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スタートオブ異世界生活 1

 

 四十も良い感じにすぎた大人(オッサン)が五人。

 示し合わせて休みを取って集まり、なにをしてんだって話である。


「そりゃおめえ、女房子供には言えないような遊びに決まってんべや」


 衣鳥祐司(いとり ゆうじ)が人聞きの悪いことを言った。

 くくく、と笑いながら。

 学生時代から変わっていない、悪癖の露悪趣味である。


 こんなんでも、それなりの商社でそれなりの役職に就いているらしい。

 家族もいる。奥さんがひとりに子供がふたり。下の子は、たしか今年中学に入るんだったかな。

 まず順風満帆な人生と評して良いだろう。


「それは聖人(きよと)も一緒だべ」

「まあね」


 僕を含め、ここにいる五人はそれなりの人生行路を歩んでいる。

 会社員だったり自営だったり様々だけれども。


 さて、そんな五人が集まってなにをするのかといえば、たしかに衣鳥がいうこともあながち間違っていなかったりはする。

 人には言えないというか、あんまり理解されない遊びだ。


 (テーブルトーク)RPGロールプレイングゲームという。


 ゲームマスターとプレイヤーに分かれ、ひとつの物語を紡いでゆくゲームである。

 かの名作映画『E.T.』の冒頭部分で、主人公たちが遊んでいたのもこれだったりする。


 原産はアメリカ。日本に入ってきたのは一九八〇年代だ。

 当時小学生だった僕たちは、あっという間にこのゲームに魅せられた。

 まるで小説の主人公になったように、ときには野蛮にときには知恵を絞って物語を紡ぐ。


 後になって登場したコンピュータRPGでは味わえないライブ感が、そこにはあったから。


 しかし、このゲームには大変な欠点がある。

 ひとりでは遊べないのだ。

 何人かが集まることが可能な場所も必要になる。


 かつては夢中になって、毎日のようにダイスを振った僕たちも、こうやって集まれるのは月に一度くらいになってしまった。

 集まることができるだけマシ、というのがTRPGプレイヤーの共通認識ではあるけれども。


 家庭や仕事を持つとね、なかなか自分だけの時間というのは作れないものだ。


「今日がこのキャンペーンの最終回かな。良いシナリオを頼むよ。マスター」

「まかせとけ。練りに練ったラストシーンだ。お前ら全員、感涙の海で溺死させてやる」


 僕の言葉に、にやりと笑う衣鳥。

 他の仲間は苦笑だ。


 全員が三十年選手(ベテランプレイヤー)で、マスター経験だって豊富なのである。

 素晴らしいシナリオには、マスターの力だけでなく、プレイヤーの協力が不可欠なことを充分に心得ている。

 TRPGは勝ち負けを競うようなものではないのだから。


 そうだな。

『フォーチュン・クエスト』の中にこんな台詞があるよ。「TRPGは楽しんだもの勝ちだ」ってね。


 もしこのゲームに勝者がいるとしたら、それはシナリオを楽しんだプレイヤーだろうし、楽しませたマスターである。

 だから、ゲームの進行を妨げるような悪質プレイヤーは、この中にはひとりもいない。


「そんじゃはじめるか。キャラシーを返すぞ」

「あいよ」


 手を伸ばした僕が衣鳥からキャラクターシートを受け取る。プレイするキャラクターのデータが書かれた紙だ。


 マスターがまとめて管理するというのが、僕たちの通例になってる。

 こっそりプレイヤーが数値を書き直したりしないようにね。


 もちろん僕は仲間たちがそんな不正をしないことを知ってるけど、わざわざ試すような真似をする必要もない。

 それに、マスターが一括管理することで、「ぐはー忘れてきたー」とかいう、間の抜けた事態を防ぐことができる。

 まあ、マスターが忘れちゃうこともあるけど、その場合は全員分がないわけだから、諦めもつくというものだ。


 あらためて、自分のキャラクターを確認する。

 一ヶ月ぶりだね。僕の分身、戦士エイリアス。






 どこまでも広い空。

 どこまでも続く草原。

 遠くから鳥の声とかが聞こえる。


「……あれ?」


 僕はいったい?


「目が醒めましたね。戦士エイリアスよ」


 いきなり降りかかる声に視線を転じれば、なんか白い人が立っていた。

 語彙力がなさすぎるが、そうとしか表現できない。

 人間っぽい形をしているけど、真っ白で、顔にあたる部分には目も口も鼻もなかった。

 ていうか、どこから声を出しているのだろう。


「あなたは異世界に転移しました」

「……夢か」


 疲れてるんだね。

 みんなで集まるために、いろいろ無理してスケジュールを調整したからね。

 寝ちゃっても仕方ないね。

 申し訳ない。衣鳥。すぐに起きるから。


「現実と戦いましょう。どうして勝手なモノローグで逃げようとするんですか」

「えー?」


 だって、嫌すぎるんだもん。

 そりゃあ僕だって気付いていないわけじゃない。


 頬を撫でる風、空気の匂い、踏みしめた大地の感触。これらは現実のものだ。

 明晰夢だとしてもリアルすぎる。

 むしろ身体が軽すぎるしね。


 くたびれた中年の肉体じゃない。まったくどこも調子悪くないなんて、何年ぶりだろう。

 糖尿病も高血圧も無縁なんだろうなぁ。


「……もうちょっと夢のある確認の仕方をしませんか?」


 白い人が、呆れたように手っぽいものを額っぽい場所にあてる。


「四十代も後半に入ったオッサンに、どんな夢を持てと?」


 思わず反問しちゃった。

 異世界転移したよ。わーい。と、喜ぶには、僕は年を重ねすぎている。


 そもそも現状に不満があるわけではないし、妻や子供のことだって気になる。仕事に穴も空けられない。


 背負ってるものがいろいろあるのだ。

 これは僕だけに限った話ではなく。

 できれば一刻も早く、現実世界に戻して欲しい。


「そうもいかない事情があります」


 そりゃそうだろうね。

 事情もなしにこんな非現実的な体験をしているとしたら、ちょっと運営に文句を言うレベルだ。

 あるいは、僕を精神科に運んでもらうか。


「結果からいうなら、あなたたち五名は亡くなりました」


 淡々とした声。

 僕は大きく息を吸い、吐き出した。


 そうじゃないか、という気はしていたんだ。

 臨死体験とか、そういうやつなんじゃないかな、と。

 もちろん、予想してたからといってショックがなくなるわけじゃない。


「その割には落ち着いているように見えますが」

「……腑に落ちない点があるからですね」


 五人全員が死んだ、という部分だ。


 僕たちは衣鳥の家に集まっていた。部屋の中にいていきなり全員が死んでしまうなんて、そう滅多に起きることではない。

 ミサイルが撃ち込まれたとか、そういうことでもないかぎり。

 であれば、この状況はあきらかにおかしい。


「そのとおりです。これは事故ではありません」


 事故でないなら事件だ。

 僕たち五人は殺されたということである。

 では誰に?


「こちらの世界のものに、です」

「……なるほど」


 次元を超えた殺人事件である。こいつはどんな名探偵でもちょっと解決できないだろう。


「あなたたち五名は魔王復活の供犠(くぎ)として捧げられました。管理者(わたし)がそれに気付いたときには、すでに手遅れでした。消滅しかかっている魂をべつの器に入れるのが精一杯だったのです」


 その器とやらが、戦士エイリアスだったというわけだ。

 一年間、僕が使ってきたキャラクター。

 充分な思い入れがある。


「それで、僕はどうすれば元に戻れるんですか?」


 この場合の元にというのは、肉体だけでなく世界的な意味も含めてのことだ。

 魔王がいるようなファンタジーな世界にずっといるというのは、あんまり嬉しくないし、さっきから言っているように僕には帰るべき場所がある。


「魔王を倒し、自らを取り戻しなさい」

「……そうきたか。管理者さんがやってくれるんじゃないんですね」

「なぜ?」


 白い人が首をかしげる。

 どうしてそんなことを訊かれるのか判らない、という体で。


 だろうね。

 この人にとっては、充分以上にサービスしているのだろう。


 消えるはずだった魂を別の器に定着させた。

 それをどう使うかは自分次第。

 元の世界に帰りたいというなら、自分のチカラで道を切り開けと。


「……判りました」


 僕は頷いた。


 佐々木聖人(ささき きよと)、いや、もうエイリアスか。人生最大のピンチらしい。




※参考資料


映画 E.T. The Extra-Terrestrial

製作 スティーブン・スピルバーグ キャスリーン・ケネディ

公開 1982年




深沢美潮 著

フォーチュン・クエスト

角川スニーカー文庫 刊

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