ロードオブ仲間探し 2
「だりー もうだめだー」
下腹部をおさえ、マリーシアが部屋でだらだらしている。
翌日のことである。
宿の女将さんに相談した僕たちは、いらない布を分けてもらうことに成功した。
これを適当な大きさに切って、栓をするのだそうだ。
たぶん、タンポンの原型みたいなもんなんだろう。
で、それがずり落ちてこないように、ふんどしみたいなものでぎゅっと締めあげる。
非常に大変である。
僕も手伝わされたからよく判る。
夫とか、そういう存在だと思われたんだろう。きっと。
じゃなかったら同室に泊まってるのもおかしいしね。
「気遣ってやりな」
なんて声をかけられ、表情の選択に苦労したものである。
ともあれ、大昔から女性は大変な思いをしていたんだなぁ。
「俺は決めたぞエイリアス……日本に帰ったら……もっと女房に気をつかう……」
二日目の苦しみに耐えながら、謎の宣言をするマリーシアであった。
本当は今日出発の予定だったけど、延期することにした。
とてもではないが、彼女が動けそうにないから。
「それが良いと思うよ。マリーシア。僕もそうしよう」
僕たち男には女性の苦しみは判らない。
生理も妊娠も出産も。
どうしてやることもできないのである。
せめて、彼女たちが心安らかに過ごすことができるよう、最大限の努力をしようと誓い合う二人だった。
「あとエイリアス……魔法使えそうにねーから。しばらく」
「わかってるって」
たぶん痛みで集中できないんだろう。
リナも似たようなこと言ってたしね。
「何日かは滞在しよう。魔法だけじゃなくて、身体能力だって落ちてるだろうし」
「うう……いつもすまないねぇ……」
「おとっつぁん。それはいわない約束よ」
馬鹿な会話をしているが、じつはそんなに笑ってられる事態でもなかったりする。
主に資金的な問題で。
僕たちはライカルから充分な軍資金をもらったが、べつにそれは一生遊んで暮らせる、なんて額じゃない。
一泊の予定だった宿場に、たぶん四泊か五泊することになるんだから、王都近くになって資金がショートしちゃう、なんて可能性もある。
「そんなわけで、なんか仕事を探してくるよ。マリーシアは休んでいて」
「うう……エイリアスがいないと、アレを取り替えるのも一人でやらないと……」
「それはむしろ一人でやれ。僕を巻き込むな」
昨夜は大変だったのである。
当たり前のように、ただの布きれはそんなに吸収力なんかない。
けっこう頻繁に取り替えないと漏れてきちゃうのだ。
全然なれてないマリーシアは、同じくまったくなれてない僕を巻き込み、一緒に取り替えたり洗ったりしていたのである。
そして想像していたよりもずっと多い血の量に、ふたりして軽くパニックを起こしていた。
本当に、女性は大変である。
宿の女将さんに口入れ屋の場所を確認する。
ようするに仕事の斡旋をしている連中のことだ。
ファンタジーライトノベルとかだと、冒険者ギルドって感じになるだろうか。
まあ、普通に考えたらギルドなんてもんが職業として成立するはずもなく、あれはゲームの中だから存在できるのである。
で、かわりに登場するのが口入れ屋だ。
これはギルドみたいな相互扶助組織じゃない。
ただ単に紹介するだけ。
仲介料を取ってね。
なんでそんな無責任な仕事が成り立つのかっていえば、この世界には職業安定所なんてものがないからである。
人を集めてるよって情報と、仕事を探してるよって情報を、すりあわせる場所が必要になってくるのだ。
ちなみに日本にも昔は口入れ屋はあったし、女性を遊郭に紹介するのを専門としていた女衒ってのもいた。
「ここは宿場だからねぇ。口入れっていっても、アンタみたいな戦士の仕事はないと思うけど」
「まあ、いくだけいってみますよ。部屋にいても退屈なだけなんで」
「月のもので長逗留ってのも優しい旦那さね。ウチはありがたいけどね」
「相棒の体調が万全でないと、僕も困るんですよ」
夫婦じゃないよ、相棒だよ、と、さりげなく訂正するが、果たして通じたかどうか。
ともあれ、五泊分の宿賃を前払いした僕は、口入れ屋へと足を向けた。
女将さんが言うように、小さな宿場町なので、あんまり仕事は期待できない。
なにしろ、けっこう大きなエゼルの街から一日の場所である。
ここで仕事を探すくらいなら、エゼルまで足を運ぶだろう。
あくまでも中継地点なのである。
宿と飯屋がメインの産業だ。
仕事といっても、皿洗いとか部屋の掃除とか、そんなもんしかないのではないか。
「と、思っていた時期が僕にもありました」
口入れ屋の建物に入った瞬間、ものすごい期待の目でみられちゃった。
戦士だ……戦士さまだ……、というささやきが、狭い店内のそこここから聞こえている。
なんですかね。この雰囲気は。
「左胸のメダル。さぞ名のある剣客とお見受けします」
揉み手をするように近づいてくるのは、たぶん店主だろう。
「エゼルの従士、エイリアスといいます」
僕の名乗りに、ささやきはどよめきに変わる。
従士ってのは誰でもなれるってもんじゃないからね。
わかりやすくというと、封建制度がはじまるより前の考え方で、有力者に認められて、ともに戦う人のことなんだ。
これが後に騎士って身分になってゆく。
僕の場合は、エゼルの街を支配している首長とかに認められて、従士の身分を得た。
会ったことないけどね。
まあようするに、ひとかどの身分の戦士だってことで、口入れ屋にいた人々が驚いたってところだろう。
「従士さまがこんなところに……」
「トリアーニまでの旅の途中でしてね。相棒が臥せって足止めですよ。僕は暇なんで、仕事でもしようかと」
軽い口調なので、べつに重病ではないと伝わるだろう。
「なにかお困りなのですか?」
「じつは……」
店主が語ったのは、モンスターの被害についてだった。
ここから次の宿場までの街道に、なんとモンスターが居座ってしまったのだという。
「ふむ」
僕は右手を下顎に当てた。
街道に居座るモンスター。それはあきらかに異常だ。
そもそもそこを通るのは人間の都合であって、モンスターには関係ない。となれば、人間を襲うのが目的ということなるが、それにしてもおかしい。
普通はどこかに隠れて、不意を突くだろう。
武人よろしく、堂々と陣取るとか。
「わけがわからないな」
呟きに皆が頷く。
とはいえ、いくら判らなくても街道がふさがれてしまったのは事実だし、そのモンスターを何とかしなくては旅もできない。
「そこで、エイリアスさまにお願いが……」
「お引き受けしましょう」
皆までいわせず、僕はどんと胸を叩いた。
好漢エイリアスが、困っている人を見捨てるなんてありえないのだ。
まあ、そんな格好付けたことをいわなくても、僕たちも街道は使うので、モンスターに居座られるのは非常に困る。
どよめく店内。
すごいとか、さすがとか。
ていうか戦士だからね。危険そうだからやだって話にはならないのさ。
僕は魔王を倒すために旅をしている。
モンスターごときで、びびってはいられない。
報酬などの細かい条件を決め、すぐに僕は出発する。
時間をかけて良いことなどなにもないからだ。
てくてくと街道を歩く。
なんというか、ひとりというのはつまらないな。
あの性悪マリーシアでも、いないと寂しいものだ。
まったく嬉しくない発見である。
太陽が沖天に差し掛かろうという頃合いで、それが見えてきた。
小山のような巨体に、頭から生えた二本の角。
人食い鬼だ。
僕の接近に気付いたのか、のっそり立ちあがろうとしている。
右手に持つのは巨大な棍棒だ。
あんなもんでぶん殴られたら、僕の頭なんかホームランみたいに飛んでいってしまうだろう。
「まあ、当たらないけどね」
バスタードソードを腰の鞘から抜く。
陽光を、刀身が照り返す。
「うぉぉぉぉぉっ!!」
「ガァァァァァッ!!」
同時に吠え、そして同時に駈け出した。
二匹の獣のように。
距離が詰まる。
唸りをあげるバスタードソードと棍棒。
盛大な音を立てて衝突した。