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48.彷徨う旅路

 村から旅立ってから数日が過ぎた頃、俺は木陰で体を休めていた。


「ハア……ハア……」


 体は完全に疲労困憊しており、口からは荒い吐息ばかりが漏れてくる。

 父さんから譲り受けた剣を胸に抱えるようにうずくまり、これまでの疲れを少しでも取ろうと努めた。

 村から出たばかりとは言え、ここまで進むのですら今の俺では困難を極めていた。

 村の外はドラゴンやヘカトンケイル、フェンリルの群れ等強力な魔物がひしめき合っているため、今までの俺の実力では到底進むことすらできないような世界だ。

 だがしかし、父さんと伊吹と言う男の戦闘が苛烈を極めていた結果かは定かではないが、これらの強力な魔物の姿は目に見えて減っており、探知魔術でそれらの魔物の位置を常に把握し可能な限り遭遇しないように進んできた。

 当然その全てを回避できるわけもなく、俺はそう言った伝説級の魔物と幾度となく相対し、時には勝利し、時には全力で撤退をしてきた(撤退するだけでも周囲の魔物を刺激しないようにしなければならないため文字通り針を通すような行動だったが)。数日前の俺と今の俺の戦闘能力は一線を画していると断言出来る程に濃密な数日間だった。

 しかしいくら戦闘能力が向上しようと、常に気を張り続けなければならない今の状況は正直、精神にも肉体にも大きな負担がかかっていた。

 魔力を十分に回復出来る程に休むことができない現状、俺は探知魔術を必要最低限にしか展開することができない。つまり、後どれほど進めば集落が見えてくるのかも、俺には分からないのだ。


「ははは……」


 俺は今の絶望的な状況を身に染みて理解し、自嘲を含んだ笑いが口から洩れるのを自覚した。

 可笑しくて、情けなくて、笑いが出てしまう。

 だってそうだろう?

 俺は結局あの時から、この世界で遭難してゴブリンに殺されかけた時から、何も変わっていないということを今この瞬間、痛感してしまっているのだから。

 父さんの様に一人で生きていく実力も、母さんの様に人に好かれる人柄も、ミアの様に明るく前向きな性格も、何もかも、俺は持っていない。俺はあの時と変わらず、空っぽなままなのかもしれない……。

 少し目を開け、抱きかかえる父さんの剣を見る。

 その柄には、キラリと光る黒い楔石があった。


 思考がどんどん下向きになっていく中、一つの希望が俺の胸に生まれた。


「この気配は……」


 俺は探知魔術を使用し、その気配の正体に確信を得たうえで近づいた。

 気配の主は近づく俺に気が付くことなく、せっせと何かを摘んでいた。


「なあ、君」


「うひゃあ!」


 俺が話しかけると、びくりと目の前の人物の肩が跳ねあがった。

 そうして恐る恐ると俺の方を振り返る。

 年は10歳前後だろうか。少なくとも成人はしていそうにない。

 性別は恐らく男。短い金髪に紅の瞳を持っていた。

 そして何よりも俺の眼を引いたのは、頭部の側面に伸びる長い耳だ。

 俺が知るこの惑星の住民は村に住む皆だけだったが、このような長さの耳を持つ人は見たことが無い。

 地球での人種の様に、この惑星の人間にも多様性と言うものがあるのかもしれない。


「お、お兄ちゃん、誰ぇ……?」


 俺は村を出てから初めての人類との遭遇に胸を躍らせつつ、慎重に会話を始める。


「ああ、俺は……、そうだな、強いて言えば旅人、かな?」


「旅人……?」


「ああ。それで、今俺は泊れる場所を探しているんだけど、もしよければ君が住んでいる街に案内してくれないかな?」


 俺はしゃがみこみ少年と視線の高さを合わせながらそう言った。

 少年は尚もビクビクと俺への警戒心を解くことなく、質問を重ねる。


「でもお兄ちゃん、もしかしなくても人間、だよね……?」


 その質問にいったいどんな意味があるのだろうか?

 俺は深く考えもせず、二つ返事で肯定する。


「ああ、そうだよ」


 それがどうしたのかと聞こうとした瞬間、彼の顔は明らかな恐怖で歪んだ。


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