43.同調開始
「お兄ちゃん……?」
俺が魔力の同調を試みている気配を感じたのか、ミアが訝しげな声を上げる。
「少しだけでいい。時間を稼いでくれ」
「何を考えているかは分からないけど、任せて」
「ああ、任せた」
ミアはショートソードに眩いばかりの魔力を注ぎ込み、少女へと突進した。
地面を駆け抜けながら魔力を込めたナイフを数十本周囲に投擲し、それぞれが意思を持っているかの如く、少女に襲い掛かる。
【くっ……】
僅かに焦ったような声音を耳にした瞬間、体内魔力の濃度の上昇が緩やかになる。
あいつが決定的な何かをする前に、蹴りをつけなくてはならない。
俺はミアが奴の注意を引き付けている様子を見ながら、奴が放っている魔力と自身の魔力を同調させようと試みる。
あの時、エレムさんにしてもらった感覚を思い出せ。
自身の体が二つあるような、あの不思議な感覚を……。
少しずつ、少しずつ自身の波長と奴のそれを合わせていく。
丁寧に、慎重に、綻びなんて決して起こさないように。
ミアは巧みに空中を疾駆する数十本のナイフを手足の様に自在に操り、時に攻撃を弾き、時に少女の急所を切り裂くように闘っていた。
神の子供というのは、伊達なんかじゃあ、決してない。本気になった彼女はきっと、俺よりも強いのだから。
彼女は時折、多くのフェイントの中に極限にまで強化されたナイフを織り交ぜていた。切っ先に魔力を集中特化したそれを不用意に受け止めれば、ミアのナイフは奴の鎧を容赦なく切り裂くだろう。
【…………ッ】
それらの攻撃を受けるのはまずいと判断したのか奴は体を動かし、周囲を飛び回るナイフを迎撃しようと腕から魔力の塊を放出して振るった。
莫大な魔力に物を言わせたそれは、触れただけでナイフを蒸発させ、大気を震撼させるほどの衝撃を放った。
「きゃっ!」
小さな悲鳴を上げて、彼女は衝撃と共に吹き飛ばされた。
好機とばかりにミア本人に迫る少女だったが、それを母さんが許すはずもない。進行方向に障壁魔術を展開し、ミアが体制を立て直す指間を稼ぐ。
【……ッ!】
少女は僅かに眉間にしわを寄せ、うっとおしいとばかりに魔力の塊を腕に纏った状態で殴るが、そのことごとくを障壁魔術に弾き返されていた。
ミアと母さんが必死に少女からの猛攻を防いでいる間に、俺は冷静に、でも着実に、彼女との同調を進めていた。
そしてついに――
よし、……よし! 掴んだ!
――俺は同調が完了する。
「セアア!」
ミアはショートソードに魔力を込め、彼女に斬りかかっていた。
その剣筋は、父さんや俺と同じもので、少女に反撃の隙を見せる事の無い見事な連撃だった。
空中を奔る白金色の軌跡に巻き込まれないように、俺は少女の背後に回り込む。
探知魔術を発動させている者にとって、視覚情報はあくまで探知を補助する程度の感覚器官でしかない。
だが今、少女と魔力を同調させた俺の姿を、彼女は視覚や聴覚あるいは嗅覚でしか捉えることができない。
俺の意図を理解したのか、ミアと母さんは奴の行動を抑え込むように立ち回り始めた。
障壁で左右の退路を塞ぎ、正面から攻め込むミアに対して少女は殺意に満ちた拳を振るうが――
「アアアア!!」
――ミアが雄叫びを挙げショートソードをその拳にぶつけて衝撃を相殺した。
今だ!
一瞬動きが停止した奴へ向けて、俺は地面を蹴り上げ迫った。
「……ッ!」
この一撃で決める。
そう思った俺だったが、突如、その時は訪れてしまう。




