45.修復魔術
「グッ……オオオォおオオ!」
俺は残った魔力を周囲へと広げ、飛び散った四肢を見つける。
あれはさっきまで俺と一体になっていたものだ。
だからそこには、俺の魔力の残滓が残っている。
俺は見つけた四肢を魔力で引き寄せ、無理やり断裂面と合わせる。
グチュリッ、と生々しい音を立てて、元の肉体に戻ろうとする。接合部が赤い煙を上げた。
「…………ッ! …………ッ!!」
脳に雷撃のごとき信号が走るが、歯を噛み砕いて耐える。
治癒魔術は母さんの行っていたものを何度も見てきた。
他人に魔力を流すことが難しいことくらい理解している。俺は他人に治癒魔術を施すことはできない。
だが、せめて自身の体くらいは修復してみせる。
人体の構造ならば、頭に入っているのだから……っ!
赤い煙を上げていた接合部が、完全に癒着した。
二人を救うには、もうこれしかない……っ!
俺はホルダーのナイフ2本に魔力を流し込み、二人へと投擲した。
「セ、カ……イッ!?」
「お兄、ちゃん。 な、にを……っ!?」
俺が投擲したナイフは、二人の衣服の裏にある楔石を寸分の狂い無く砕いた。
楔石が砕けた瞬間、何か感知できない巨大な力が溢れ、二人の姿は忽然と消えた。
恐らく、神の力を取り戻して俺が存在する次元とズレたのだろう。
これで良い。
二人はこれで死なずに済む。
【なんてことを、してくれたのだ……ッ!?】
先程から、こいつが何を言っているのか俺には分からない。尤も、分からせるために言っているのではないのだろうが。
そんなどうでも良い思考が脳裏をよぎった時には、既に少女がこちらへ拳を振るおうとしていた。
俺は痛む体に鞭打って、身体強化でその場を離脱する。
俺のいた場所に遠慮のない拳が撃ち込まれ、地面が砕け散った。
当然その一撃で終わるわけがなく、少女は今まで魂を回収する魔術に回していたであろう魔力を全て身体強化に使い、身体能力に物を言わせた攻撃を仕掛けてきた。
こっちも魔力で身体能力を強化しているというのに、彼女の姿を正確に捉える事すら困難な程だ。
ならば――
「ふっ!」
――俺は彼女の右拳を片手で受け止めた。
まともに受ければ、尋常ではない彼女の膂力によって俺の体は潰されてしまうだろう。だが、俺はその衝撃を受ける瞬間、体中の関節をコンマ数秒外して力の通り道を作り、地面へと逃がした。
ドゴン! と再びクレーターが形成されるが、先程とは違って俺の体には一切のダメージは通っていない。
力の受け流しなどやったことはなかったが、エレムさんの体術を真似し先程のヘカトンケイル戦を経たことで、力を流動的に流すコツを掴んだのだろう。
こいつには、聞かなければいけないことがたくさんある。
【何故、この村を襲った? 父さん達が神だからか? いや、そもそも何故彼らが神だと知っている?】
【貴様の質問に答える筋合いなどない!】
そう言って彼女は左の拳を振るってくる。
俺は冷静にその拳も受け止め、俺達の周囲にはさらに深いクレーターができた。
【さっき見た奴らと違って、随分と感情があるみたいじゃないか?】
先程草原で見かけた8人と姿形は似ているが、彼女は能面のような無表情とは程遠く、むしろ抑えきれない程の激情を感じさせている。
【私を、あのような失敗作どもと一緒にするな!?】
【あれが失敗作? 何を以って失敗作とするのが知らないが、君よりもよっぽど強い奴らじゃないか】
もしも目の前の彼女が、草原にいる奴らの様に人外の魔力を持っていたとしたら、俺では到底太刀打ちなどできなかっただろう。だが目の前にいる少女は、その魔力の密度が高いと言ってもまだ人間の領域に収まっていると断言できる。
とは言え、この少女には相手の魂を吸収するという理の埒外ともいえる能力がある。もしかしたらその特異な能力こそが重要なのかもしれない。
【単純な戦闘能力などではない。貴様も含めた我々神人類は、その魂の器の大きさこそが絶対的な価値なのだ……ッ。忘れたとは言わせんぞ! 13番!】
そう言うと同時に、彼女の力がより一層強まった。
「ぐッ」
いくら力を逃がせると言っても、限界はある。これ以上彼女の膂力が上がってしまえば、俺はこのまま押しつぶされてしまう可能性がある。
彼女の戦闘能力が草原の奴らに劣っているとはいっても、俺よりも優れているという事実は変わらない。
俺は精一杯の虚勢を張るために、嘘の笑みを浮かべながら言う。
【悪いけど、地球でのことは覚えていなくてね。君の話から察するに、俺は君たちと同じようにあの暴力的で最低な白衣の男に何かされていたのかな?】
俺の言葉が相当気に障ったのか、目の前の少女の額にビキリと青筋が浮かんだ。
【記憶を失っただけならまだいい……。だが、あの方を悪く言うなアアアアアァァ!!】
彼女の激高と共に、肉体を流れる魔力の量が跳ねあがった。




