59.尋問
「おいおい……。 今はそんなことをしとる場合じゃなかろう。そう思わんかワイス?」
呆けていた俺を現実に引き戻したのは、低い男性の声だった。
その風体は貫禄があり、体は丸太の様に太くがっしりとしていた。腕には無数の火傷跡が刻まれており、硬い硬質な髭がたっぷりと蓄えられていた。白髪を後ろに流しており、少し荒々しい雰囲気だ。身長は俺より大分低い気がする。セイ君よりも少し高い程度ではないだろうか?
ただその顔には(失礼かもしれないが)若さは感じられず、深い皺がありありと刻まれていた。
冷静さを取り戻した俺は改めて部屋の中をぐるりと見回した。
コの字の大きな机が中心に置かれ、その周囲に幾つかの椅子が配置されている。ぱっと見て空席が目立つぐらいには広い。
部屋の中には、シルヴィアさんとアイリスと呼ばれた少女、そして先程の男性の他に、サラと呼ばれていた獣人(正しい言い方かは分からないが)の女性、小さな猫がちょこんと椅子に座っていた(椅子のサイズが合っておらず、耳だけが机の上に飛び出している)。
何で猫がここに?
そう思った瞬間――
「バリスの言う通りです。件の当人が到着したのですから、早速話し合いを始めましょう」
――あろうことか言葉を話し始めたのだ。
咄嗟に、猫が喋った? と口に出してしまいそうになったが、口は災いの元とも言うので黙っておく。
コの字の机を進んだ先に一つの椅子が置かれていた。そこに座れば、周囲に座る彼らから事情聴取のようなものを受けるのだろう。
これは、いよいよ万事休すかもしれない。最悪、ここから力づくで逃亡することも視野に入れなければならない。
俺は促されるがままにその椅子に座り、目の前にはシルヴィアさんが腰かけた。ばさりと背中の羽が揺れ、数枚の羽根が舞った。
ごくりと生唾を飲み込むと同時に、事情聴取が開始された。
「まず初めに、貴方は何者ですか?」
「何者かと問われると、あなた方が言うように人間という種族だと思います。あ、名前は惺恢と言います」
地球から来た俺がこの惑星の人間と完全に同一とは言い切ることができないが、俺が住んでいた村人立ちと比較して俺の容姿はさほど大きな違いはなかったはずだ。
「では、貴方は何故あのような場所にいたのですか?」
「理由は……特にありません。俺が住んでいた場所が、故郷が無くなって……、それでただひたすらに人里を探していたら、セイ君に会ったんです」
針のむしろに晒されているような気分だ。
周囲からの視線が痛くてたまらない。
無意識下で拳を握りしめると同時に、獣人のサラが質問してきた。
「ではお前は、セイを襲うつもりは無かったと、そう言うんだな?」
「それは勿論です!」
俺は即座にそう返答する。
彼女は俺の返答を聞いた後、チラリとシルヴィアへと目を向けた。
シルヴィアは真剣な表情で俺の一挙手一投足を観察し、サラに対して首を横に振った。
一体何だろうか?
不思議に思いつつも、尋問は尚も続く。
今度は、バリスと呼ばれた筋骨隆々のお爺さんから質問される。
「セイとお主の周囲一帯に転がっていた魔物の死体、あれは全てお主が倒したのか?」
「は、はい。俺がセイ君と出会ってすぐに、突然周囲に霧が立ち込めて、そこからーー」
「ーー急に魔物が現れたのですね?」
俺が言おうとした言葉の続きは、喋る猫によって綴られた。
相変わらず顔が見えないのでどんな表情をしているのか分からない。そもそも猫に表情があるのかすら知らないが。
「その通りです」
頷くと、今度はアイリスと呼ばれた少女が俺に尋ねる。
「じゃあ君は、セイ君を守るために魔物と闘った。そういうことかい?」
「はい、その通りです」
今度はアイリスがシルヴィアさんに目配せする。シルヴィアさんはフルフルと首を横に振った。
すると、アイリスは何故かニンマリと笑って両手をパンと叩いた。
「おめでとう! 君は無罪放免だ!」
「は……? はあ!?」
どういうことだ?
あまりの唐突ぶりに敬語が吹き飛んでしまった。
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