62.自己紹介②
「ん……?」
先日手を引かれたときは疲労のせいもあって気が付かなかったが、握手した瞬間、俺は彼女の手に違和感を覚えた。
想像していたよりも、彼女の手は硬くごつごつとしていた。
多分、掌に豆みたいなものが出来ているのかな?
「あ、ごめんね。女の子らしくなくて」
彼女は頬を赤く染めながら手を放した。
「いや、そんなことは無いと思うけど」
少し違和感があったぐらいで彼女の手は小さくて可愛らしいものだった。
「良いよお世辞は……。こんな鍛冶仕事をしている女の子に需要がないことくらい、私にだって分かるもん」
「鍛冶仕事をしているのか? ああ、それで俺の剣に興味津々だったのか」
父さんの剣は壊れてしまったとは言え、俺が今まで見てきたものの中で一番の業物だ。鍛冶を生業とするものならば興味を引かれてしかるべきなのかもしれない。
まあ彼女の場合は、興味どころか劣情すら抱いていたが。実は俺が知らないだけで鍛冶師は皆そうなのかもしれない。
「そうなんだよ! だから決して私が変なわけじゃない!」
「そ、そうか」
彼女の勢いに押されて俺は後ずさる。
「いや、お主は十分変じゃろ」
ガチャリと外に繋がっている扉を開けて入ってきたのは、一昨日の尋問の場にいたバリスと言う男だった。
改めて観察すると、やはり彼の背は非常に低い。セイ君と同じくらいしかないだろう。ただその筋骨隆々とした肉体、そして深く刻まれた皺を見ると決して彼と同い年などではないだろう。
「し、師匠!? 誤解を生むようなこと言わないでよ!」
「いや儂武器に性的興奮を覚えたりしないので……、本気で一緒にしないで欲しい」
「ひどい! っていうかどのあたりから話聞いてたの!? そもそも何しに来たのさ!」
「いや、坊主の様子を見に来たんじゃが、馬鹿弟子が奇行に走り始めたから部屋に入りにくくて……」
彼は気まずそうに目を逸らしながらそう言った。
恐らく割と最初から外で見ていたのだろうな。
彼の心中は察するに余りある。知り合いの性の現場になど遭遇したいものではないだろう。
「心中、お察し致します」
俺がバリスさんにそう言うと、
「分かってくれるか?」
と希望に満ちた目を向けられてしまったので、がっしりと彼の手を両手で握った。
「勿論です」
危うく被害に遭いかけたからな。
「何て失礼な男共だ!」
アイリスはプリプリと怒っていたが、どうか冷静に我が身を省みて欲しい。
「そう言えば、その武器返してもらっても良い?」
「それは勿論良いけど、壊れたままで良いの?」
「そりゃあ直せるに越したことはないけど、直せるの?」
「少なくとも私には無理。師匠は?」
「どれ見せてみろ」
バリスさんはそう言って、バラバラに砕け散った刃と楔石のはまった柄を実際に手に取って観察する。
「ちょっとこの欠片で少し試したい事があるんじゃが、良いか?」
「どうぞ」
彼は一欠片の破片を石の臼の上に置いた。
「ふん!」
彼の掛け声と同時に臼の中に炎が巻き上がった。
まただ。不思議でならないこの術式を介さない魔術。
俺が興味深げに彼の魔術行使を眺めてると、ススス、とアイリスが近付いてきた。
「この前、後で精霊魔術の事を教えるって言ったから今ここで教えようか?」
「ああ。迷惑じゃなければ頼む」
「別にそう難しい話じゃないんだけどね。精霊魔術っていうのは言葉の通り精霊を介した魔術だね。通常の魔術が術式を介して世界の理に干渉するのに対して、精霊魔術は精霊を介して世界の理に干渉する。ううん。もっと感覚的に言うなら、精霊っていう意思を持った理に魔力という対価を支払うことで思い描いた事象を起こしてもらうって感じかな?」
「その精霊って言うのがよく分からないんだよな。目には見えないのか?」
少なくとも俺は精霊というものを視認したことがない。
「う〜〜ん。精霊の大多数は人間には見えないけど、強大な力を持った精霊は実体を持ってるらしいね。精霊の王様とかは人型をしてるって話だけど見たことが無いから私は分からないな」
「人間にはってことは、人間以外なら視認できるってことか?」
「そうそう。程度の差はあるけど、人間以外の種族は大体見る事ができると思うよ。勿論私みたいに、人間でも精霊に好かれる人はいるけどね」
「ん? アイリスは人間なのか?」
つい先日手酷い目に合わされたこともあって、てっきりこの街の住民に人間はいないと思い込んでいた。
「うん、そうだよ〜」
彼女は呑気にそう答えた。
「あ~~、勘違いだったら悪いんだが、この街では人間て嫌われてるよな?」
俺のその問いに対して、彼女は事も無げに言う。
「詳しい話は私も知らないけど、昔人間の国と大きな戦争があったみたいだね。文字通り、血を血で洗うような戦争だったみたいだよ」
「人間との確執はそこから来ているのは分かったけど、君はどうやってこの街の住民に認められたんだ?」
それどころか、それなりに高い立場に彼女はいるのではないかと推測される。サラと呼ばれた少女の行動はアイリスに対してややへりくだったものだったように感じた。
「う~~ん。認められたというか、私、生まれも育ちもこの街なんだよね」
「それはどういう……?」
「話に聞いただけだから分からないんだけど、この街の外の森で捨てられてたらしいよ?」
「すまない……」
俺は軽率なことを聞いてしまったことを恥じた。
「良いの良いの! 私はこの街で皆の温もりに包まれて育ってきたから! それに、私にはシルヴィアさんっていうお母さんもいるしね!」
「シルヴィアさんってあの白い翼を持った女性だよな?」
「うんそうだよ! シルヴィアさんはこの街で唯一の天使族で、孤児院と世界樹の管理をしているんだよ」
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