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63.お詫びの品


 彼女と会話を続けていると、突然石の臼の炎が白く燃え上がった。

 俺とアイリスはその炎の激しさに反射的に口をつぐんだ。

 やがてその炎が小さくなっていき、臼の中の炎は跡形もなくなくなった。

 そして彼は臼の中の黒い欠片に対して腰にぶら下げていた金槌を振り下ろした。

 しかし――


「これは儂には無理じゃな。そもそも、どうやって作ったのかすら見当もつかんな」


 ――臼の中には先程と一切形が変わってない剣の欠片がキラリと光りを反射していた。


「師匠の精霊魔術の熱量でも足りないんだね。その剣を直したいならもっと高位の炎精霊に手伝ってもらわないと無理なんじゃない?」


「それができれば苦労しないわい……。むしろ、これに関しては儂よりもお主の方が適性があるじゃろう」


 そこまで言うと、彼はこちらへ向いて申し訳なさそうに頭を掻いた。


「すまんな坊主。儂にはこの剣を直すことは出来なさそうじゃ。そもそも、こんな剣を一体どこで手に入れたんじゃ? とても現代の鍛冶師が作ったものとは思えない代物じゃが」


「その剣は父さんが使っていたものを譲り受けただけなので、誰が作ったかは分からないですね」


 俺がそう言うと、アイリスとバリスはがくりと肩を落とした。


「そうか……。それなら仕方ないか。出来る事なら教えを乞いたかったのう……」


「本当にね」


「何も知らなくて、申し訳ありません……」


 俺は申し訳なくなり謝罪する。


「良いの良いの! そもそも理解できないってことは未熟ってことだからね! 自分の伸びしろを感じられてむしろ良かったよ!」


 彼女はそう言って二パリと笑った。

 少し変わってるけど、裏表のないとても明るい娘だな……。


「ま、そうじゃな。良いものを見せてもらった。ありがとう」


 彼もそう言って、先程まで使っていた欠片を残骸の山にそっと戻した。

 剣が直らないのは残念ではあるが、父さんの形見だからな。無くさないように肌身離さず持っていた方が良いだろう。


「何か麻袋のような物はありますか? この剣の柄と欠片が入るような」


 俺がそう言うと、アイリスは合点が言ったようにポンと手を叩いた。


「それなら良いものがあるよ! ちょっと待ってて! 私の部屋にあるから」


 アイリスは言いながら、俺の寝ていた部屋の隣のドアノブに手を掛けた。

 ん? 私の部屋?


「ってちょっと待ってくれ!」


 反射的に彼女の背に声をかけると、怪訝そうな表情を浮かべながら振り向いてきた。


「へ? 何? どうかした?」


「ここに住んでるのってもしかして……」


「? 私だよ?」


 彼女はそれがどうかしたのか? とでも言うように首を傾げていた。


「いやいやいや、見知らぬ男と一つ屋根の下は危ないだろう? もし何かあったらどうするんだ?」


「君は私に何かするつもりなの?」


 彼女は心底分からないと言いたげな表情をしながら質問してきた。


「いや、しないけど……」


「だよね! 君なら大丈夫だよきっと!」


 彼女はそう言うと、扉をガチャリと開けて中に入って行った。

 こう、常識的にというか、仮に俺にその気が無くてももしもの時を考えて欲しいというか……。

 何か、こう、もやもやするなあ。

 行き場の無いもどかしさを感じながら、ガシガシと頭を掻いていると、バリスさんが申し訳なさそうに話しかけてきた。


「すまんな坊主。もう分かってるとは思うが、この街では人間があまりよく思われていない。だから寝泊まりする場所も自然と限られてしまうのが現状じゃ」


「ああ、いや、別に文句を言いたいわけではなくて、ただひたすらに申し訳ないんですよ。それに、バリスさんは心配じゃないんですか? 私が彼女の寝首を掻いてしまうかもしれませんよ?」


 そう言うと、彼は何故か苦笑した。


「もしお主がそんな人間なら、魔物に囲まれた時、セイを見捨てたじゃろうな。じゃがお主は自身が傷付くのを厭わずに護りぬいた。その事実は百の言葉よりも信用できる」


 彼の言葉を受けて、俺はフルフルと首を横に振るった。


「買いかぶりすぎです。セイ君が無事だったのはただの結果論に過ぎません」


 バリスさんは少し呆れたような視線を向けてくる。


「お主は、本当に人が出来ておるのじゃな……。良いように利用されぬよう、気を付けるのじゃぞ」


「そんな事は無いと思いますが……。でも、御忠告ありがとうございます。肝に命じておきます」


 俺がバリスさんと話していると、アイリスが再び扉をガチャリと開けて入ってきた。


「お待たせ! 見つけたよ! はいこれあげる!」


 彼女が差し出してきたのは、一見すると何の変哲もない麻袋だった。

 剣の残骸を全て入れるには少し小さいような気がする。


「ありがとう。でも少し小さいような……」


「大丈夫! 見た目は小さいけど、ほら!」


 アイリスは袋の口を開けて、剣の残骸をするすると入れ、程なくしてその全てが収納された。

 だが、袋の見た目は一切変化していない。見た目の容量通りであるのならば、剣の全てが入るようなことは無さそうだったのだが。


「えっと? どういう仕組み?」


「空間系の魔術が刻まれてるんだよ! まあ容量はそこまで大きくないけどね」


 そんなものがあるなんて知らなかったな。


「でもそれ貴重なんじゃないか?」

「貴重と言うか、これ一つしか私は見たことないけどね」


「いやいやいや! 流石にそんな貴重な物を貰えないわ!」


 そう言う俺に対して、彼女はまあまあと言いながらその貴重な袋を押し付けてきた。


「お詫びの一つだと思って受け取って? ね?」


「いや、お詫びが大きすぎやしないか……?」


 大したことをしてないのに、こんな貴重な物を受け取っても良いのだろうか?

 ただでさえ傷を治療してもらい、寝る場所まで提供していただいたというのに。

 困惑していると、


「お主は自己評価が低すぎるきらいがあるな……。まあ、お主はそれだけのことをしたんじゃから黙って受け取っておけばいいんじゃ」


 バリスさんは彼女の行動を後押しした。


「えっと……、それじゃあ、有難くいただくよ」


 俺はニコニコと笑う彼女から袋を受け取った。


「はい。いただかれました」


 袋の重さはそれほどでもない。と言うか、本来の剣の重さを一切感じられない。この袋は見た目以上の容量があるだけでなく、重さすらも感じさせないようになっているようだった。

 一体どのような魔術が込められているのだろうか?

 いつか、どこかで魔術の勉強をする機会があれば良いな。


貴重な時間を割いて読んでいただき、ありがとうございます

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