4.人の温もり
「んん……」
意識が浮上する感覚があり、目を開けるとそこは、知らない天井だった。
「ここは」
上半身を起き上がらせ、周囲の様子を探る。どうやら、ベッドに寝かせてくれていたようだ。また、俺はいつの間にか着替えさせられていた。少しごわごわする素材でできてはいるが、不快に感じるほどではない。むしろ、雨と汗と泥で汚れた衣服から着替えることができて良かったと思う。
部屋の中は質素であり、あまり飾り立てられてはいないようだ。
目に入った装飾物は唯一、窓際の生けられた青い花だった。
窓から洩れる日の光を浴びて、花は凛と佇んでいた。
細かい時間帯は分からないが、窓から入ってくる光から、今が昼間であることは分かった。窓の外のすぐそばには森が広がっており、俺は意識を失うまでの体験を思いだして身震いした。
俺はあの男に助けてもらったのか?
俺の疑問に回答するかのように、一人の男が部屋に入ってくる。
男は短髪の金髪緑眼であり、目つきは鋭く、体つきはがっしりとしていた。年のころは30に届くか届かないか、といった印象を受ける。
「■■■■■■」
相変わらず、言葉は通じない。通じないが、彼が俺を助けてくれたことは分かる。
「ありがとうございました」
こちらの言葉も通じていないことなど百も承知で、俺は彼に頭を下げる。
俺が話した言語が聞き覚えの無いものだからだろうか、彼は自分達の言語が異なることに気が付いたようだ。
彼はまいったな、とでも言いたげな表情をしながら頭をかいた。
だがすぐに表情を切り替え、俺の手を掴み、優しくベッドから起こしてくれた。
そのまま俺の手を引き、違う部屋へと連れていく。
手を引かれた先には、先ほどの部屋よりも大きな部屋だった。
中心には複数人での使用を目的とした大きな机が置いてあり、そこには既に二人の女性が腰かけていた。
一人は彼の妻だろう。白みがかった金とでもいうのだろうか、白金色の髪の長い髪を持ち、その瞳は碧眼だった。目つきは穏やかで、優しい印象を受ける。ほっそりとした首筋、華奢な印象を受ける体型、その存在全てが、周囲の空間を清涼なモノへと変えているようだった。
もう一人は彼らの娘だろう。白金色の髪を肩近くで切りそろえ、父親譲りの勝気そうな目つきをしている。白金色の髪は光を浴びて一層美しく見え、宝石のような美しさを持っていた。両親の顔が整っていることもあり、彼女もまた芸術品のような美しさだ。年は今の俺よりもさらに2、3歳年下かもしれない。
彼は自分の方を指さし、
「ジーク」
と言った。
おそらく、彼の名前のことだと思う。
俺は分かった、ということを伝えるために、彼の方を指さして
「ジーク」
と復唱した。
彼は伝わったことが嬉しいのか屈託のない笑みを浮かべ、続いて妻の方を指さして
「シンシア」
と言い、娘の方を指さして
「ミア」
と言った。
俺も彼と同様に名前を伝えるべきだろう。自分の方を指さして名前を伝える。
「セカイ」
自己紹介が済んだところで俺の腹が限界を迎えたようで、腹がグルグルとなった。
ジークはきょとんとした表情を浮かべた後、豪快に笑いだした。その後、彼はシンシアに対して何かを伝えた。シンシアは穏やかな笑みを浮かべて頷くと、立ち上がって台所に向かった。
◇◇◇◇
「これは……」
出された料理は、俺にとって未知のものだった。煮物とパンだとは思うが、材料が分からない以上に、湯気の出る食事というのは、なんだか不思議な感覚がする。あくまでも知識として残っているだけだが、地球にいたころは栄養のみを考えて合成された食品が主流だったはずだ。温かい食事など、上流階級の娯楽という感覚が俺には根付いていた。
その感覚を持つ故に、これを食べて良いのか分からなく、俺はジークへと視線を向けた。彼は頷き、俺に料理を食べるように促す。
俺の体は我慢の限界だったようで、ジークの合図とともに目の前の食事に貪りついた。
言葉は通じていない。それでも、ありがとう、ありがとうと呟きながら、俺は食事を口にし続けた。ジークとシンシアは、優しく俺の様子を見守っていた。
食事が終わると、ジークはジェスチャーをし始めた。
まず俺のことを指さし、次に床を指さした。
ここにいても良いと言っていると考えるのは、都合が良すぎるだろうか。しかし、他にこのジェスチャーの意味を考えることができなかった俺はしばらく考え込んでしまった。俺の不安な気持ちが顔に出ていたのか、シンシアが突然俺のことを抱きしめた。森の夜は暗く冷たいものだったが、この場所は暗くても温かいものだった。
この世界に来て初めての人の温もりに、俺は自分の頬が湿るのを感じた。
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