ロードオブ仲間探し 4
ザンドルを加えて、無事に三人となった僕たちは、六日後に宿場を出発した。
マリーシアは二日ほど前からほぼ復調していたが、一応は大事をとったのである。
なにしろ本人を含めて、僕たちには知識がまったくないからね。
何日目から通常行動ができるのか、さっぱり判らないのだ。
「たぶん、昨日か一昨日くらいから魔法は使えたと思うけどな」
とは、マリーシア自身の言葉である。
だいたい四日目くらいからは、普通に動けるらしい。
ただ、出血自体は少し続いていた。
「無理はしないに限るさ。体調が悪いときに無理をしてなにかやったとしても、体調が良いとき以上の成果が得られることは、ほとんどないもんさ」
粋な帽子をかぶった瀟洒な若者が告げる。
身長は僕より低いけど、引き締まって無駄のない体付きで、なによりもまずイケメンだ
顔面偏差値が高すぎる。
そのへんを歩いているだけで、女性たちの視線は釘付けだ。
「なんか恨み節っぽくきこえるけどね。エイリアスさんや。君だってなかなかのもんじゃないかね?」
苦笑している。
まあ、じつは僕だって見た目は悪くないんだけどね。
虎体狼腰って感じで、いかにも戦士という肉体美だし、顔立ちもきりりとして黒い髪がよく似合う。
さすが創作キャラってところだ。
僕もザンドルも、もちろんマリーシアも。
わざわざ自分が操るキャラクターを不細工に設定する人は、いるのかもしれないが多数派ではないだろう。
「ダリューンとギーヴってとこだべな。おめーらは」
僕とザンドルを等分に眺めやり、マリーシアが論評した。
田中芳樹が著したヒロイックファンタジー大作、『アルスラーン戦記』に登場するキャラクターである。
黒衣の騎士って呼ばれる屈強な戦士と、旅の楽士を名乗るイケメンだ。
僕とザンドルは肩をすくめてみせる。
すごく良い例えだったから否定する気分にはなれないけど、そうなるとマリーシアの立ち位置はどうなるんだって話だ。
彼女に該当するようなキャラクターは、残念ながら登場しない。
「さーて、まいていこうぜ。俺のせいで無駄な時間をつかっちまった」
ぶんぶんと両腕を振り回すマリーシア。
体調は良さそうである。
晴天の街道を歩く。
「べつにマリーシアのせいじゃないでしょ。体調不良は誰にでもあることだしね。もちろん僕も例外じゃないよ」
慰撫する僕に、ザンドルも頷く。
僕たちは仲間だ。
支え合うのは当然で、わざわざ口にするような話でもないのである。
「ゆーて、そうもいってらんねー事情もあんべや。主に金てきな意味で」
マリーシアのいうことも事実だったりはするのだが。
一泊の予定だった宿場に五泊もしてしまった。
二人旅なのが三人になってしまった。
これだけでも物入りなのに、ザンドルの装備である弓は、当たり前のように矢が必要なのだ。
けっこう高い。
ゴブリンに刺さった矢を抜いて回収しているのを見て、みみっちいことするなあイケメンのクセにって思ったもんだけど、わりと切実だったりするのである。
で、ザンドルは僕たちほどお金を持っているわけでもない。
短弓だって、白い人から最初にもらったヤツを使ってるくらいだし。
新調した方が良い、というか、しないとまずい。
ゴブリンやコボルド程度ならまだしも、オーガーとかサイクロプスとかマンティコアとか、強力なモンスターと戦うには心許なすぎるのだ。
まして最終的には魔王を倒そうって僕らである。
「王都トリアーニについたら、まずは装備を調える感じだべな。ザンドルのぶんも」
「いつもすまないねえ。マリーシア」
「ザンドルおとっつぁん。それは言わない約束よ」
馬鹿話をしながら街道を進んでゆく。
宿場から宿場までの距離は、地球の単位でだいたい四十キロくらい。
これが無理なく一日で歩ける距離なのだ。
日本にいた僕たちだったら、絶対に辿り着けないだろうけど。
この世界の人々が健脚だというより、現代人は運動不足すぎるのである。
「で、装備を調えるのだってお金がかかる。それをどう調達するかって話だね」
「やっぱり行く先々の宿場で仕事を受けるしかないんじゃないか?」
僕の言葉にザンドルが応える。
結局、その結論しか出ようがない。
お金がないと何にもできないというのは、日本だろうとこの世界だろうとかわらないのです。
無料でできることなど、息を吸ったり吐いたりすることと、金持ちになった自分を想像することくらいだ。
せちがらい世の中である。
「けど、それじゃたいした金は稼げねえんだろ?」
マリーシアが口を挟む。
そうなのだ。
この間のオーガー退治で得たお金は、僕たち二人が六日滞在した宿代でとんとんくらいだった。
銀貨四十八枚。
日本人の感覚だと、だいたい二十四万円くらいかな。
一泊三食ついた宿が一人二万円くらいだと計算してね。
他に比べるものがないから、厳密な換算であるとはとてもいえないだろうけど、そのくらいの価値だ。
モンスターを一匹(ゴブリンは対象外だった)倒して二十四万円。
これを高いとみるか安いとみるかは見解が分かれるだろうが、定期収入として考えると、いささか苦しい。
毎日狩れるというわけでもないのだから、とくにだ。
もちろん依頼なしで狩ったって、銀貨一枚の収入にもならない。
毛皮を剥いで売る、というわけにもいかないのだから。
「かといって、なにもしなければ手持ちの資金が減っていくだけだろ?」
「まったくだよ。ザンドル」
働けど働けど我が暮らしらくにならず、だ。
僕は大きくため息を吐いた。
トリアーニに至る過程の宿場町では、とくにめぼしい討伐依頼はなかった。
にもかかわらず街道では、ちょくちょくモンスターに遭遇するのだ。
ゴブリンとかコボルドていどの小物ばっかりだけど。
で、戦えば武器はどんどん傷んでゆく。
回収する矢だって、ダメになるものもある。
マリーシアの魔法だって、一日に使える回数が決まっている。
したがって、我々の軍資金は順調に減り続けていた。
「つらい! なんてつらい生活だ!」
最初に不満を噴出させたのは、もちろん最も気の短いマリーシアだった。
しかたないね。
まったく想定の範囲内だった僕もザンドルも、小さく肩をすくめたのみである。
「よし。俺が街角に立って、金持ちの男を引っかける。で、連れ込み宿に入る寸前にエイリアスが登場しろ。俺の女になにすんじゃ、て」
「それじゃ美人局じゃないか!」
普通に犯罪である。
なに考えてんだ。この犯罪者は。
異世界にきてまでチンピラみたいな真似をするのは嫌すぎる。
「めんどくせえな。じゃあザンドルが街角に立って、金持ちそうなマダムを引っかける」
「男娼かよ」
「で、連れ込み宿に入る寸前にエイリアスが登場しろ。俺の男になにすんじゃ、て」
『やるか! アホ!!』
僕とザンドルの声がハモった。
まだなんぼか、三ミリくらいは美人局のほうがマシだ。
言うに事欠いて、僕とザンドルのBLとか、いったいどこにそんな需要が……ありそうだから嫌すぎる!
どっちも美形だから!
くっそくっそ!
「ま、まあまあ、エイリアス。トリアーニに入れば割の良い仕事があるかもしれない。それに賭けよう」
おかしな展開を押しつけられそうな地獄の境遇からなんとか立ち直り、ザンドルが言った。
むしろ自分に言い聞かせるように。
気持ちは判るけど、僕は懐疑的だよ。
田舎には仕事がないからとかいって東京に出てきて、結局ろくな仕事もなくて路上生活を送るような人だって、けっして少なくないんだよ?
都会だから良い暮らしができるなんて幻想さ。
「つーかよ。モンスター退治以外にもなんかねーのかよ」
僕のネガティブな発想に、マリーシアが呆れている。
「なんかって?」
「せっかくファンタジー世界なんだからよ。遺跡とか」
「そんな都合良く……」
くだらないことを話しながら、僕たち三人はトリアーニの街門をくぐる列に並んだ。
※参考資料
アルスラーン戦記
田中芳樹 著
角川文庫 刊