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53.敵意

 俺はほっと息を付くと同時に膝を地面に付けた。

 右手に握られた剣は魔力の霧散と共にバラバラと砕け落ちた。

 

「お兄ちゃん!」


 思わず跪いた俺に、少年は慌てた様子で駆け寄ってきた。

 助けたつもりが、逆に心配されるとは格好がつかないにも程がある。


「だ、大丈夫。心配しなくて……良いよ」


 ただでさえ魔物に襲われて恐怖を感じていた彼に、余計な心配などさせるべきではない。

 俺はそう判断し、笑顔を浮かべながら手持ちのポーションを傷口にかけた。

 肉が焼ける感覚と共に傷口の止血がなされた。

 これなら、何とか立ち上がることぐらいは出来そうだ。

 正直今にも倒れてしまいそうになるが、俺が今ここで倒れ、再び魔物が出現してしまえば、この少年はどうなる?

 少年を無事に家に返さなければという使命感が、俺の体を突き動かしていた。


「で、でもお兄ちゃん。凄く辛そうだよ……?」


 金髪の少年は、紅に染めた瞳を潤ませながら俺の顔を覗き込んできた。

 精一杯取り繕っていたつもりなのだが、バレてしまっていたようだ。


「そんなことはーー、いや、そうだね。正直に言うと、体力的にも結構限界なんだ。もし君さえ良ければ、君の暮らしている街に案内してくれると嬉しい」


 俺は素直に己の限界を認め、少年に助けを乞うことにした。


「う、うん! さっきは人間だって知って逃げちゃったけど、お兄ちゃんは優しい人間だって良く分かったから、多分大丈夫だと思う!」


 金髪の彼の発言には先程から妙な違和感がある。まるで、人間を恐ろしい生き物だと思い込んでいるような、そんな意思が言葉の節々に現れているのだ。


「あのーー」

「その子から離れろ!」


 ーーそれって、どういうことかな?と聞こうとしたが、唐突に背後から響く声によって遮られた。


 背後を振り向くと、5人の男女が各々武器を構えていた。

 敵意を向けられている対象は言わずもがな、俺だ。

「聞こえなかったのか!? その子から離れろと言っているんだ!」


 中心に立つ茶髪の女性は、剣の切っ先を俺に向けながら声を荒げた。先程の忠告も彼女が発したようだ。

 おそらく、金髪の少年を俺が襲おうとしていると勘違いしているのだろう。彼女らからすれば見知らぬ男が少年に危害を加えようとしているように見えたのだろう。


「あの……誤解があるようなのでそれを解いておきたいのですが……。私はーー」

「ーー黙れ! 貴様に発言権などない! 良いから言うことを聞け! 人間風情が!」

 疲労と過度な出血により倦怠感を増していく状況下で、必死に言葉を紡いでいこうとしたが、釈明の余地すらないらしい。

 少年が彼女に向けて


「聞いてサラお姉ちゃん! この人はーー」


「ーー私が来たからにはもう大丈夫だよセイ! この人間をすぐに排除するから!」


 取り付く島もないとはまさにこのことだな。そして今更気が付くが、彼女らは俺の知る人間とは違う部分がそれぞれあった。

 セイと呼ばれた金髪紅眼の少年と同様の長い耳を持っている者もいれば、サラと呼ばれた茶髪の女性のように頭に犬のような耳と尻尾がついている者もいる。


「初めから人間など信用に値しないんだ! お前ら、コイツを捕縛しろ!」


 彼女の命令と共に武装した集団が、俺に押し寄せる。


「くっ」


 俺は咄嗟に抵抗しようとしたが、疲労が蓄積し魔力を出し切った体ではどうすることもできず、頭に強い衝撃を受けるとともにその意識は闇に落ちていった。


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