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73.大魔力(マナ)と小魔力(オド)

「ああ、頑張るよ」


 素直にそう返したが、何だか気恥ずかしくなってしまいお互いの顔を見ることができなくなってあらぬ方向を見る。

 すると、広場の端の方を歩く人影、というより猫影が目に入った。


「ん? あれって……」


「ん? どうしたの? って、ああ、ワイスちゃんか」


 彼女言うと同時に、彼もこちらに気が付いたようでポテポテとこちらへ歩み寄ってきた。

 

「誰かと思えば、アイリスではないですか」


 俺達が座る椅子の前を通過したのは、白いふわふわな毛並みを持ったケットシーだった。

 彼は人間でいう司祭が着るような法衣を身に纏っていた。ぶかぶかの縦長帽子が何とも言えない可愛らしさを助長している。

 この一月で警備隊に所属するケットシーとも交流があったため見慣れてきてはいるが、それでも猫が喋る光景は非日常感が増しているように感じる。


「奇遇だねワイスちゃん。こんなところでどうしたの?」


「大した用事ではないのですが、シルヴィアに世界樹の様子を聞こうかと思いましてね。その道中です」


「世界樹の様子?」


「ええ。ここ最近は定期的に瘴気の発生が確認されていますからね。世界樹にもしものことがあってはなりませんから、シルヴィアに話を聞いておこうかと思いまして」


「ああ。確かに、万が一世界樹に悪影響があると、街の外壁にも影響あるしね」


 アイリスは合点がいったらしくうんうんと頷きながら聞いていた。

 ワイスは彼女の言葉を聞いてやや表情を曇らせながら言う。


「それだけではないのですが……。まあ、別に良いでしょう。私の用事はそんなところですが、アイリスは何故ここに――、ってああ、なるほど、そういう事ですか」


 彼は俺が手に持っている黒い剣を見て納得したように頷く。

 アイリスは恥ずかしそうな表情をしながらワイスにつっかかる。


「な、何さ……」


「いえ。上手くいって何よりです。この街では誰もあの魔物の素材を加工できませんでしたからね。上位に限りなく近い精霊を従える貴女だからこそできた事です」


「彼女がしたのはそんなに凄いことなのですか?」


 俺はワイスの発言に気になるところがありそう聞くと、彼は神妙に頷きながら答える。


「ええ。彼女程マナに愛された少女は見たことがありません」


「マナに愛される?」


 初めて聞く単語に思わず首を捻ってしまう。

 ワイスは俺がマナを知らないことを察したのか、コホンと咳払いした後説明してくれた。


「マナの説明をするなら、精霊についても説明が必要でしょうね。セカイさん、貴方は精霊についてどのような認識を持っていますか?」


 俺は今までに見てきた精霊魔術を思い返しながら答える。


「精霊とは、魔力を対価に何かしらの現象を引き起こす何か……ですか?」


「概ねその理解で間違ってはいませんね」


「概ね、というのは……?」


「彼ら、彼女らは、魔力があれば何でもしてくれるというわけではありません、つまりは各々の個性、性格……、もっと言えば自我を持っているという事です。それはもはや、一種の生物と呼んで差し支えないでしょう」


 地球において、生物と無生物を完全に定義することは難しい。それはこの世界においても同様だろう。


「共存対象、と言う事でしょうか?」


「そうです。我々は精霊の食料となるオドを渡す。精霊はそのお礼をしてくれる。ただそれだけの事ですが、我々は彼らと手を取り合い生活しているのです」


 俺は再び聞きなれない言葉を耳にしてつい質問してしまった。


「あの、オドとは何ですか? 魔力とは違うのですか?」


「ここで先程のマナも関わってきます。あくまでも私が知っている範囲の話になりますが、オドは通称『小魔力』と呼ばれるものです」


「『小魔力』……?」


「この世の生物は、この星から小魔力(オド)の元となるマナを受け取っています。このマナはオドと異なるものとして『大魔力』と呼ばれています」


「つまり、生物はマナをオドに変換して使用しているという事ですか?」


 俺が初めて魔力を発言した時、俺の魔力は心臓から溢れだすような感覚があった。もしかしたら、心臓が魔力の変換機(ジェネレータ―)として機能しているのかもしれない。


「そうです。マナはそれ自体では猛毒でしかないので、この世界の生き物は大なり小なり、マナをオドに変換することができるようにできています。しかしアイリスは、オドの性質が非常にマナと近しい、つまりは純度の高い魔力を持っています」


 マナに愛されている、というのはつまり、オドがマナに近いことをさしているのか。


「マナに愛されている、という意味は分かりましたが、それと精霊に何か関係があるのですか?」


 俺の疑問に答えてくれたのはアイリスだった。


「それは単純な話で、精霊の子達ってマナに近いオドの方が好きみたい」


「彼女の言う通り、マナに近ければ近いオドを持つほど精霊に好かれ、より高位の精霊を使役することが可能となるのです」


 そこまで聞いてようやく、彼女がどれほど凄いのかを理解した。


「つまり、彼女程高位の精霊使いでなければ、この剣の元となった素材を加工出来なかったと言う事ですね」


 俺がそう言うと、ワイスはニコリと微笑みながら頷く。


「ええ。そういう事です。ですので、よくお礼を言っておいた方が良いですよ。高位の精霊を従えているとはいっても、彼女の鍛冶能力は彼女自身の努力に裏打ちされたものであり、その剣もまた、睡眠時間を削って作っていたようですから」


「わ、ワイスちゃん! 余計なことは言わないで! 私はセカイの中では完璧超人な美少女ってことになってるはずなんだから!」


 何それ初耳なんですけど。

 父さんの武器でオナニーしようとしていた所を見た時点で完璧超人ってとこは瓦解してるし。

 何処からその自信が出てきているのか謎だが、それはそれとして、この剣は俺が思っている以上に特別なものだったようだ。

 先程もお礼を言ったが、後で何か別にお返しの品でも送ったほうが良いだろうな。


「アイ――」

「――とにかく! 君は少しでも体を休めておきなよ! 夜の警備で眠くなっても大変でしょ!」


 改めて彼女に礼を言おうかと思ったが、彼女にぐいぐいと背中を押されて阻止されてしまう。

 顔だけ振り返ると、ワイスは苦笑しながらふりふりと右手を振っていた。

 ぺこりと軽く会釈し、俺と彼女は家へと帰った。

 そして軽い食事と仮眠を取り、新たな武器を手に取って夜の警備へと赴くのだった。


いつも読んでいただいてありがとうございます。

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