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47.最後の誓い

「ん…………」


 冷、たい……。

 目を覚ますと、俺は地面に横たわったままだった。

 頭上には雨雲が浮かんでおり、確かな雨音を立てて、周囲を水で浸していた。


「そうだ……。俺は……」


 俺はつい先刻までの戦闘を思い出し、哀感にふけった。

 何とか勝ちこそしたものの、その犠牲は大きかった。

 村人は全員死に、母さんとミアは生きてこそいるがこの世にもういない。


「あ……、あああぁぁああ……」


 考えるよりも先に、勝手に呻き声が口から洩れ、俺は顔を両手で覆って地面にうずくまった。

 死闘ともいえる程に苛烈な戦いが終わり、脳内麻薬の分泌が止まったことで俺は今の状況を冷静に受け止めるしかなかった。


『セカイ、ここには逃げる場所なんてねーよ。お前は村の人を守れ。こいつらの相手は俺がする』


 俺は、父さんに村の人を守るように頼まれたのに、結局、誰一人として守れていないじゃないか……っ!


「ごめんなさい……っ! ごめんなさい……っ! ごめんなさい……っ!」


 それ以外に、何を言えば良いのか分からなかった。

 せめて、せめて父さんに直接言わなければ。

 俺は僅かな魔力が再び底を突きかけたため、ふらりと体が崩れて倒れた。

 バシャリと体が泥水に浸かるが、渾身の力を込めて立ち上がる。


「父さん……」


 俺は重い体を引きずり、既に戦闘の音が止んだ平原へと足を進めた。


◇◇◇◇


 かつて平原があった場所まで、俺は息も絶え絶えになりながらたどり着いた。

 少し前までは青々とした雑草が生い茂り、命の気配が濃かった場所だったのだが、今となっては見る影もなかった。

 平原の草や周囲一帯の森は焼き尽くされ、地面は大きく割れていた。

 空から降る雨が地面を容赦なく濡らし、割れた地面の底へと滝のように流れ落ちていく。

 森の周囲にいたはずの魔物達も退避したのか、巻き込まれて殺されたのか、その姿は見えなかった。

 父さんも、もしかしたら……。

 俺は惨状を目の当たりにし、父さんも消えてしまったのではないかという考えを頭から必死に追い出し、脚を引きずりながら周囲を探した。

 周りを見回していると、倒れている男の姿を発見した。


「父さん……っ!」


 俺は今出せる全力の速度で彼へと近づき、その手前で両膝をつく。

 バチャリと泥水が跳ね、宙を舞った。


「…………セカイか」


 父さんは、全身が焼け焦げ、体には銃弾に貫かれたような形跡がいくつも見られた。

 当然体を動かせるような状況ではなく、既に虫の息だ。


「父さん……、ごめんなさい……っ!」


「何で謝る……?」


「村の人を助けろって言われたのに、結局、誰も助けられなかった……っ! 俺が、もっと強ければ……っ!」


 そんな俺の言葉を聞いて、父さんは自嘲するように笑った。


「ハハハ……。それなら、俺も大丈夫とか言ってこのざまだ。お互い様ってやつだな……。…………母さんとミアはどうなった?」


 父さんは震える声で、恐る恐る俺に確認する。

 ここに来ていないことや、探知魔術に引っ掛からないことから、二人が既にこの世にいないと理解していたのだろう。


「俺が楔石を砕いたから、多分生きているとは思う」


 彼は安心した、もう心残りはない、とでも言うように穏やかな表情になった。


「そうか……、良かった。……本当に良かった」


 今すぐにでも死んでしまいそうな気配を感じた俺は、父さんのことを繋ぎとめるように全力で話しかける。


「……っ! そうだ! 父さんの楔石も今から砕こう! そうすれば父さんは――」


「――もう遅い。楔石から力を取り戻すには、相応の負担がかかる。俺は、ここでもうじき死ぬ」


 父さんのその言葉に、視界の輪郭がぼやけ始める。


「どうして……っ! そんなこと言うんだよ……っ! まだまだこれからじゃないか!? 家族になったばかりじゃないか! 不老なんだろ!? 神なんだろ!? じゃあ俺のことを置いてかないでくれよ! ずっと俺の傍にいてくれよ! なあ!」


 ああ、俺は今泣いているのだろう。

 父さんの姿が見えなくなって、まるで一人ここに取り残されたように感じる。

 俺は今、一人で、冷たい雨の中、ただ喚き散らしているのではないか?

 俺の目の前には本当は誰もいなくて、俺はただ一人芝居をしているのではないか?

 そんな思いを振り払うために、父さんの姿を見るために、俺は何度も、何度も、何度も目を拭うが、一向に視界が晴れることは無かった。

 突然、頭に温かい何かが乗せられた。


「…………え?」


 それに気を取られて、一瞬視界が開けた。


「大丈夫だ、セカイ。お前なら、どこへだって行ける、なんだってできる。なんたって、俺達の自慢の息子なんだからな」


 父さんは笑いながら、俺の頭を乱暴にガシガシと撫でた。


「ぐ、うううぅうぅう……っ!」


 自慢の息子だと父さんにも言ってもらえて、嬉しく思うと同時に、この声をかけてもらうことはこれで最後なんだと自覚し、再び珠のような涙がポロポロと地面に落ちる。


「泣くなよ。まったく……、しょうがない奴だ。…………俺はな、セカイ。人間になりたかった。人間として生きたかった」


 知っている。

 俺から見た彼らは、どこからどう見ても人間そのものだった。

 人と同じように生き、人と同じように笑い、人と同じように感情を持っていた。


「だからな……、俺や母さん、ミアにとってお前が来てくれたことは、本当に奇跡みたいなものだったんだ。村の人達は俺にとても親切にしてくれたけど、俺が欲しかったのはそんな態度じゃなかった。彼らと一緒に生きていたかった。彼らと一緒に笑いたかった。でもそんな願いを言ったところで、彼らは聞き入れてくれなかった」


 少し、悲しげな顔をしている父さんに、自身の事の様に胸がチクリと痛んだ。


「別に恨んでいるわけじゃない。俺は彼ら人間とは違うから、仕方ないと諦めてもいた。ミアが生まれてからも、それは変わらなくて……、きっとこの村が無くなるまで、……いや、無くなった後も、俺達はこのまま人間になることは無いんだろうって、そう思ってた」


 言いながら、父さんは俺の頭に乗せていた手をグイッと引き寄せて、父さんの緑色の瞳に、俺の姿が写り込んだ。


「でも……、セカイがここに来てくれた。……お前が来てから、俺達は変わった。神とも人間とも言い切れない中途半端な存在だった俺達が、人間になれた」


「そんな……、俺は何もしていない……」


 むしろ、俺は何もかもを彼らに与えてもらっただけなのに……。

 父さんは、俺の頭から手を放し、可笑しそうに笑った。


「何もしていないわけがあるか……。俺達と普通に過ごしてくれることが、どんなに嬉しかったか……、どんなに感謝していたか……。一緒に話して、笑って、時には喧嘩もして……。そんな普通の人みたいなことを教えてくれたのは、セカイ、お前なんだ」


「普通の、人間……」


 俺は、彼らにそれを与えることができたのだろうか?

 人として欠陥品の俺が、正しくそれを与えられたとも思えないが、それでも今は――


「俺は、父さん達の家族だからね」


 ――それでも今は、素直に彼の言葉を受け取っておかなければならない。

 俺もいつかこんな風になれたらと、そう尊敬してきた男が言うことに、疑念を抱く必要などどこにもなかった。


「ハハハ……。やっと泣き止んだな。……それで良い。……そうだ、成人のお祝い、まだ渡してなかったよな」


 父さんはそう言いながら、左手に持っていた黒い剣を渡してきた。

 漆黒に染め上げられた刀身はどこまでも鋭く、空気さえ切断しそうな雰囲気があった。


「これと俺の楔石を、お前にやる。俺の全部を、お前が持っていけ」


「……うん。ありがとう、父さん……」


 お礼を言い、俺はそっと彼の手から剣を受け取った。

 剣を渡すだけで精一杯だったようで、父さんの手は剣を手放した瞬間に地面にバチャリと落下した。


「……ああ、良い人生(・・)だった」


 彼は目を閉じ、満足そうにそう呟いた。

 唐突に、雨が降り止み、雲の合間から光が漏れ始める。

 まるで、父さんの旅立ちを見届けるかのような光景に、俺は呆けてしまった。


「それじゃあ、セカイ。これでお別れだ」


 父さんの体が光に包まれ始めた。


「うん……。俺、これから頑張るよ。父さんよりも強くなって、それで、いつかは父さん達みたいな家族を作る」


 俺は、彼のようになりたかった。

 初めて会った日、俺が父さんに助けられたあの時、父さんが何を言っていたのか俺には分からなかったけれど、言葉を覚えた今なら分かる。


『よう、少年。助けに来たぜ』


 ただ、"それだけの言葉"だが、"それだけの言葉"で片付けられるようなものではなかった。

 俺の半分は、彼への憧れで創られているのだから。

 彼のように、誰かを救うことができたのなら、それは、どんなに幸せだろうか、どんなに満ち足りるのだろうか。今はまだ、未熟な俺には分からない。だけど、いつかきっと――。


 手が届くのに、伸ばさないなんて道理はない。

 俺は彼への最後の誓いとして、彼を追い越すと誓った。


「そうか……。強くなったお前や、孫の顔を見れないことが唯一の心残りになったけど、まあ、こればっかりは仕方ない……。最後に一つだけ、言いたいことがある……」


「何?」


 俺は父さんの最期の言葉を絶対に聞き逃さないようにと、体を前に倒した。


「俺は、俺達はお前を、心の底から愛している」


 そう言うと同時に、父さんの体は光の粒子となって砕け散った。

 雲から洩れる日の光のことを、確か天使の梯子と言っただろうか。

 天使の梯子の光を浴びて、父さんの体を構成していた粒子は燦然(さんぜん)と輝いて上空へと昇っていった。


「さようなら……。父さん……」


 俺は最後の別れを告げて、その場を立ち上がる。

 父さんから受け継いだ剣と楔石を手に持ち、重い体を無理やり動かす。そして一歩一歩を確かめるように地面を踏みしめ、日に照らされた道を進んだ。

 行く先の空には、七色の虹が輝いていた。


第1章はこれで終わりです。

第2章はプロローグに出てきたアイリスの話になります。

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