ビジネスオブおっさんず 1
鍵盤の上を舞うピアニストの指先のように繊細に、ザンドルが罠を解除してゆく。
「正しい手順で開けないと、仕込まれた魔導爆弾でどかん。中身も盗賊も木っ端微塵って寸法さ」
堂に入ったことだよ、と、不敵な笑みを浮かべる。
かちり、という音。
「けど、オレの腕には届かなかったな」
かっこつけたことを言って、蓋を持ち上げた。
中には金銀財宝がざっくざっく。
輝きに、思わず目を細めちゃうほどである。
「よっしゃっ!」
「イエーイ」
マリーシアとラーハーがハイタッチを交わす。
すごく強い武器とかではなく金銭だったことに、プレイヤーの中には失望する人もいるだろう。
僕だってゲーム終盤のダンジョンで開けた宝箱の中身がお金だったら、がっかりである。
魔王を倒せるような伝説の武器とか、そういうのを期待してしまう。
エクスカリバーとかバルムンクとか。
だがしかし、僕たちがいま一番欲しいのは現金だったりするのだ。
パーティーは四人に増えちゃったし、物入りなのである。
そもそも、旅費を捻出するためにフリットン迷宮に挑んだってのが本当の理由で、伝説級の武器を求めてなんてのは方便だ。
最低限、僕たち全員分の装備を調えるお金が必要なのである。
ファンタジーライトノベルの主人公みたいに、誰かから都合良くお金がもらえたりはしないのだ。
せちがらいことに。
魔王を倒しに行くからって、それだけで投資してくれる人がいるわけはない。
僕とマリーシアが商人ライカルの厚意を受けることができたのは、彼の命を助けたからってのが理由だ。
そういう見返り的なサムシングがないと、普通はお金なんか出してくれない。
これは現実世界でも同じで、見合うだけの利益があると思わなければ、誰も投資なんかしないのである。
どこの誰とも判らない勇者とやらに金を出すほど、世の中は善人で溢れかえってはいない。
「じゃあ、引き揚げようか」
背負い袋に金銀財宝をざっくざっくと放り込みながら僕が提案する。
仲間三人が頷いた。
体力や魔力にはまだ充分な余裕があるが、そもそも撤退戦はバッファがないとできない。
ぎりぎり限界まで進むぞー! というのは、さすがに計画として杜撰すぎる。
コンピューターRPGのようにダンジョンから脱出する便利魔法は存在しないのだ。
往路と同じだけの時間と労力が、復路にも必要なのである。
TRPGの標語に、こんなのがあったりする。
『まだ行けるは、もう危ない』
とね。
「まあ、帰りは道が判ってるから、もうちょっとはラクだけどな」
ザンドルの言葉だ。
そのためのマッピングであるし、そのための空間把握である。
「荷物がいっぱいになりつつありマース」
ほくほく顔でラーハーが告げる。
背負い袋を財宝でいっぱいにして。
それでいいのか聖女さまって風情だ。
いやまあ、中身はただのオッサンなんだけどね。
そんなわけで、王都トリアーニに戻った僕たちである。
「端折りすぎじゃね?」
「べつに特筆するようなこともなかったからね」
苦笑するマリーシアに、僕も同じ表情を返す。
最短ルートで迷宮を脱出し、最短ルートで街に戻っただけだ。
もちろん戦闘は何度もあったけど、苦戦するような局面はなかった。
「四、五年は遊んで暮らせるだけの金を得た。大事なのはそこだぜ」
即物的なことを言ってるのはザンドルである。
迷宮で回収した物品のうち、金に換えられるものはすべて金に換えた。
そしてその金でかさばらない宝石を買い、四人でわけあう。
誰かが一括管理しないのは、全財産を落としちゃいました! という事態を防ぐためだ。
すべてを失うのではなく一部を失うにとどめるというのは、政治や外交の世界にも通じる考えだろう。
もちろん、それとはべつに個人で使える小遣い的なものも分配している。
賭場にいこうが娼館にいこうがご自由にってやつだ。
「おめーらは女を買えるから良いだろうけどよ。俺らはどーすんだって話だよな」
マリーシアが憤慨し、ラーハーがこくこくと頷く。
まあ、君たちは女性を買うわけにはいかないよね。
むしろ買って何をするんだって話だよね。
「オレだっていかねーよ。むしろ弓を買いに行きたいところだぜ」
ザンドルの弓は、いわゆる初期装備なのである。
ようするに白い人からもらったものだ。
僕とマリーシアがもらったのと似たようなグレードだとしたら、今後も使い続けるのは厳しいだろう。
「ワタシもメイスではなく錫杖が欲しいデース」
ラーハーの要望だ。
たしかに。
それは判る。
べつにメイスが悪い武器だなんてことはまったくないんだけど、聖女さまなんて呼ばれる美少女が持つには攻撃的すぎるよね。
もうちょっとおとなしめの装備が良いだろう。
見た目的にも。
こうして、ライカルから紹介された武器屋に向かった僕たちだけど、なんと、そこで次の仕事を受けることになってしまった。
街道に出るモンスターの討伐、という。
マリーシアが寝込んでいたときに僕が受けたのと似たような仕事だ。
そして、こういうのは断りづらい。
魔王を倒して世に安寧をもたらすため、僕たちは旅をしているからだ。
名目上は。
「いいんじゃねぇの? 最後の一人が揃ってねえしな」
あっさりと引き受けちゃうマリーシアであった。
最後のひとりというのは魔法使いのルーファスのことだ。プレイヤーは佐藤。
彼を含めた五人が揃っていない状態では、仮に魔王を倒したとしても意味がない。
全員で帰るのだから。
「まあね」
僕も頷いてみせる。
そもそも、困っている人を見捨てるという選択をするエイリアスではない。
王都近くにモンスターが出没するってのも気にかかる。
魔物だってバカじゃないから、潤沢な兵力がある王都近くなんかでは、普通は活動しない。
すぐに討伐隊が出てくることは明白だからね。
そしてそれ以上に、王都近くに魔物が出るなんて状況なんて、ぶっちゃけ詰みである。
たとえば人間同士の戦争に置き換えると判りやすい。
首都が大空襲とかされちゃってる国に、一発逆転の目が残ってるかどうかって話。
「では、エイリアスはどう読むのデースか?」
買ったばかりの錫杖を軽く振りながらラーハーが訊ねてくる。
良いんだけどさ。
ビショップスタッフって、そんなぶんぶん振り回すようなもんじゃないと思うよ?
それで敵を殴ったりしたらダメだべさ。
「可能性は二つかな。野良がたまたま王都近くで暴れてる。あるいはなにか目的があって、魔王軍の一部が突出している」
前者なら問題ない。
退治してしまえは、それで事態は解決だ。
問題は後者である。
「なんの目的デースか?」
「現段階では判らない。だからこの仕事を受けようって話なんだけどね」
僕は肩をすくめてみせる。
なんでも簡単に人に訊くのは良くないよ。ラーハー。
そんなことばっかりしてると、ガウリィの旦那って呼ばれちゃうんだぜ?
「威力偵察、だったら嫌だよな」
こちらはザンドルの台詞だ。
彼もまた、買ったばかりの短弓の具合を確かめている。
ライカルからの紹介状のお陰で、かなり価格を勉強してもらえたし、魔法の品物も融通してもらうことができた。
具体的には、ラーハーの錫杖である。
集中を助けて魔法の効果を増幅させる効果があるらしい。
マリーシアのサークレットと同じように。
もしかしたら、この効果を付与するのがメジャーなのかもしれない。
で、ザンドルの弓も、マジックアイテムではないものの、かなり上等な部類のものが手に入ったし矢も買い足した。
備えはばっちりである。
「僕もそれを考えてたよ。ザンドル」
魔王を討伐するため旅をする連中がいる。
つまり僕たちのことだけど、それが魔王の耳に入ったのではないか。
だから、確かめるための部隊を派遣した。
そう考えると筋が通ってしまうのである。
「なにしろ俺らはこの世界の人間じゃねえ。員数外の勇者ってやつだからな」
にやりと唇を歪めるマリーシア。
赤い瞳を戦闘衝動でギラつかせて。