ロードオブ仲間探し 5
あった。
そんな都合の良い話が。
街門を守る門兵に、ダメ元で訊いてみたのである。
「僕たちはエゼルの街の従士エイリアスとマリーシア。こちらのザンドルは友人です。魔王復活の噂を聞き、討伐のための旅をしています。伝説の武器とかが眠る遺跡などは知りませんか」
と。
まあ、馬鹿な質問であると自覚はしてる。
こんなもんで情報を得られたら奇跡であるが、得られちゃった。
びっくりである。
魔王を倒せるような伝説の武器があるかは判らないが、トリアーニ近郊にはフリットン迷宮と呼ばれる遺跡があるらしい。
地下百層もあるって噂で、何組もの宝探し屋が挑んでいるが、未だに全貌はあきらかになっていない。
迷宮から出土するものには魔法の品物も多く、直接は役に立たなくても売ればかなりの金銭になる。
そういう方法で資金を集めて、魔王討伐の一助としてはいかがか、と。
親切な門兵が教えてくれた。
僕とマリーシアの胸に光るメダルが効果を発揮したようである。
公的な地位って、こういうときに有利だ。
で、じつは伝説の武器なんかじゃなくてお金が欲しい僕たちは、安易に飛びつくことにしたわけである。
とはいえ、迷宮探索に必要なものは買わなくてはならない。
ランタンとかロープとかナイフとか戦利品を入れる背負い袋とか。
「これでなんにも見つけられなかったら大赤字だぜ。使った分の金くらいは盗んででも持って帰らねえと」
「そうやって、ゴールドラッシュのときに犯罪が多発したんだぜ。マリーシア」
美少女と伊達男が、準備をしながら与太話に興じている。
アメリカはカリフォルニア。
一八四八年から始まった空前のゴールドラッシュは、世界経済をも塗り替えた。
三十万人もの人間が一攫千金を夢見て彼の地を訪れ、彼らに食事や宿、娯楽を提供するためさらに数倍の人が押し寄せ、急速に都市化が進んでいった。
ちなみに、多くのファンタジーTRPGでダンジョンの周囲に街が作られて発展しているのは、だいたいはカリフォルニア・ゴールドラッシュがモチーフになっているっていわれてる。
ともあれ、すべての夢追い人が百万長者になれたわけではない。
当たり前だけど。
ひとつの成功の影には、無数の失敗があるものだ。
で、失敗した人たちはそこまで使った分の金だけでも回収しようと犯罪に走る。窃盗とか強盗殺人とか。
なかなかに救われない構図だろう。
「まあ、僕たちがそんなハメにならないように、せめて教会で祝福でもしてもらおうか」
僕は提案した。
この世界にも当たり前のように宗教があり、トリアーニで主に信仰されているのは、太陽神ラーファという。
旅に出たり戦に行ったりするときには、祝福を受けるのが通例らしい。
もちろん無料じゃない。
「神頼みかよ」
マリーシアが嫌な顔をする。
お前さんの場合は、寄進が嫌なだけだよね。
「鰯の頭も信心からっていうしな。良いんじゃないか」
ザンドルは賛成してくれたけど、言葉の方が思いっきり間違ってる。
信仰心ってのは不思議だねって意味だけど、だいたいは新興宗教とかを皮肉って使う言葉なんだよ。それ。
指摘するような野暮な真似はしないけどね。
世の中には、他人の間違いや記憶違いを指摘したがる人がいるんだけど、なんでそんなことをするのか、けっこう謎だったりする。
感謝されるとでも思ってるんだろうか。
場の空気が悪くなるだけなのに。
教会に近づくと、なにやら行列ができていた。
ざわざわとしたざわめきも聞こえてくる。
「なんか、聖女が現れたらしいぜ」
耳の良いマリーシアが、会話を拾い集めている。
聖女とな?
あれかな? 魔王が復活したから、それを倒せる存在もまた生まれるとか、そういうやつだろうか。
「そういう場合は、聖女じゃなくて勇者じゃねーか?」
「たしかに」
ザンドルのツッコミに頷く僕。
聖女さまじゃあ、魔王とは戦えないよね。
ともあれ、そんな霊験あらたかな人物に祝福してもらえるなら、迷宮探索もきっと上手くいくだろう。
行列に並ぶことしばし。小一時間ほどで礼拝堂のようなところに入る。
「この無駄な待ち時間のあいだに出発したほうが良かったんじゃねーの?」
半眼のマリーシアだ。
こいつは日本にいたときから、並ぶのが大嫌いなのだ。
いっつも行列のできてる、なまら美味いラーメン屋が近所にあるくせに、一回も行ったことがないという、つはものなのである。
ちなみに僕は、こいつの家に遊びに行くとき、まず間違いなくそこで食べる。
並ぶ価値はある逸品なのだ。
「そんなもんばっかり食べてるから糖尿病になるんだって、死ぬまでに気付けばいいな。エイリアス」
とは、冷めた目をしたザンドルの言葉である。
酒も煙草もやらず、適度な運動と規則正しい生活を維持して、健康診断オールグリーンを誇るお方は、おっしゃることが違いますね。
けっ。
「魔王を倒したら、以後は健康に留意した生活を送るよう心がけるよ」
僕は肩をすくめてみせた。
「そんなこといって、帰っても生活を見直したりしないね。オレは五百ポイント賭けても良いわ」
「じゃあ俺は八百ペリカだな」
「ふたりともそっちに張ったら賭けが成立しないって。マリーシア」
「ちげぇねえや」
げらげらと笑う美少女と伊達男。
うっさいうっさい。
日本での姿はともかくとして、いまの僕は戦士エイリアスである。
考えるべきは、帰ったあとのことではなく、いかにして魔王を倒すか、という一点のみだ。
倒せなければ、帰るどころの騒ぎではないのだから。
礼拝堂の中でも、のろのろと列は進んでゆく。
「迷える子羊。祈りなサーイ!」
やがて、僕たちの順番がまわってきた。
かけられた言葉は、ものすごく胡散臭いエセ外国人みたいなイントネーションだった。
不思議な光沢の銀髪と、ぱっちりとした二重の青い目。
聖女さまは、すげー美少女である。
こりゃ人気だって出ますわ。
「あー やっぱりラーハーだったか。そんな気はしてたぜ」
苦笑を浮かべたのはマリーシアだ。
ぎょっとした僕とザンドルが顔を見合わせた。
そりゃもう、ぎゅりんって勢いで。
いまラーハーっつったか? マリーシアさんや?
「ワタシの名をしっているアナタは、どなたサマなのデースカ?」
怪しげな言葉を聖女が紡ぐ。
ラーハーとは僕たちの仲間の一人で、プレイヤーは豊島だ。
もちろんこいつだってオッサンである。
僕らと同い年の。
「顔を仮面で隠した怪しいプリースト。まさか女設定だったとはなあ」
何ともいえない表情でザンドルががりがりと頭をかき回した。
「てっきりどこの家庭にも一人はいる怪しいプリーストだと思っていたよ。ゼロスみたいな」
僕もきっと同じような顔をしていただろう。
「オオゥ! もしかしてエイリアスとザンドルなのデースカ!」
驚き方がわざとらしいよ。
なんだそのオーバーアクションは。
僕たちはそれなりにこの世界にもこの体にも馴染んだと思うけど、きみの順応の仕方は色々おかしすぎるよ。
「ひさしぶりだな。ラーハー」
「女だなんて知らなかったよ」
僕とザンドルが苦笑する。
TRPGのプレイスタイルってのも様々で、完全にキャラクターになりきって演技する人もいれば、行動を申告するだけって人もいる。
僕たちは後者だね。
エイリアスは村の人と交渉を試みるよ。世間話から入る感じで。というように行動指針をマスターに伝える。
台詞を叫んだりなんかは、ほとんどしない。
だから、ラーハーが女だなんて知らなかったのだ。
他人のキャラクターシートを覗き見するような悪質プレイヤーは、僕たちの中には存在しないしね。
けど、本人以外でそれを知っている人間は、たった一人だけ存在する。
マスターだ。
衣鳥だけは、すべての情報を知っていなくてはいけない。
「そして、アナタはどなたなのデースカ? お嬢サーン」
「俺はマリーシアだよ」
名乗りを受け、ラーハーがぶはっと吹き出した。
もちろん彼女も、マリーシアというNPCがいることを知っている。
「マリーシア! マリーシアて! おまえ女になっちゃったのかよ!!」
げらげら笑ってるし。
さっきまでのエセ外国人語をどっかにかなぐり捨てて。
『おまいう』
思わず、僕とザンドルがツッコミを入れた。