57.樹木の螺旋階段
「セイ、貴方は孤児院に戻りなさい。……今度は勝手に動いてはいけませんよ」
言いながら、彼女はセイ君の頭を撫でた。その声音は柔らかなもので、確かな愛情が感じられた。
「う、うん。勝手なことをしてごめんなさい……」
セイ君はそう言うと、こちらをチラリと見て心配するような表情をした。
俺は大丈夫だよという意思も込めてニコリと笑いかけた。
不安は拭えないようだが、これ以上ここに残ることはできないと思ったのだろう。彼はシルヴィアさんの言うとおりに階段を駆け上がり去っていった。
「…………」
シルヴィアさんはそれを見送ると、再び此方に向き直った。
彼女の顔にはあからさまな嫌悪感が滲み出ていた。
無言で首をクイッ、と階段の方へ向けたので、先に出ろと言っているんだろう。
きっと、後ろから襲われることを警戒しているに違いない。
俺も黙ってその指示に従う。
牢屋から出て、セイ君が走り去っていった階段を登っていく。
後ろからは刺すような視線が浴びせられ、何となく居心地が悪い。
この後どうなるかは分からないが、推測を重ねることはできる。
初対面の時のセイ君の態度や、先程のシルヴィアさんの態度、そして言動から人間という種族が唾棄すべき存在だとされているようだ。
そもそも俺は人間以外の人種? と言うか種族を知らなかった。セイ君のように耳が長い種族やサラのように獣耳が生えた種族、白鳥のように白い翼を持った種族、そのどれも見たことがない。
ただ少なくとも、シルヴィアさんの種族は地球で言うところの天使に近いのではないだろうか?
魔物の存在があることから分かりきってはいたが、地球の生態系とは微妙に異なる点が多いな。
正直非常に興味深いが、今はこの現状をどうすべきかを考えるべきだろう。
階段を登っていくと、石畳が敷き詰められた通路に出た。
天井は非常に高く、色とりどりのステンドグラスから陽光が差し込んでいた。
周りをキョロキョロとしていると、シルヴィアさんが明らかに不機嫌になった。
「こんなところで立ち止まらないでください」
「あ、すいません。もの珍しかったもので、つい」
そう言いながら、俺は通路の向こう側に人が数人いることに気が付いた。
棚や曲がり角に体を隠しながら、こちらの様子を伺っている何かがいた。
「子ども……?」
そう呟いたところで、先程のセイ君の発言を思い出す。
ああ、そう言えば上が孤児院だって言ってたな。彼らは孤児院にいる子達か。
歩く猫や耳の長い子、腕が鳥のようになっている子など、様々な見た目の子どもがいた。
「いちいち足を止めなければならないのですか?」
おっと、こんなことをしている場合ではなかった。
急かされてしまったので、再び歩き始めた。
通路の向こう側には木製の扉があり、シルヴィアさんは何も言わずに手をかざして魔力を流し込んだ。
扉に光る術式が現れたが、不勉強により何が書かれているのか理解できない。
恐らく鍵のようなものなのだろうが。
扉の向こう側には樹木で作られた巨大な螺旋階段があった。
その一番下に立ち、上を見上げて俺は絶句した。
「これ……は……」
あまりにも、デカ過ぎる。
螺旋階段は異常な長さ続いており、その天井は下からでは覗うことすらできない。
本気でこんな所を登っていくのか? と疑問に思ったが、彼女の顔を見る限り冗談の類ではないのだろう。
俺は諦めて樹木の螺旋階段を登り始めるために足を踏み出した。
一段目に足を掛けた瞬間、ぐらりと重心を崩した。
「え?」
思わず声が漏れ、下を見るとそこには信じられない光景が広がっていた。
たった一歩だ。俺が踏み出したのはたった一歩、そのはずだった。
それなのに、俺とシルヴィアさんはいつの間にか螺旋階段の中腹まできていた。周囲には透明な結界が張られており、広大な森を一望することができた。
「空間がねじ曲がっているのか」
俺は納得したように呟き、もう一歩踏み出すと、一瞬で螺旋階段の頂上へと辿り着いた。
螺旋階段の頂上には石でできた重厚な扉が佇んでいた。
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