65.笑顔
「ここって、孤児院だったよな?」
確かセイ君が牢の上は孤児院だと言っていたはずだ。
実際に子ども達が何人か俺の様子を見に来ていたからな。
「およ? 良く知ってるね?」
「牢に閉じ込められてた時にセイ君が教えてくれたんだよ」
「ああ……。私達からいくつか質問した後、何か慌ててたと思ったらセカイのところに行ってたんだね」
そう言って彼女は苦笑していたが、それは呆れというよりは誇らしさのような物が滲み出ていた。
「それじゃ、行こうか」
彼女はそう言って扉に対して魔力を流し込む。扉に術式が浮かび上がり、鍵が解除された。
扉をガチャリと開けると、以前俺が幽閉されていた牢屋へと続く扉が右側に、巨木の螺旋階段へと続く扉がその向かい側にあった。
ステンドグラスから入る光が広い廊下を煌々と照らしていた。
以前は特に気にしていなかったが、廊下の奥には何やら男性と女性の像が置いてあった。二人ともその背に翼を生やしており、互いに抱き合うような形をしていた。
と言うか女性の像の見た目に何だか見覚えがあるな。
「あれって……」
「ああ、あの像の事? 一人はシルヴィアさんで、もう一人は夫のルドルフさんって人だね」
俺は彼女のどこか他人行儀な言い回しに違和感を覚えた。
「シルヴィアさんは母親みたいなものなんだよな? ルドルフさんは父親みたいなものじゃないのか?」
彼女は俺の疑問を受け、やや気まずそうにポリポリと頬を掻いた。
「その……、ルドルフさんとは会ったことがないんだ。私がここに来るよりずっと前、人間と戦争をしていた頃に戦死したらしいよ」
「……っ。すまない」
己の思慮の浅さにほとほと嫌気がさしてきた。
人間と戦争をしていたということは、戦死した人数も相当なモノだろう。戦争が長く続けば続くほどその恨みは蓄積し、そして凝り固まっていくことは想像に難くない。
この街の住民が、人間に対して敵愾心を持つことは当然の帰結と言える。
うかつにシルヴィアさんの前でその話題を出さないように気を付けなければ。
俺は心に固く誓い、アイリスの後ろを付いて行く。
彼女は像の後ろにある扉をガチャリと開けた。
彼女が入ると同時に、室内にいた子どもたちが一斉にこちらを振り向いた。
各々遊んでいたようだが、アイリスの顔を見た瞬間に遊んでいた遊具を放り投げこちらへ殺到してくる。
以前ここの子どもたちを見た時にも思ったが、本当に個性豊かな見た目をしている子たちだ。鳥の翼であったり、鱗が皮膚に張り付いていたり、獣の特徴が随所に表れていたりと、同じ種族の子どもを見つけるのが困難なぐらいだ。
「アイリス姉ちゃんだ!」
「おかえり!」
「仕事は? お休み?」
「一緒に遊ぼ! お姉ちゃん!」
子どもたちはあっという間にアイリスの周りを囲み、スカートの裾をぐいぐいと引っ張って彼女の取り合いを始めた。
「ただいま。皆良い子にしてた?」
彼女は優しく微笑み、彼ら、彼女らの頭を優しく撫でていく。
一切の遠慮を感じさせない、純粋な信頼関係が気付かれている様をまざまざと見せつけられて、俺は胸が暖かく弾んでいくのを感じた。
何物にも代えがたいこの光景を目に焼き付けたいと、そう思った。
「どうしたのセカイ?」
彼女がキョトンとした顔で問いかけてきた。
「いや、別に何も」
そんなことを言葉にするのが気恥ずかしくて咄嗟に誤魔化した。
彼女が俺に話しかけたことで子どもたちはようやく俺のことを認識したらしい。
示し合わせたかのようなタイミングで同時に俺から距離を取り、アイリスを盾にしてこちらの様子を窺ってる。
「大丈夫。このお兄ちゃんは良い人だよ? 私が保障してあげる」
アイリスが優しく子どもたちに語り掛けると、緊張の糸が弛緩したようだ。先程までの警戒心が少しは緩くなったような気がする。
だがそれでも、初対面の相手に対してどう接して良いのか、彼らは分からないのだろう。
互いに微妙な距離感に気まずくなっていると――
「お兄ちゃん!」
――聞き覚えのある声と共に、俺の腹へと金髪の少年が飛び込んできた。
俺は反射的に彼の脇を抱え、持ち上げた。
「セイ君!」
「良かった! 無事だったんだ!」
「ちゃんと話したら、シルヴィアさんも分かってくれたんだ」
我が事の様に俺の無事を喜んでくれた彼を見て、俺は心の底から彼を助けて良かったと思った。
「あ! 皆! この兄ちゃんは人間だけど良い人だぞ!」
普段一緒に暮らしている家族からのお墨付きを貰い、他の子どもたちも完全に警戒を解いてくれたようだった。
明らかに一番最初の時のような刺々しい雰囲気は感じられない。
警戒心を解いた子どもというのは凄いもので、彼らは俺とアイリスを遊びに誘った。
今通ってきた廊下とは反対側の扉に案内され、扉を開けた先には中庭のような場所が広がっていた。
木で作られたような様々な遊具が置いてあり、俺とアイリス、そして子ども達は一緒になって遊んだ。
「セカイのそんな笑顔、初めて見たよ」
「え?」
遊んでいる最中、アイリスはふんわりと微笑みながらそんな事を言ってきた。此方を覗き込むような姿勢だったので、赤いポニーテールがサラリと揺れた。
俺は反射的に自分の顔をペタペタと触り、ようやく自身が笑みを浮かべていた事に気が付いた。
「そうか……。俺は……、笑ってたんだな」
村を出てからずっと、ずっと、孤独だった。いつ死ぬかも分からない状況下に置かれた俺は、ピンと張り詰めた糸のような意識で動いていた。
たった一週間程度の期間ではあったが、限界状態の孤独は俺の心を静かに、だが確実に蝕んていたのだろう。
それこそ、今の今まで自然な笑顔を忘れるくらいには。
俺の反応が可笑しかったのか、アイリスは鈴を転がしたかのようにクスクスと笑った。
「何それ? 自分で気が付いてなかったの? 変なの。……でも、私は笑ってる君の顔、好きだな」
「…………。…………っ!? はぁ!?」
驚きのあまり一拍置いてから大きな声が口をついて出た。しかし彼女は先程の自分の発言など一切気にしていないようで、再び子どもたちの元へと走って行った。
きっと、彼女は別に恋愛感情的な意味で好きだと言ったわけではないだろう。
俺と彼女は出会ったばかりで、まだお互いの事を何も知らないのだから、好きになる理由がない。
だがそれでもーー
「勘違いするから、止めてくれよ……」
ーー女性と親密な関係になった事が無い男には少々刺激が強すぎた。
心臓がバクバクと脈打ち、頬へと次から次に熱を送り込んでいく。
木陰で涼みながら俺は、勘違いするなと自身に何度も何度も言い聞かせていた。
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