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71.鍛冶場

 サラとの模擬戦後、修練場を去った俺はアイリスがいる鍛冶場まで来ていた。

 まだ警備まで時間があるため、一目彼女の姿を見ておきたかったのだ。

 また、つい先日に俺は父さんの剣の残骸を彼女に預けていた。


『この剣、大切なモノなんだよね。それは分かってるけど、だからこそ、それを私に直させて欲しい』


 いつになく真剣な瞳でそう言ってきた彼女に、俺は1秒と考えずに頷いていた。短い間ではあるが彼女の人となりは理解できていたし、もし直せるのならこんなに嬉しいことはないからだ。

 鍛冶場では多くのドワーフ達が精霊達と対話しながら武具に命を吹き込んでいた。


「もっと温度高くできるか!?」

「焼き入れするから水の準備しといてくれ!」


 勿論精霊達に手伝ってもらっているというだけで、彼ら自身も忙しなく動いていた。バリスさんも鍛冶場の中心で小槌を赤く熱された鉄塊に叩きつけ、細かな火花が彼の周囲を舞っている。

 アイリスは何処だろうか?

 俺は彼女の姿を探して鍛冶場の中をじろじろと観察していく。……傍から見たら不審者そのものだな。

 あ、いた。

 彼女は鍛冶場の隅で、一心不乱に剣を研いでいた。

 俺は鍛冶場の職人たちの邪魔をしないように間をするりと抜けながら彼女の傍まで近づいていく。

 アイリスは長い髪が作業の邪魔にならないようにと、布で包んで一纏めにしていた。正直言って、女性らしくはないだろう。だけど俺は、彼女のその真摯に鍛冶に取り組む姿に、強く、強く見惚れていた。

 作業の邪魔をするつもりは無いので、近くに腰かけて一段落するまで待つことにしよう。

 彼女は俺が来たことに一切気付かず、己が研磨している剣に全意識を集中させていた。


「黒い……剣?」


 アイリスが研いでいるのは、刀身が黒く染め上げられた剣だった。どことなく、父さんの剣に似ているな。多分、父さんの剣の残骸は使っていないようだ。あの剣は残骸になった今でも周囲に威圧感とも呼べるほどの存在感を放っていた。この剣も通常の剣以上の存在感は持っているがアレほどではない。

 すーっ、と一滴の汗が彼女の頬を伝う。

 当然、彼女の手がそんなことで止まるわけもない。彼女はただひたすらに、剣に命を吹き込む行為に邁進していた。

 それはまるで、己の生命を吹き込んでいるようにも見える。

 彼女の長いまつ毛に、汗が滴り雫を形成していた。

 こんなにも誰かの横顔をまじまじと眺めたことがあっただろうか。多分、無いと思う。ただ、そうしてしまう程に、彼女の横顔は――


「綺麗だな…………」


 ――魅力的だった。

 やがて研磨する作業が一段落したのか、彼女はその手を止めた。


「ふう~~。水でも飲もうっと。…………って、ん?」


 彼女は大きく息を吐き、隣に座っていた俺の存在に気が付いたようだ。深紅の瞳をこれでもかというぐらいに大きく開き、パチクリと瞬きをしていた。

 数秒間、そのまま固まった後に彼女の顔は徐々に赤みを増していく。


「き、君!? 何してんのさ!?」


「え? 普通に見学だけど?」


 そう言うと、彼女はその場でうずくまり、自身の顔を両手で覆って隠した。


「やだぁ~~、もう、何で来るのさぁ~~」


「え!? ええ!?」


 確かに今まではあまり鍛冶場で彼女の仕事をまじまじと見ていなかったが、そんな反応をされるとは思っておらず狼狽えてしまった。


「ご、ごめん! 君がそこまで嫌がるとは思ってなくて」


 曲がりなりにも彼女と一月同棲していたため、彼女の人となりはそれなりに理解したつもりだった。

 俺個人の意見で言えば、彼女は竹を割ったような性格をしているため、俺が見学に来ようが大して気にしないと思い込んでいたのだ。

 親しき中にも礼儀ありというくらいだし、謝らなくてはならないだろう。


「突然来て、本当に申し訳ない」


 そう言って、深く深くお辞儀した。

 彼女は俺の言葉を受けて、顔を伏せたまま尋ねてくる。


「私が何で怒ってるか分かる?」


「え!? 突然来て、迷惑だったから……?」


 そう言うと、彼女は伏せていた顔をばっと上げて胸ぐらを掴んできた。


「恥ずかしいからでしょ! 君にこんな汗まみれの姿見せたくなかったのに!」


「ええ? バリスさん達には毎日見られてるじゃないか?」


 そう言うと、彼女は頬をぷーっと膨らませた。


「師匠たちは別に良いの! セカイだけには見られたくなかったって言ってるでしょ!」


「どうして俺だけなんだ?」


 この一月で少しは仲良くなれたと思っていたのだが、気のせいだったのだろうか。

 俺は少し心に傷を負ったがそう尋ねた。


「どうしてって、そりゃあ……、ん? どうしてだろう?」


 彼女は心底不思議そうな顔をして、指を頬に当てながら首を傾げた。


「いや、俺には分からないよ……」


「……ん~~、それもそうだね。えへへ……」


 お互いに苦笑していると、バリスさんが近くまで来て声をかけてきた。


「痴話喧嘩なら外でやっといてくれ。仕事の邪魔だ」


 痴話喧嘩じゃないです、と言いたかったが、バリスさんの目を見た感じ、割と本気で怒っているみたいだったので、彼女と二人ですごすごと鍛冶場を後にすることにした。


「それで? どうして鍛冶場になんて来たの?」


 じろりと俺のことを睨みつけながら木の水筒に入った水を口に含む彼女。どうやらまだご立腹らしい。

 鍛冶場から少し離れた広場の椅子に二人並んで腰かける。

 彼女は先程まで頭に巻いていた布を取り、収められていた長い髪がばさりと外気に晒された。


「あっつ」


 彼女は火照った頬を冷やすように、手でうちわを作ってパタパタと扇いでいたが、突如、俺達の顔を撫でるような風が拭いた。

 彼女特有の甘い香りが鼻腔を刺激する。


「あ、ありがと~」


 彼女がお礼を言ったということは、風の精霊が彼女の意図を汲んで風を起こしたのだろう。

 少し涼んだ彼女は、再び俺の方へと視線を飛ばして質問の回答を促してきた。


「特に理由は無いんだけど……。強いていうなら、アイリスの顔を見たくなって、じゃ駄目かな」


 改めて言うと何だか恥ずかしいな。

 ポリポリと頬を掻きながら言うと、彼女は顔を俯かせてプルプルと震え始めた。


「ア、アイリス……?」


 また怒らせてしまっただろうか?

 彼女の表情はここからではうかがえないが、耳の先まで真っ赤になっていた。

 改めて謝罪しようと口を開いた瞬間――


「ぐっ!」


 彼女は顔を伏せたまま、バシン、バシンと俺の背中を叩いてきた。


「え? ちょ? どういうこと?」


 困惑の声を上げるが、彼女はただ一言――


「許してあげる」


 ――とだけ言って、俺の膝に頭をぽすん、と乗せてきた。

 その顔には先程までと打って変わって笑みが浮かんでいた。

 理由は全く分からないが、機嫌が直ったようでなによりだ。


いつも読んでいただいてありがとうございます

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