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46.死闘の果てに

「くっ!」


 俺は自らを押しつぶそうとする力の方向を横へ逸らす。

 その隙に俺は後ろへステップして彼女から距離を取った。

 まるで嵐のようだ。

 近づくことすら困難な追撃の嵐に、俺はただひたすら回避に徹する。

 今までは母さんの障壁があることや、奴が他の作業に機能を割り振っていた分攻撃する余裕があったが、今となってはその隙は存在しなかった。

 どうする?

 残りの魔力は2割を切っている。

 この魔力も、このまま動き続けていればやがては尽きるだろう。

 剣も先ほど四肢を吹き飛ばされた時に手放しているため、攻撃手段もない。

 認識阻害を行って、奇襲を試みるか……?

 いや、それもあまり得策ではないかもしれない。そもそも、俺が先程奇襲を仕掛けようとしたのはミアと母さんと言う陽動役がいてくれたからこそなのだから。

 さらに奴の肉体の硬度は、魔力を全開にしている今ではこれまでとは比較にならない物になっているはずだ。俺の攻撃がそう易々とは通じないかもしれない。認識阻害魔術は消費魔力が少ないが、全く消費しないわけではない。あまり無暗に行うわけにはいかない。

 ……待てよ。認識阻害、つまりは同調か。

 絶望的な状況の中、一つの攻略法が頭に浮かんできた。

 俺は回避をしながら、彼女との同調を開始した。

 意識の半分ほどが同調に割かれているため、攻撃を避ける俺の動きが鈍くなる。


「ぐ、う……っ!」


 奴の拳圧が髪を撫で、数本灰色の髪が飛び散る。

 もしも体のどこかにかすりでもすれば、今の身体強化の魔術強度では肉片を周囲に飛び散らせる結果になるだろう。

 一歩間違えば俺の命が吹き飛ばされるが、どうせ回避に徹したところでいずれは死ぬのであれば、僅かでもある勝算を信じるしかない。

 同調――完了。

 俺は何とか少女との同調を完了させる。

 瞬間、俺は二ノ型、散華を発動させる。

 これは複数の斬撃を生み出す武技として父さんに教わったが、その本質は違う。


【あ……ッ!?】


 突如切り裂かれる少女の眼球。だが、感触としては薄皮一枚と言ったところか。俺はその隙を逃さず、彼女から大きく距離を取った。

 この武技の本当の性質は、今現在とは別の可能性をこの世界に引きずり出すこと。つまり、平行世界にいる俺がここで剣を振るったという可能性を、今この場所に持ってきたのだ。

 眼球を切り裂かれた彼女は激高していた。


【この、死にぞこないがっ! この程度で私に勝ったつもりか!? こんな傷、すぐに治るんだよ!!】


 彼女の言葉に嘘はないのだろう。

 眼球からは薄い煙が噴き出て、徐々に傷が塞がっていっている。

 彼女の傷が癒えるまでが、俺に残された僅かな好機(チャンス)だ。

 

「すぅー、ふぅー」


 これが、俺の最後の攻撃だ。これが失敗してしまえば、俺には彼女に通じる攻撃手段が一切ないということになる。つまり、俺は殺されるか、奴らに捕獲されるというわけだ。

 ホルダーに収まっていた最後のナイフに赤い魔力を流しこんでいく。

 限界の寸前まで魔力を込められたナイフは赤い輝きを放ち、雲により薄暗くなっている周囲を照らし出す。


「いくぞ、化け物」


 精一杯の虚勢を張り、奴へと向けて地面を踏みしめた。

 一歩一歩、奴へと走り近づいていく。

 先ほどまで俺の姿を認識していた奴の攻撃は紛れもない嵐そのものだったが、俺の姿を見失った今では、そよ風のようなものだ。

 俺は当たれば即死を免れない攻撃を掻い潜りながら、地面を蹴り跳躍する。


「ゼアァッ!」


 気合と共に、俺は敵の急所を狙ってナイフを打ち付ける。

 当然、ナイフなどではどんなに魔力を込めて強度や威力を上げようと、奴の常軌を逸した魔力の鎧の前では弾かれてしまう。 だが、俺の狙いはこのナイフで奴を破壊することではない。

 同調した俺の魔力は、ナイフを経由して少女の体内へと侵入する。

 本来であれば違う魔力同士が混ざり合うことは無いが、同調した俺の魔力を、少女は自分のものだと誤認して彼女自身の回路に組み込んだ。

 まだだ……っ! この程度の量じゃ、足りない!

 幾度も、幾度も、幾度も、数を数えることなどおこがましくなるくらいに俺はナイフを叩き込み続ける。

 赤い軌跡が、地上を、空を、縦横無尽に駆け巡る。

 魔力を同調したことにより、少女に回収された村人の魂の声が脳内に響いてくる。


『死にたくない! 死にたくない!』

『誰か、誰か助けてくれ! ここから出してくれ!』

『暗い、暗いよぉ……っ! 何でこんなところに閉じ込められてるの? 誰か助けてよぉ……』

『ああ、ジーク様、シンシア様、ミア様、どうか……、どうか我らを救ってください……』


「ごめん……」


 今の俺には彼らを救うことはできない。

 魂だけになってしまった彼らに俺が唯一してやれることは、こいつを打倒することだけだ。

 だから――


「もっと……、もっと速く! この程度で終われるものか!」


 ――自身の限界など無視して、ただひたすらに、ただただ愚直に魔力を流しこみ続けた。

 ここで死んでしまっては、父さんが俺を助けた意味が、俺が生きてきた意味が、なくなってしまう。

 まだいけるだろう?

 動きが緩慢になっていく心臓から、魔力を絞りつくしていく。

 脳に、全身に、ビリビリと雷撃のような魔力が流れ込んでいく。魔力が通る回路がこれ以上は無理だと悲鳴を上げているのだろうが、それを無視して魔力を流しこんでいく。


「グ……オオオアアアアァ!!」


 獣のごとき雄叫びを上げて限界を超える。

 少女の全身に俺の魔力を仕込もうと流し込み続け、俺の魔力がほとんど底をつきかける。

 魔力の残量が少なくなりすぎたため、俺の認識阻害が解けた。


「……ッ!」


 その瞬間を少女が見逃すはずもなく、俺をすりつぶそうとその魔力の鎧に包まれた拳が迫ってきた。

 後、一撃……っ! 一撃だけで良い! 俺に、最後の力を……っ!

 俺は迫りくる奴の拳へ向け、搾りかすのような力を込めて最後の攻撃を打ち込む。


「砕け散れえええぇぇぇえええぇ!!」


 俺は拳とナイフが衝突すると同時に、少女の全身に仕込んだ破壊の魔力を発現させる。


【――ッ! これは……ッ!?】


 言い切る前に、奴の体が爆発四散し、血しぶきが周囲に降った。

 拳にまともにぶつかった勢いを殺しきることができず、俺は地面をゴロゴロと転がり、大木に背中を打ち付けた。


「がっ!」


 そのまま地面に崩れ落ちる俺の目の前に、ドチャッ、と何かが落ちてきた。

 それは空高く吹き飛んでいた少女の上半身だった。


【ぐ……ウ……ッ。こん、な、ところで……ッ!】


 上半身だけになっても、彼女はズリズリとこちらへと向かってきた。

 驚異的な生命力だが、恐らくは長くはないのだろう。

 少女が纏っていた魔力の塊は、今では霧散してしまっていた。


【伊吹……様。何故、わた……ではなく……、彼ら……なので……】


 言葉の途中で、彼女は息絶えた。

 それはもう、驚くほどにあっさりと、当然であるかのように。


「勝った……のか」


 いまいち実感が湧かず、俺は呆然と呟く。

 俺は最後の一滴まで魔力を絞りつくし、指先一つでさえ動かせない状態に陥った。

 今はとにかく、休みたい……。

 俺の意識は、確かな達成感と共に闇に沈んでいった。


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