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72.新たな武器

 誰かの頭を膝に乗せるのは久しぶりだ。誰かと言っても、俺の膝に頭を乗せる奴なんてミアくらいだが。

 俺は無意識に、彼女の髪を撫でた。

 手が髪に触れた瞬間、彼女のピクリと肩が動いた事で咄嗟に手を離した。


「あ、悪い」


「ん〜ん。別に嫌じゃないよ。ちょっとびっくりしただけ〜」


 そう言って、ニヘラと崩れた笑みを浮かべる少女。

 ドクン、と心臓が大きく脈打つと同時に脳内にノイズが走った。

 何故か、長い白銀色の髪が思い起こされた。


『惺恢君に撫でられるの、僕好きだな』


 言いながら、太陽の様に眩しい笑みを浮かべる少女。

 これは、記憶……? 誰の……? 俺、の……?


「…………?」


 俺は自身の頭に手を当てるが、特段異常は感じられなかった。

 今のは一体……?


「どうしたの?」


「いや、何でもない」


 俺はそう誤魔化し、再び彼女の髪に触れて手で優しく梳いていく。

 少女は気持ち良さそうに目を細めていた。

 ミアも同じような反応をしていたっけな。何だか、あの村での生活が遠い昔の出来事のように感じてしまう。


「何だか、手慣れてない? 私の考え過ぎ?」


 暫く身を任せるように髪を撫でられていたアイリスは突然ジトッとした目を下から向けてきた。


「あ~〜…………、妹にも、同じようなことをしてたからかな」


 言うべきか│逡巡しゅんじゅんしたが、彼女に嘘をつきたくなかったため正直に告白した。

 膝に頭を乗せている少女は、紅の瞳をこれでもかと開いて驚いていた。


「ここ最近は二人で過ごす事も多いけど、君が自分の事を話すなんて珍しいね」


「そうか?」


「そうだよ」


「……そう、かもな」


 多分意図的に、俺は自分の事を話さないようにしていたと思う。話したのは精々、住んでいた村で武術を教わったと言う事だけ。


「妹さんと、仲、良かったんだ?」


「どうだろうな……。でも、悪くは無かったと思う」


 最初の頃は敵意むき出しだった彼女も、俺が魔力に目覚めたゴブリンの一件からは一転して俺のことを家族として扱ってくれていたように思う。

 それに、俺もミアの事は大事な妹だと思っている。

 またいつか、どこかで会えたら良いな……。


「やっぱり、君は笑ってる顔が一番だね」


 唐突に、彼女はそんなことを言い出した。

 流石に二度目ともなれば、俺もそこまでは動揺しなかった。だてにこの一ヶ月一緒に生活してきたわけではない。本心ではあれど、決して恋愛感情などではないだろう。


「そりゃどうも」


「あ、何か反応がおざなり! 前はもっと可愛い反応してたのに!」


「可愛いって……」


 女性なら嬉しいかもしれないが、一応男なので可愛いと言われても一切嬉しくない。

 まあ、女心なんて難しいもの、俺には理解できないが。


「さて! 十分休憩できたし、お礼に君にご褒美をあげようじゃあないか!」


 ニコニコと大輪の花が咲いたかのように笑う彼女。


「ご褒美?」


「じゃーん!」


 言いながら彼女が差し出してきたのは、先程まで彼女が研磨していた黒い剣だった。

 布に包んで持ち出してるから不思議には思っていたが、もしかしてーー


「ーー俺に、くれるのか?」


「それ以外に無いでしょ」


 苦笑しながら言う彼女。


「あ、ありがとう」


 おずおずと、差し出された剣を手に取った。

 ズシリとした、確かな重さが両手にもたらされた。

 マジマジと黒光りする剣を眺める。


「やっぱり、父さんの剣によく似ている……」


 細かな外観は異なっていたが、重さも、色合いも、とてもよく似ていた。


「まあ、たまたまだけどね。重さは粉々になった破片の総重量から推測しただけだし、黒いのも、素材によるものが大きいしね」


「素材?」


「ほら、君が倒した黒いリザードマンとサイクロプス、ワイバーンを素材にしたんだよ。」


 素材を聞いて合点がいったので頷く。


「なるほど。確かにアイツらの素材を使えば、黒い剣も作れるか」


 俺は武器の性能を確かめるために魔力を流してみた。

 大事なのは見た目などではない。その性能だ。

 俺が持つ『破壊』という魔力の性質上、一定以上の魔力放出は武器の寿命を縮めてしまうのだ。

 探知魔術の様に薄く広げるのであれば、魔力特性を消すことは容易だが、一か所に高密度の魔力を込める場合、その特性を消しきることができない。

 特に四の型、白夜は切っ先に魔力を一点集中するため、凡百の武器では威力に耐えられず、技を放った後に自壊してしまうのだ。

 だからこそ、武器を扱う際にはどの程度まで耐えられるのか調べておくことは重要となる。

 魔力の出力を徐々に高めて限界点を探ろうとしていると――


「これは……っ!」


「どうどう? 悪くないでしょ?」


 ――彼女が得意げな笑みを浮かべながらそう言った。

 俺は驚きに目を見開きながら、武器を注意深く観察する。


「悪くないなんてもんじゃない。父さんの剣を除けば、俺が今までに使ってきた武器の中では断トツだ」


 そう断言出来る程に、この武器の性能は驚異的だった。


「その黒い魔物の鱗や血が、異常に魔力と親和性が高かったんだよ。だから、魔力を通すのに抵抗が殆どないでしょ?」


 彼女の言う通り、自身の肉体以外の物質に魔力を通そうとするとき、少なからず魔力抵抗とでもいうべき違和感が生じる。父さんの剣に至ってはそれが0だったが、この武器も鉄の剣に比べれば格段に小さかった。


「月並みな事しか言えなくて申し訳ないけど、本当に凄いよ」


「エへへ。それほどでもあるね~~」


 彼女は照れたように頭を掻いて笑みを浮かべた。


「こんな良い武器を、俺が貰っても良いのか?」


「それは勿論だよ! まあ天才鍛冶師アイリスちゃんにかかればこの程度大したことないからね! 気楽に受け取ってよ! 君の剣が直るまでの繋ぎだけどね! ……あの素材を扱うにはもう少し時間がかかりそうなんだ。ごめんね」


 彼女のその言葉を聞いた瞬間、俺は彼女の両手が細かな火傷まみれだった事に気が付いた。

 きっと、火傷が自然に治る前に治癒魔術をかけていればこのような痕が残ることは無かったのだろう。だが彼女はきっと、一心不乱に、火傷のことなど意に介さずこの剣を叩き上げたのだ。どれほどの熱量を込めていたのか、剣士である俺では及びもつかない。きっと、言葉では言い表すことなどできないだろう。だから今は、この一言だけを伝えよう。

 剣を椅子に立てかけて、彼女の両手を包むように握る。


「ええ!? 突然何さ!?」


「本当に、ありがとう」


 彼女の濡れたルビーのような瞳を真っ直ぐに見つめながら、俺はそう言った。

 俺の言葉を受けて、アイリスの頬に明らかな赤みが差していく。

 まあ、面と向かってお礼を言われると恥ずかしい気持ちはとても分かる。

 目の前の少女を困らせるのは本意ではないため、ぱっと握っていた手を解放した。


「あ…………」


 手を離した瞬間、彼女が一瞬残念そうな顔をしたような気がした。

 だが次の瞬間にはニヤリと得意げな笑みを浮かべて――


「その武器を使って、街の警備頑張ってね」


 ――と言ってきたので、恐らく俺の気のせいだろう。


いつも読んでいただいてありがとうございます。

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