41.謎の敵
「セカイ、ここに来るまでに大分魔力を消耗したでしょう。これを飲んで少しでも回復させなさい」
瓶の中身は、緑色のドロッとした液体だった。
多分ポーションだろう。
母さんから瓶を受け取り、コルクを抜いて中身を一気にあおった。
「……っ!?」
口に含んだ瞬間、劇的なまでに魔力と体力が回復したことを感じる。
体感で8割ほどまで一気に魔力が戻った。
何だこれ!?
「母さん、これ何? すごい勢いで魔力と体力が回復したけど……」
いたずらが成功したと言う顔をして、母さんは上品に笑っていた。
「フフフ。それは良かった。村の周辺の薬草とか、魔物の素材を使って作った特製ポーションよ。完成するまでに数年寝かせる必要があるから、中々使えないんだけどね」
俺はとんでもなく貴重なものを飲ませてもらったのではないだろうか。
何だか少し申し訳ない気持ちになってしまう。
とは言え、これで魔力を問題なく使うことができる。
「父さんの戦いはどうなっているかな?」
俺の呟きに、母さんとミアは表情を陰らせた。
「それは……」
母さんが言い淀んでいることから察して、あまり戦況が良くないのかもしれない。
探知魔術を用いて、父さんが闘っている平原まで魔力を飛ばした。
「これは……?」
父さんは相変わらず敵と交戦していた。
だがその敵の数は減り、最初に9人いたはずの敵が3人にまで減っていた。
白衣の男と、もう2人。
あと少しだ、あと少しで父さんは勝利できる。
俺は一瞬そう楽観視したが、父さんの体の様子を見て考えを改めた。
「怪我をしてる……っ」
父さんもまた、満身創痍と言っても差し支えない状況のまま闘っていた。
このままでは、もしかしたら……っ。
「母さん。母さんが闘うことはできないの?」
俺は母さんならばもしかしたら、と思って尋ねたが、その首を横に振るった。
「私の力は、お父さんとは違って、戦いには向いていないわ。あくまでも結界を張ったり回復したりするのが私の得意分野。ある程度の速度の戦いにはついていけるけど、神同士の戦いについていけるほどじゃないの」
「そんな……」
俺は絶望が心に降り立つのを感じた。
歯がゆい気持ちを発散させるように、俺は口の奥を噛みしめた。
そんな時、突然村の上空から奇妙なものが下降してきているのを感知した。
「何……あれ!?」
ミアも同様に感知したようで、焦燥に満ちた声を上げる。
「…………」
母さんもその方向を厳しい表情で見つめていた。
俺は探知魔術で現れた謎の物体を感知していく。
人型をしているそれは、村に残った村長達の前にゆっくりと降り立った。
姿かたちは人間そのものにもかかわらず、そいつからは異様としか言えない気色の悪い気配が漂っていた。
遠く離れたここからでも分かる。アレは、到底まともな生命体ではない。
考えられることはただ一つ、あの白衣の男が関係しているに違いない……っ!
その人形は村長達の方へとゆっくりと歩いていき、ただ静かにそこに佇んでいた。
何故だ? あの男が差し向けた者ならば、村長達に何故手を挙げない?
村人は突然空から現れた人に恐れおののき、この山以外の場所に逃げていこうとしていた。
だが――
「「――――ッ!?」」
――走り去ろうとする村人が全員、唐突に息絶えた。
俺と母さん、ミアは同時に息を飲む。
何が起こった!?
俺は本当に突然起こった現象に理解が追い付かなかった。
多分毒物ではない。村人達は息絶えるまで、体の不調を感じさせるような動きはしていなかった。
一瞬で、糸が切れた人形のようにそこに倒れ伏し、息絶えていたのだ。
まずい、まずいまずいまずい!
こんな奴の相手ができるわけがない!
何を行っているかも分からない敵に勝てる見込みなどない。
どうか、どうかこっちに来ないでくれ……っ!
そんな俺の嘆願を嘲笑うかのように、人型の何かはこちらへ向けて飛翔した。
俺は歯を砕かんばかりに噛み、全力で周囲の村人へ叫んだ。
「皆! 敵がやってくる! 今すぐ後方へ逃げろおおおおおぉおぉ!」
村人達は突然声を荒げた俺に驚きつつも、状況を即座に理解したのか立ち上がって走り出した。
あいつは魔物ではない故に、母さんの結界は恐らく通用しない。
人形は案の定結界があることなど感じさせず、この山の領域に侵入してくる。
奴の姿一気に露になった。
瞬きの間に、俺達とその化け物の距離は潰れた。
「ハア!」
渾身の力を込めて剣を振るうが、化け物は俺の一撃を高密度の魔力で包まれた手で受け止めた。
轟! と衝撃波が生まれ、周囲の木々がざわめく。
目の前の化け物は、長い黒髪の少女だった。
日本人……なのか?
【お前は何なんだ!?】
日本語で眼前の敵に問いかける。すると何がおかしいのか、目の前の少女は嘲笑のようなものを顔に浮かべながら口を開いた。
【君と同じモルモットだよ。13番】
【どういう意味だ!?】
言いながら、俺は奴を強く弾き飛ばした。
その勢いに乗り、人形は大地に軽やかに降り立つ。
白い、薄布のようなワンピースと長い黒髪を風にはためかせた人型のそれは、俺達、いや、俺のことを忌々し気に見つめていた。
俺と母さん、ミアはもはや逃げることなどできないと悟り、臨戦態勢に入る。
次から次へと湧いてくる困難に怒りを抑えきれないが、それは目の前の敵にぶつければいい。
俺は剣を抜き、魔力を込めて人形へ向けて正眼に構えた。




