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68.概念を宿す

 アイリスと共に風魔術で飛んでいた俺は、戦闘が行われている外壁の外に辿り着いていた。

 

「それじゃ、降りるよ」


 彼女の言葉通り、地面へと降り立つ俺達。

 樹木の外壁は高くそびえ立っており、ここから外の様子は見えなかった。

 だが外でこの街の住民と魔物が戦闘を繰り広げているのは間違いない。

 探知魔術で魔物と警備兵の動きが探知できるのもあるが、なにより戦闘の騒音が壁を伝ってここまで轟いているのだ。


「この壁は、どうやったら開くんだ?」


 空を飛んでいる最中に街全域を探知し尽くしたが、外壁に門と言う門は無かったようだった。

 であれば、何かしらの仕掛けが外壁に施されているのではないだろうか?

 俺はそう考え、アイリスに尋ねた。


「この外壁は世界樹の分身そのものだからね。原理は単純で、世界樹の精霊と意思疎通出来れば何の問題も無く開けられるよ。任せて」


 彼女はそう言って外壁に手を触れた。

 その瞬間――


「アイリス!」


 ――敵から高密度の魔力が放たれる気配を探知した。

 俺は咄嗟に彼女の体を抱き寄せて後ろへ下がった。


「え? わぁっ!」


 彼女は大きな瞳を更に見開き、驚きの声を上げていた。


 後ろに下がると同時に、高密度の魔力が樹木の外壁を破壊してこちらへ向かってきた。


 三ノ型――


「――│万華ばんか!」


 俺達の間に次元の違う壁を挟み込み、その攻撃を防ぐ。

 攻撃を凌いだ瞬間、破壊された外壁の穴から新たな情報が視界に入り込んできた。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!!!」


 空気を震撼させるようなけたたましい雄叫びを上げて、黒いサイクロプスがサラと獣人の男性を叩き潰そうとその手を振りかぶっていた。

 サラは意識を失った男のことをかばっているようだ。きっと両手が塞がっている瞬間を狙われてしまったのだろう。


「ちっ!」


 俺は軽く舌打ちしながら、己の肉体に魔力を流し込み強化した。

 大地を全力で踏み込んで加速し、道中、誰の物とも知れない剣を拾い装備する。

 剣の限界ぎりぎりまで魔力を込めると、紅い光が剣から放たれた。

 限界まで強化された肉体が生み出す速度は尋常ではない。俺はサイクロプスの拳がサラに当たる少し前に、彼女とサイクロプスの間に割り込むことに成功する。

 

 魔力によって強化されているのは勿論肉体だけではない。己の視力もまた強化されており、眼前の敵の行動、その力の流れが手に取るように分かった。

 だからこそ、ハッキリと言える。


「お粗末だな……」


 目の前にいる黒いサイクロプスの攻撃には、技も、駆け引きも存在していなかった。ただひたすらに己の力を敵に叩きつけるだけの稚拙な行動。

 魔力の扱いも雑極まりない。

 俺は迫りくる敵の拳を、冷ややかな目で捉え続けた。

 そして――


「疾ッ」

 

 ――小さな吐息と共に、敵の拳を左手で受け流し、己の肉体を通り道にして敵の力の全てを右手に流し込んだ。

 そして右脚を踏み込み、右手の剣を縦に振り下ろした。

 俺が小さい頃から、父さんに剣を教わり始めた頃から振るっている基本に忠実な技を、技を待たぬ獣に対して放つ。

 ドウッ! 

 と鈍い音を周囲に響かせたその一撃は黒いサイクロプスの体を一刀両断し、地面を大きく抉った。


「大丈夫ですか?」


 俺は眼前の敵を見据えながら、後ろにいるサラに声を掛けた。


「さ、サイクロプスは……?」


 彼女の顔が見えないためハッキリとは分からないが、何やら動揺しているような声音だった。

 きっと、一瞬の隙を付かれて気が動転しているのだろう。

 俺はもう安全だということを伝えるために、


「もう死んでますよ、ほら」


 と言って、目の前の真っ二つにされた肉塊を一息に切り刻んで完全な肉片にした。


「……あ、ありえない」


「……?」


 彼女が何故そんな発言をしたのか俺には良く分からないが、今はそんなことを気にしている場合ではないだろう。


「セカイ! ワイバーンが穴を通って世界樹の方に行ったよ!」


 アイリスが焦りながら叫んできた。


「ああ! 分かってる!」


 俺が通った穴は、きっとそのワイバーンが開けたものだったのだろう。

 サイクロプスの相手をしている隙に、ワイバーンは穴を通って街中に侵入したようだ。


「れ、セカイ様……」


 先程会った時に、様付けは止めてくれって言ったのにな……。

 まあ、訂正するのは後にしよう。

 俺は苦笑しながら彼女に言う。


「まだ動けますか?」


「そ、それは勿論! ですがワイバーンが街中に……」


 まだ魔物は多く残っているので、彼女達警備兵にはそちらの相手をしてもらおう。


「そちらは俺が何とかします。 周囲からくる魔物は貴方達にお願いしてもよろしいですか?」


 街中に侵入したのはたった一匹だ。たかが一匹に戦力を割くのは得策ではないだろう。


「で、ですが! あのワイバーンは普通とは――っ! ……いえ、ですが貴方様なら、もしかしたら――」


 彼女は何やらぶつぶつと言っていたが、やがて意を決したように


「セカイ様、ワイバーンを……お願いできますか?」


「当然です!」


 俺は合意が得られた瞬間、地面を蹴って穴に飛び込み、再び街中に入った。

 探知魔術を使用しているため、ワイバーンが街中のどこにいるかは常に把握できている。

 敵が世界樹に到達するまで、まだ時間的猶予が数十秒あるはずだ。


「アイリス!」


「了解!」


 彼女は俺の意図を汲み取り、風魔術で俺の体を空高く打ち上げた。

 ワイバーンは空中を飛行している事もあり、容易にその姿を視認する事ができた。



「アイツよりも速く頼む!」


「精霊使いが荒いなぁもう!」



 風の精霊魔術が俺の背を勢いよく押し、飛翔しているワイバーンへとぐんぐん近付いていく。

 あと少しで追いつくというその瞬間、突如ワイバーンは後ろを振り返った。

 そのまま巨大な口を開け、ブレスを横なぎに放った。


「フッ!」


 慌てずに、万華を展開して防ぐ。

 目の前に展開した次元の壁に高密度のブレスが衝突し視界が塞がれる。

 そうしてできた死角を縫い、ワイバーンは俺へと肉薄してきていた。

 だが探知魔術を行使している俺にとって眼球からの情報はそれ程多いものではない。


「ニノ型ーー」


 俺の視界外を滑空するワイバーンは背後から接近し、翼に付いた鋭利な爪を振るってきた。


「ーー│散華さんか!」


 前方からのブレスを防ぎつつ、散華で背後に斬撃を生み出し敵の爪を迎撃した。

 ギィン! と甲高い音を響かせ、敵は弾かれた。

 俺はついでとばかりに散華で数十の斬撃をワイバーンに浴びせるが、黒い鈍色の鱗に包まれた敵の体には大した損傷を与えることも叶わなかった。けたたましい金属音が鳴り響いただけだ。


「コイツも、アイツと同じぐらい硬いのか……っ!」


 俺は先日相手にした黒いリザードマンを思い出す。アイツも、黒い鱗を魔力強化し、尋常ではない硬度を誇っていた。

 父さんの剣でようやく斬れるような敵だ。このナマクラでは苦戦は必至だろう。

 外壁の外にもこんな魔物がウロウロしているのか? だとしたら、マズイな……。


「、っと」


 相手のブレスを受け止めたせいで風魔術による推進力が失われてしまった俺は、その場でフワフワと浮遊するしかなかった。

 俺がその場から動けないことを察したワイバーンは再び世界樹へと方向を変えた。

 既にアイリスとの距離が離れてしまっているため、援護は期待できそうにない。

 ならばーー、


「スゥゥ……、フゥゥゥ……ッ」


 深く、深く、深呼吸し、己の意識を書き換えていく。俺に不可能なことは無いと、そう、心の底から信じる。

 この惑星ではそれが力になる事を俺は知っている。現状を打破するために、力の使い方を変えろ。


「万華」


 己の足元に次元の壁による足場を生み出す。


「行くぞ」


 宣言と共に、空中を疾駆する。

 その速度は先程の比ではない。瞬く間にワイバーンに迫った俺は、通り過ぎる瞬間に、ヤツの首筋に攻撃を叩き込んだ。

 ガァン! と鈍い金属音が轟く。


「ッ!?」


 認識外からの攻撃に奴は困惑したような反応を見せるが、やはりこの武器ではマトモに傷を付けることは叶わなかった。

 だが、敵の意識を逸らすことはできた。

 衝撃によって高度を落とした奴はすぐに体勢を立て直し、俺の姿を視認すると数十本に枝分かれするブレスを放つ。

 その全てが時間差で俺へと殺到するような軌道を描いていた。


「フゥゥゥ……」


 息を吐き、万華で作った壁の上でどっしりと重心を落とす。

 俺の腰に鞘はないが、剣を本来鞘があるであろう左腰まで持ってくる。 

 そうして、眼前の敵を見据えながら己の意識の書き換えを行っていく。 

 あの硬い外皮を切り裂くには武器の性能だけでは足りないことは明白。 

 であれば、『絶対に斬る』という概念を乗せるしかない。今まで行ってきた書き換えよりも、遥かに深い集中が必要だ。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!」


 殺到する数十のブレスが一箇所に殺到し、眼前に展開した万華に損傷が走る。

 その損傷を敵は見逃さなかった。

 損傷が生じた箇所に寸分違わず己の爪を突き刺した。

 偶然か必然か、俺が黒いリザードマンに対して行使した戦法と同じであった。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!」


 万華を破壊した奴は俺の首を噛み切ろうと肉薄する。

 奴がその大きな口を開いた瞬間、認識の書き換えが完了した。

 一ノ型ーー


「ーー斬華!」


 気合と共に、剣を横に一閃する。

 『切断』の概念を内包した居合いはワイバーンの体をアッサリと切り裂き一刀両断した。

 勢い良く飛んでいた奴の体は水平に分かたれ、地面に墜落していった。

 だが、それだけでは安心するのはまだ早い。

 俺は墜落していく敵の背に剣を突き刺し、地面に縫い付けた。


「ふっ!」


 そして、破壊の魔力を流し込み粉微塵に粉砕した。

 黒いリザードマンの例があるので、油断するわけにはいかない。



いつも読んでいただきありがとうございます

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