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69.歓声

「ふぅ……」


 軽く息を吐き、剣を握った右腕をブンと振るって付着した血液を弾き飛ばした。

 ひとまず侵入したワイバーンは倒すことができたが、外壁の外にも魔物はまだ残っているはずだ。

 俺は外壁で闘っている警備兵たちの元へと向かおうと、足にぐっと力を入れた。

 だがそんな俺の行動を止めたのは、透き通るような凛とした声だった。


「セカイ様」


 振り返るとそこには、シルヴィアさんと避難したであろう多くの住民達がいた。

 ワイバーンを追いかけるうちに、世界樹のすぐ傍まで来てしまっていたのだ。

 あの程度の敵にここまで追い詰められるとは、まだまだ修行が足りない証拠だ。反省しなくては……。


「様付けは止めてくださいよ、シルヴィアさん」


「ですが――」


 それに続く彼女の言葉は俺の耳には届かなかった。

 代わりに俺の耳へと届いたのは、地面を轟かせるような住民たちの歓声だった。


「すげーな兄ちゃん! 精霊に手伝ってもらわずにあそこまで強いなんて!」

「ありがとうな闘ってくれて! おかげで命拾いしたぜ!」

「前にセイのことも助けてくれたそうだよ! 人間にも良い人がいるんだねえ!」


 その全てがはっきり聞こえたわけではなかったが、住民たちの誰もが感謝を口にしていたのは確かだと思う。

 俺はあまり他人に褒められ慣れていないため、かあ、と頬が熱を持ってしまった。

 そんな様子が面白かったのか、住民たちはさらに盛り上がってしまった。


「ワハハハ! 顔が真っ赤だぞ兄ちゃん!」

「可愛い~!」

「さっきまであんなに颯爽と闘ってたのに、不思議な人だなアンタは!」


 俺はワタワタと両手を前に出して取り乱してしまった。


「や、や、止めてください! 私は別に大したことはしていないので! それよりもまだ闘いは――」


「――終わったよ?」


「ぅえ?」


 突如上空から降ってきた声に、間抜けな声が口から洩れてしまった。

 地面の草を巻き上げるような風を纏って降りてきたのは、先程まで俺と一緒にいた少女、アイリスであった。

 鮮やかな赤色の髪が風に纏って一際綺麗に見えた。


「戦闘が……………終わった?」


 俺はにわかには信じられず、探知魔術を行使して外壁の外まで魔力を飛ばすと、確かに魔物の反応は無くなっていた。

 俺が想像していたよりもずっと、警備兵の人達は優秀なのだろう。あれだけの数の魔物をもう倒してしまうとは……。俺なんて、たった二匹倒すだけで精一杯だったというのに……。


「そうか……終わったのか……、良かった……。本当に、良かった……」


 探知魔術では、一つとして人の死体は見つけられなかった。誰一人、犠牲になることは無かったのだろう。

 俺はほっと息を吐いて胸を撫でおろした。

 そんな俺の様子が可笑しかったのか、アイリスは闘いに赴く前と同じようにクスクスと笑っていた。

 俺はムッとして彼女につっかかった。


「俺はお人好しじゃない……」


「まだ何も言ってないでしょ」


「顔にそう書いてあるんだよ!」


「別に、お人好しなのが悪いなんて言ってないでしょ。ただ君のそれは、少々行き過ぎだけどね」


 そんなことはないはずだが、彼女の反応を見ていると、何だか自信が無くなってきてしまう。


「そんな事よりもさ、ほら、見なよ。私が言った通り、皆分かってくれたでしょ? 君が良い人だってことをさ」


 彼女はそう言って世界樹の方へと顔を向けた。俺もそれにつられて再び世界樹の方を向く。

 街の人達は尚も感謝の言葉を掛けながら、俺のことを見ていた。少なくとも俺が見えている範囲では、俺に対して敵対心を抱いている感じは無かった。


「それは、その、なんだ……、嬉しいよ……。素直に、そう思う」


「なになに? 照れてるの? 可愛いとこあるじゃん!」


 うりうり、と言いながら肘をグリグリと押し付けてくる彼女を、鬱陶し気に振り払う。


「うっさいわ!」


 乱暴な言葉とは裏腹に、俺は自分の顔に笑顔が張り付いてるのを自覚していた。

 胸から、暖かな気持ちが、どうしようもないくらいに優しい気持ちが、とめどなく溢れてきていた。

 他の人に自身の存在を肯定してもらえるということがどれだけ嬉しいか。この気持ちは、分からない人には一生分からないだろう。

 俺はこの日の出来事を境に、この街の一員になれた気がした。


いつも読んでいただきありがとうございます


プロットの消化速度が遅くて戦々恐々としています。2章が終わるまで、あと何万文字かかるのだろうか……。

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