5.剣の舞
この世界に来てから数か月が経ち、片言ではあるがこちらの世界の言語が話せるようになってきた。
ジーク達が暮らしている家屋は小さな山の山頂にあり、山のふもとには人口が500名程度の村が存在していた。
周囲には森が広がっており、ジークはこの村へと危害を加える魔物の駆除を仕事としているようだ。シンシアは医者のような役割を担っているらしい。治療術がどうとか言っていた。何の話をしているかは分からなかったけど。
この世界において人間が村や街を形成する場所の条件として、平野であること、危険な魔物が付近に多く存在していないことが挙げられる。
この条件から考えると、この村は集落として適していない場所にあることは明らかであるが、もしも魔獣の駆除が安定して可能であるのならば人々が森から受ける恩恵は大きい。森で採取できる果実や植物、建築用材や薪などは人々の生活に欠かせないものである。この村は立地の条件からあまり流通が盛んであるとは言えないため、この恩恵は特に大きい。
また、魔物から採取できる素材も生活の中で利用できるものや稀に来る行商人に売却できるものもあるため、村全体に比較的余裕のようなものが見える。
今日俺は、食料を下の村から買ってくるように言われて山を下っている。それなりに整備された山道が用意されており、体が幼い俺でも無理せずに下ることができる。登る時は荷物もあるためそれなりに体力を消費するが、耐えられないほどではない。
体も小さい俺にできることは限られているため、自分からこの役目を買って出た。
しばらく山道を歩き、やがて村の入口が目に入ってきた。
村全体は木の柵で囲まれており、入口は前後に二つ設けてある。一つは俺が歩いてきた山道側の道、もう一つは、馬車で1週間も移動すれば街へと続いている道だ。
「よう、セカイ」
短く切りそろえた茶髪を持つ門番の男、ゴズは右手を上げて気さくに話しかけてきた。
「コンニチハ」
「はっはっは! 言葉を覚えるにはもう少しかかりそうだな?」
言葉も知らない俺は、本来歓迎されるはずもない存在なのだが、この世界ではあまり気にしない人間が多いのか、もしくはジークの人望の賜物なのかは分からないが、俺は迫害されることなく過ごせている。
門番にぺこりと頭を下げ、俺は村の中へと入っていく。
村の中にはそれほど多く店が存在しているわけではない。店と言えば、集会所としての役割を果たしている酒場くらいのものだ。この村のように小さい経済圏では専門店を開いたしても儲けが得られないため、酒場が村の集会所兼よろず屋となっている。酒場は人と商品の集積所なのだ。
他に存在する特別な意味を持つ建物と言えば、教会くらいのものだろう。何に祈りを捧げているのかは、中に入ったことがないため分からない。俺自身は無宗教だし、あまり宗教について調べようとは考えていない。そもそも俺は地球にいたころの記憶がないため、宗教を信仰していたかどうかさえ分からないのだ。ジーク達もあまり信仰深い行動をしていないことから無宗教なのかもしれない。多分この村の教会の宗教は、強制的に信仰しなくてはならないという程、強硬的ではないのだろう。
村の中を歩いていると、多くの村人が挨拶を交わしてくれる。時折、ジーク様へ、シンシア様へ、と言って自分で育てた野菜や穀物を譲ってくれる。
何故かここの村人はジークやシンシアを様付けて呼んでいる。彼らがこの村の長というわけではなく、村長自体は別に存在している。魔物が多い地域だから、ジークの恩恵が大きいことは理解できるが、それだけでこんなにも慕われるものだろうか?
考えているうちに酒場へとたどり着き、思考が中断される。
「コンニチハ」
挨拶をしながら酒場へと入る。
カウンターにはバーナードという名のスキンヘッドで強面の男が立っていた。外見とは異なり、とても優しい性格をしていることはこの数か月でよく理解している。
「こんにちは、セカイ。 買い物――の必要はなさそうだな、その様子だと」
既に食料に関しては道中に貰ったもので事足りてしまった。いつもこうではないが、今日は特に多かった。
「タブン、マダカウモノ、アル」
そう言って俺はメモを手渡す。
言葉も満足に話せないのに、文字が読めるはずもない。だから俺は、このようにメモを渡すことで買い物を行っている。
「ああ、香辛料が少し必要なんだな。 ちょっと待っててくれ」
そう言って店主は奥に引っ込み、すぐに香辛料の入った小さな瓶を持ってきた。
「ほら、これだ」
「アリガトウ」
俺は瓶を受け取り、お辞儀をする。
用事が済んだ俺は酒場を出て、帰路についた。
◇◇◇◇
家に戻った俺は荷物を置き、汗をかいたため家の近くにある井戸の水を汲み上げる。
桶に入った水面に映る顔に、最初は違和感を覚えていたが、今ではそんなこともなくなった。少し伸びてきた灰色の髪は目元にかかりかけており、顔立ちは男か女かはっきりしない、中性的な顔立ちをしていた。この世界のゴブリンという魔物が俺の性別を確認するわけだな、と自嘲気味に笑った。
バシャリ、と顔に水をかけることで、少し気分がすっきりした気がする。
顔を拭いていると、家から出てきたシンシアがこちらへと向かってきた。
「セカイ、ジークを呼んできてくれないかしら? 多分山の中腹の広場にいると思うわ」
「ワカッタ」
そのくらいのことなら、何の問題もない。俺は即座に了承した。
今日は既に魔物を退治し終えて、鍛錬でもしているのだろうか。ジークは魔物の気配を感知できるらしく、村周囲に常に気を配っている。どうやっているのか、と一度尋ねたことがあるが、魔力がどうこうと言っていて、正直あまり分からなかった。まず魔力というエネルギー自体、地球には無かったのではないだろうか?
広場へたどり着くと、大きな桜の木の下でジークが無心で剣の素振りを繰り返していた。
ただ同じ動作を繰り返しているだけ、一見したらそのように見えるかもしれないが、俺には、黒い剣が描く軌跡が一種の演舞のようにさえ感じた。舞い散る桜と共に剣を振るう彼の姿はどこまでも美しかった。
剣など握ったこともないが、何というか、無駄がないのだ。踏み込みからの斬り下ろしまでの一連の流れに。まるで体と剣が一体となっているような、彼の体全てが剣なのではないかとバカげた考えが浮かぶ程に、美しい動きだった。
この姿を少しでも目に焼き付けたくて、俺はしばらく彼の姿を眺めていた。そんな俺が不思議だったのか、ジークの方から俺に話しかけてきた。当たり前の話ではあるが、ジークは俺が来ていることなど初めから分かっていた。
「……どうした?」
「キレイ、オモッタ」
言葉が不十分であり、今の感想を口にするのも難しいが、それでも今のこの気持ちを彼に伝えたいと思った。
そんな俺の言葉を聞き。ジークは俺に尋ねる。
「剣に興味があるか?」
彼の問いかけに対し、俺は考える間もなく口が勝手に動いていた。
「アル!」
「そうか……。それじゃ、こっちについてこい」
そう言ってジークは俺の手を引き、家の方まで戻った。
家屋のすぐ傍にある物置小屋の中へと入り、ごそごそと何かを探し始めた。
「たしかこの辺に……、お、あったあった」
目当てのものを見つけたようで、小屋の中からジークが出てくる。
「ほれ、これ持ってみろ」
渡されたものは木剣だった。
その木剣を受け取り、ジークが手を離すと同時に木剣の先が地面に沈んだ。
これは、想像以上に重いな……。
「質のいい木でできているからな。 それなりの重量はあるはずだ。 軽い木で木剣を作ることはできるが、体を鍛えるに越したことは無い。 まずはそれを自在に振れるように鍛えてみろ」
ジークはそう言って、こちらを煽るような笑みを浮かべて尋ねる。
「できるか?」
「デキル!」
お前にできるかは分からないけど、暗にそういわれているような気がしてムキになって言い返す。
俺達の会話が聞こえたからか、娘のミアがこちらへと近づいてきた。そして、俺が手にしている木剣を見て何かを察したのだろう。途端に大騒ぎし始めた。
「あ~~! ずるい! 私もお父さんに剣を習いたい! 教えて!」
「もう少し大きくなったらな」
袖を掴み大騒ぎする娘の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、ジークはそう言った。
「う~~! いつもおんなじこと言う!」
ミアとしては怒っているつもりなのだろう。ジークの足をぽかぽかと叩いて自分の機嫌は悪いんだぞ、と主張している。
「もうお父さんなんて知らない!」
そう言ってこの場から離れる彼女は、一定距離離れたところで俺の方へと振り向き、恨めしそうな視線をぶつけた後に家の方へと入っていった。
その視線は至極真っ当な理由からぶつけられているということは重々承知している。彼女からしてみれば、俺は突然現れた赤の他人でしかない。しかもその赤の他人が家に住み着き、自分と父親、母親との時間を僅かであろうと奪っているのは事実である。到底、7歳の少女に許容できるようなものではない。そして俺が赤の他人であることはジーク、シンシアにも言えることである。
今、聞いておくべきかもしれないな。
俺は娘が去っていった様子を見て微笑んでいるジークの方へと向き、ずっと聞きたかったことを尋ねた。
「ナゼ、オレ、タスケル?」
いきなりの俺の問いかけに対し、一瞬面食らったジークだったが、すぐに笑って答えた。
「なんでお前を助けたかって? お前が、俺の手の届くところにいたからだ。手が届くのに伸ばさないなんて道理があるかよ。俺はお前を救いたいと思った。お前は俺に救われた。それでいいじゃないか。それで何の問題がある?」
素性が分からない。言葉も通じない。助けた後に利益がある補償などどこにもない。助けない理由など考えようと思えばいくらでも出てくるだろう。それなのに目の前の男は、手が届くから助けるのだという。一切の打算を含まず、ただ純粋に言い切るこの人の姿が、俺にはとても眩しく感じた。
ああ――、でも、彼のように在れたら、どんなに幸せだろうか? どんなに満ち足りるだろうか?
彼のようになりたい。
彼に追いつきたい。
思い出をなくし、伽藍洞になった俺の心に、何かが満たされていく音が聞こえた。
今の俺の心をそのまま言葉にできるほど、俺は語彙力を持っていない。いや、仮に語彙力があったとして、この想いすべてを言葉にすることはできないのかもしれない。そう思えるほど、俺が生まれて初めて経験する想いの量だった。だから、今は、この言葉だけ伝えよう。
「アリガトウ」
「おう」
彼は短くそう答え、俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
日が沈んでいき、辺り一面の景色が黄金色に染め上げられていく。
ジークは沈む太陽の方へと顔を向けた。
俺もそれにつられて、同じ方向を向く。
「綺麗だろ? 俺な、この景色を見るのが好きなんだ。 毎日見れるちっぽけな景色かもしれないけど」
確かに、綺麗かもしれない。この星に来た時は、太陽が沈んでいく様子は森の樹木に邪魔されて見ることはできなかったし、仮に見れたとしても急激に下がっていく気温で光の綺麗さに気を取られている余裕はなかっただろう。
状況が変われば、感じ方も変わるんだな……。
「この景色が見れる頃にはさ、村の皆が今日はこんなことがあった、明日は何をしようって家族や、友人に話しているんだよ。なんかさ、そういうのが人として生きるってことなんじゃないかって思う」
俺と同じ《人》のはずなのに、彼の視線はどこか遠くを見つめているように見えた。
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