64.街の案内
「それじゃ、君も目が覚めただろうし、まずは朝ごはんにしようか」
彼女はそう言って、エプロンをぎゅっと着けて台所へ向かった。
「あ、師匠も食べてく?」
「いや、儂はいらん。仕事の前に坊主の様子を見に来ただけじゃからな」
「あ、そう」
彼はそう言うと、ガチャリと扉を開けて外に出て行った。
「それじゃ、机に座って待っててね」
「いや、食事まで作ってもらうのは流石に申し訳ないから、作らなくても――」
俺は遠慮しようとしたが、唇に彼女の人差し指が当てられ、強制的に口をつぐまされた。
「――君はお客様なんだから、遠慮しないの」
アイリスはそう言うと得意げに笑みを浮かべる。
俺は彼女の紅い瞳に見つめられ、何だか頬が熱くなるのを感じた。
「わ、分かったよ……」
俺は何だか気恥ずかしくなってしまい、顔を隠すように腕で覆ってそっぽを向く。
「それじゃちょっと待っててね」
アイリスは包丁を手に取り、鼻歌を歌いながら料理をし始めた。その後ろ姿に、何故か母さんが料理する姿が重なった。
俺は食材をトントンと小気味よく切る音に耳を傾けながら、郷愁にかられていた。
ちなみに、ただ待つのもあれなので食材を切るのを手伝うと言ったのだが、包丁の持ち方も切り方もなってないと叱られ、速攻で戦力外通告を受けた。
◇◇◇◇
食事を摂って一息ついていると、アイリスが話しかけていた。
「さてさて、お腹も満たされたことだし、君に対するお詫びを考えなきゃね」
「お詫びならもう貰ったけど」
俺は先程貰った空間魔術の込められた袋を持ち上げた。
「いやいや、それだけじゃ駄目だよ。あくまでもそれは私が君にプレゼントしただけだからね。君は私達に何かして欲しいこととかないの?」
今の俺に一番必要なのは何だろうか?
「あ~~、そうだな……。取り敢えず、しばらくこの街に滞在させてもらう事ってできるのかな?」
正直、今すぐにこの街を出なければならないという理由はない。可能であるならば、もう少しこの街のことを知りたいという好奇心もあった。
もっとも、この街では人間が嫌われていることは理解しているので難しいかもしれないが。
俺のその問いに対して彼女は少し悩まし気に眉を歪めた。
「う~~ん。どうだろう。多分私がシルヴィアさんに頼み込めば大丈夫だとは思う。それに、君がセイを護ったことは街の皆も知ってるしね」
「助かるよ」
「それじゃあ、早速シルヴィアさんの所に行こうか! ついでに街の中も案内しちゃうね。少しだけ待ってて」
彼女はそう言って、使った食器をまとめてから持ち上げた。
そうしてシンクに食器を置き、水の魔晶石が込められた蛇口から水を出して洗い始めた。
彼女が食器を洗い終わった後、俺は彼女と一緒に外へと出た。
建物の外に出ると、足元は巨大な木の枝を踏みしめた。
周囲には、同じように樹木をくり抜いた家屋が数えきれないほどに存在していた。
視界一面が緑に染まっていると言っても過言ではないだろう。
遥か下に見える地面は柔らかな草や苔に覆われており、背丈の数十倍から百倍はありそうな巨大な樹木が街の外周を覆う壁となっている。
これでは日の光など殆ど届かないのではないかと訝しんだが、何やら数百もの光の球体が宙髙く浮かんでおり、集落を暖かな光で包み込んでいた。
外周を覆う巨木により、この集落は外の世界から守られているのだろうか。
この街の広さは俺が住んでいた村の十数倍はあるだろう。
また集落の中央には外周のそれに負けないぐらいの巨大な樹木がそびえ立っていた。その葉は不思議な光を纏っており、薄っすらと金色に輝いていた。
「凄いな……」
何とも飾り気のない、純粋な称賛が口から漏れ出た。
圧巻の光景につい呆けてしまった俺に対して、彼女は微笑みかけてきた。
「凄いでしょ? それじゃ、行こ!」
アイリスはツタで作られた梯子を使ってするすると降りていく。
彼女の真似をして俺もツタで降りていく。高さは15メートル程だと思われるので、正直飛び降りても良かったのだが、初めて来たばかりの土地であまり無作法なことはするべきではないだろうと判断し飛び降りるのは控えることにした。
樹木の下には煉瓦で作られた鍛冶場があった。
鍛冶場ではバリスさんと似た姿の男性たちが、赤い鉄塊に向かって槌を振るっていた。
「アイリスも普段はここで仕事しているのか?」
「うん! 普段は私もここで鍛冶をしているけど、今日はセカイに街を紹介しなきゃならないからね」
「手間をかけて悪いな」
「気にしないで! それよりもどんどん行くよ!」
彼女に手を引かれ、街の紹介を受ける。
美味しい食堂や薬師の家、警備兵の修練場など、目まぐるしく説明されていく。
警備兵の修練場では、以前俺を捕縛したサラ達が模擬戦を繰り広げていた。
俺とアイリスが修練場に近づいていくと、それに気づいたサラが模擬戦を中断させてこちらを向いた。
そして俺達が彼女たちの目の前に来た瞬間ーー
「「その節は大変申し訳ありませんでした!」」
ーー深々とその頭を下げた。
俺は唐突に頭を下げた彼らの行動に面食らってしまった。
「や、やめてください本当に! この通り傷も癒えましたし、私自身も気にしていませんから」
ここで彼らに頭を下げさせている場面などを他の住民に見られてしまえば、ただでさえ人間は良くない印象を持たれているというのに、余計に悪化してしまいかねない。しばらくはこの街に滞在したいと考えているため、それだけは避けねばならない。
サラさんが申し訳なさそうな顔をしながら顔を上げた。
「しかし、私の早合点によりセカイ様を傷つけてしまったことは事実です」
「そのセカイ様ってのもやめてください」
こそばゆい感じがする。
「それに、私の独断により貴方を牢に――」
「――はいそれまで! それじゃあサラ、私達は急いでるからまたね!」
アイリスはサラの言葉を途中で遮り、俺の背中をぐいぐいと押して修練場から離れて行こうとする。
多分、彼女なりにサラをかばっているのだろう。
俺は彼女の不器用な優しさを感じて、少し胸が暖かくなった。
そうして修練場を後にした俺達は、俺が一番初めに尋問を受けた場所の地上にある建物の扉の前まで来ていた。
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