ロードオブ仲間探し 8
僕は円盾を捨て、バスタードソードを両手で構えた。
もともとこいつは、両手持ちができるように柄が長く作られているのである。
ちなみにバックラーというのは、受けるためではなく流すために使う盾だ。騎士が使うようなヒーターシールドとかカイトシールドとは、ちょっと使い方が異なっている。
つまり僕は、キマイラの攻撃を受け流すのは無理だろう、と、判断したわけだ。
マリーシアすら流しきれずに吹っ飛ばされるくらいだしね。
「防御も回避も捨てる手でしょ。ここは」
「OK。援護はまかせろ」
ぎゅり、と、弦を引き絞るザンドル。
つがえられた矢は四本だ。
「GO!」
放たれる。
まるで高機動ミサイルみたいに不規則な軌道を描きながら、それらは前後左右からキライラに迫った。
もちろん僕だってのんびりと観戦しているわけじゃない。
ザンドルの射撃と同時に踏み込んでいる。
唸りをあげるバスタードソードと、キマイラの前脚の爪が噛み合った。
力比べだ。
僕の両肩の筋肉が、ぼこぼこと盛り上がる。
互いの息がかかるほどに接近する顔。
目は逸らさない。
押し込もうと、渾身の力を込める僕とキマイラ。
技も戦術もへったくれもない。純粋に、力のみが勝敗を分ける局面だ。
ザンドルの矢が、どすどすと胴体に突き刺さるが、キマイラは怯まない。
歯を食いしばり目を剥き、ひたすらに僕を押しつぶそうと力を込める。
それが獅子の誇りであるとでもいうように。
僕もまた全身全霊の力で押し返す。
冷めた目をしたヤギの頭が、我関せずとばかりに呪文の詠唱をはじめた。
この至近距離で攻撃魔法なんか喰らったら、戦士エイリアスといえどもひとたまりもない。
しかし、
「やらせねえよ?」
髭を生やした下顎から突きあげられたカタナが、上顎を通過して脳天へと抜けた。
もちろんマリーシアの仕業である。
ラーハーの回復魔法を受けた彼女が、鍔迫り合いの隙を突いて回り込んだのだ。
そしてそこに、ザンドルの第二射が降り注ぐ。
このときになって、やっとキマイラは僕たちの狙いに気付いた。
べつに僕は騎士道精神に則って力比べをしたわけじゃない。
キマイラの動きを止める。
これが一番の目的だ。
攻撃は、ザンドルとマリーシアが主体になっておこなう。
このまま力比べをしていてはまずいと悟ったキマイラが身を引こうとした。
「でもそれは悪手だよ」
にやりと笑った僕が、ぐっと踏み込む。
キマイラのバランスが崩れた。
力比べはたしかに一番の目的ではないけれど、べつにフリをしていたわけじゃないんだ。
引いた方が負けるって事実は、一ミリも動いてない。
立て直そうとするキマイラ。
させじとさらに押し込んだ僕は、渾身の力でバスタードソードを振り抜く。
「だぁぁぁっらっしゃぁぁぁぁっ!!」
魔力の光を放つ軌跡が、前脚を切断して獅子の首をも斬り飛ばした。
同時に、ザンドルの第三射が胴体に突き刺さり、マリーシアの一閃がヤギの首を切り落とす。
びくびく、と、毒蛇の頭の形をした尾が痙攣する。
「ふん!」
返す刀で、僕はバスタードソードを叩きつけた。
盛大な音を立ててキマイラの体が床に倒れる。
「しゃっ!」
トドメとばかり毒蛇の頭にカタナを突き刺したマリーシア。
ガッツポーズを決めた。
「ふう」
四射目をつがえようとしていたザンドルが安堵の息とともに、矢筒に矢を戻す。
「イエーイ」
なぜかハイタッチを求めて、ラーハーが駆け寄ってくる。
勝負あり、である。
ホールの隅には、これまでキマイラに挑んだであろう勇者たちの装備品が散乱していた。
中にはあきらかに魔力をもった品物もある。
「なんまんだぶなんまんだぶ。こいつらは俺たちが有効に使ってやるからな」
念仏なんぞを唱えながら、マリーシアとラーハーが回収してゆく。
後者の使っているのはちゃんとした聖なる言葉らしいが、なにしろ中身は日本人のオッサンなので、ありがたみはゼロだ。
ホントに太陽神ラーファを信仰しているのかどうかすらあやしいところなのだから。
死者に対する思いはともかくとして、アイテムを放置しておくというのは、ない話だ。
意味がないから。
個人を特定できるものがあれば遺族に届けてやるべきだろうし、それ以外はちゃんと回収して世に還元してやる。
「で、現実をみれば、遺族に渡すなんて不可能だからな。オレたちが有効活用するってことだな」
肩をすくめるのはザンドル。
盗賊のくせに妙に義理堅いこの男は、ぎりぎりまで所有者名のあるアイテムを探していた。
残念ながら徒労に終わったが。
「そもそも、いつの時代のものかも判らないしね」
遺体は白骨化したものばかりだった。
肉はキマイラが美味しくいただいたのだとしても、あんなきれいに骨になるまで、一年二年ってタイムスケールではないだろう。
「鎧とかは重てえから持って帰れないな。小物類と剣、魔力付与品を優先にってところか」
「賛成デース。ワタシ、この護符とか、ほしいデースねー」
物色した物品を、じつに嬉々として床に並べてゆく女性陣。
まあ、気持ちは判る。
一番わくわくする瞬間だからね。
トレジャーの発見は。
レベルアップと甲乙つけがたいほどに。
結果、魔力のかかった剣が二振りと、護符、宝石類を僕たちは戦利品として手に入れることができた。
「さすがに、魔法の弓とかはないよな」
ザンドルはすこし残念そうである。
こればかりは仕方がない。
ゲームでもそう滅多に登場しないのだ。なにしろ元ネタになる伝説とか伝承とかが少なすぎて。
まさか、那須与一やウィリアム・テルが使っていたからマジックアイテムなんだよーん、という理屈でプレイヤーを納得させるわけにもいかない。
そうなると、マスターがオリジナルで作るしかないわけなのだが、けっこうむつかしいのだ。
とくにネーミングがね。
あんまりにも中二病くさいのを作っちゃっても、誰も使ってくれないし。
「まあ、せめてこのショートソードを使ってよ。ザンドルは」
戦利品の二振りの剣を差し出す。
分配は、戦力の均一化を優先させるかたちでおこなわれた。
ザンドルにはショートソードが二振り。
たぶん二本一組なんじゃないかな。作りがよく似てるし。
「エイリアスはどうするんだ?」
「僕の身長じゃ、ショートソードはね。ロングソードかバスタードソードが手に入ったら、それをいただくよ」
欲しいものが入手できるとは限らない。
それがトレジャーというものだ。
護符はラーハーが受け取り、首からさげる。
防御魔法がかかっていて、身につけたものを守ってくれるらしい。
もっとも戦闘力が低く、パーティーの生命線でもあるラーハーが装備することに、誰からの異論も出なかった。
宝石の類は売り飛ばして、今後の活動資金にする。
僕とマリーシアはなんにも分配なし。
まあ、二人とも程度の良い武器を持ってるし、胸甲とかも誂えてるしね。
マリーシアなんぞ、すでにマジックアイテム持ってるくらいだし。
大商人の知遇を得たってのがかなり大きい。
従士っていう身分もあるし。
ラーハーはラーファ教の聖女。ザンドルはただの無職のイケメンである。
なんかザンドルだけ可哀想な役どころだけど、盗賊に公的な身分があったらびっくりなので、このへんはやむをえない。
「ゆーて、時代劇なんかには必ずといっていいくらい、主人公の味方をする正義の盗賊がいるからな。オレはそんな立ち位置だろ」
かっこつけてる。
まあこいつの場合は、イケメンってだけで人生半分くらいは勝ったも同然である。
「じゃあ、そろそろ本命をやっつけるか」
マリーシアが欲望にまみれた視線を走らせる。
僕たちが遺品を漁っていたのと反対側の隅へ。
童話の『舌切り雀』に登場する大きなつづらかってくらいの、でかい宝箱が鎮座ましましている。
もちろん、キマイラが守っていたものだ。
「頼んだよ。ザンドル」
「任せとけ」
指抜きグローブに包まれた手を、わきわきさせる。
開錠。
それこそが盗賊の本領だ。