も退かず。

 前へ。

 ただ前へ。


 ついにダークナイトの動きが鈍った。


 重いプレートメイルなんか身につけているのだから、体力の消耗は相当なものだろう。

 対する僕は胸甲(ブレストプレート)である。

 防御力では劣るが、ずっとずっと身軽なのだ。


「疾っ!」


 鋭く踏み込み。上段から渾身の一撃を放つ。その寸前、デイビスが笑ったような気がした。

 横薙ぎに振るわれる黒の剣。


 罠か。

 誘われたか。


 けど、僕はすでにモーションに入っている。止めることはできない。


 くそ!

 そのままいくしかない!


 もっと速く。

 もっと鋭く。

 デイビスの予想を超えるほどに!!


 黒の剣とバスタードソードが交錯する。

 鎖骨を砕いて心臓に到達した剣と、胸甲に軽くぶつかった剣。


「見事……」


 がくり、と、膝をつくダークナイト。

 僕の、勝ちだ。


 大きく息を吐いた。

 かなりぎりぎりだった。


 結局、デイビスは賭に出た時点で体力が尽きかかっていたのだ。

 だから最後の一撃の鋭さで、僕が勝ることができた。


「……だが俺は……四魔将の中でも最弱……貴様らの命運もここまでだ……」


 倒れ伏す。

 ものすごくベタで、しかも聞きたくない台詞とともに。


 駆け寄ってくるマリーシア、ザンドル、ラーハーの三人。

 素早く陣形を組んだ。


 周囲に現れた、魔物どもに対応するために。


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