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40.俺がこの世界に存在する意味

 結界内へと入った俺達は、束の間の休息を得ることができた。

 俺が村に到着するより前に魔物に襲われて怪我をしていた人たちは母さんに治癒魔術をかけてもらっていた。

 初めて治癒魔術をかけてもらった村人は、見る見るうちにに治っていく傷に感嘆していた。


「おお、傷が治っていく……。これがシンシア様の治癒魔術か。ありがとうございます」

「俺もお願いして良いですか!? お代は後で野菜とかで払います! 畑は魔物にぶっ壊されっちゃいましたけど!」

「いやお前、それじゃ払えねえじゃねえか!」


 村人同士の掛け合いで、ドッと笑いが生まれた。

 少し前ならば、考えられない光景だ。

 母さんの前で冗談が言えるようになるとはな……。

 母さんの方を見ると、口に手を当ててくすくすと鈴を転がすような笑い声を上げていた。

 俺が母さんと村人達の様子を眺めて笑みを浮かべていると、隣に座っていたミアが俺の頬をつねってきた。

 痛いから止めてください。


「ま~た、お母さんの方を見てるね、お兄ちゃん。お母さんが好きすぎるのは良いけど、お母さん離れも覚えたほうが良いわよ」


 そう言ったミアは心なしかむすっとした表情をしていた。

 やきもちのようなものだろうか?

 別段母さんの方をミアよりも気にかけていたつもりはないのだが、彼女の眼には自分がないがしろにされているように映ったのかもしれない。


「ごめんよ、ミア。俺はミアの事もちゃんと見てるから」


 言いながら、ミアの頭を優しく撫でると、彼女は顔を紅く火照らせつつも満足そうに眼を細めて俺の手を受け入れていた。

 指が引っかかることがないくらいサラサラな白金色の髪をしばらく触っていると、母さんが何かの液体が入った瓶をこちらに持ってきた。


「セカイ、村の人達を連れてきてくれてありがとう」


「このくらいどうってことないよ」


 俺がしたことなど、この5年間の恩を考えれば大海の一滴にも満たない。

 そんな俺の言葉に、母さんはフルフルと首を振るった。


「そんなことないわ。……ここに来てから、村の人達は私達にとても良くしてくれたけど、こんな風に笑いあえたのは初めて……。あなたと、そしてミアのおかげよ。こんなに可愛くて優しい子ども達に恵まれるなんて、私達は本当に幸せだわ」


 母さんはしゃがみこみ、俺とミアの事をそっと抱きしめた。

 俺は彼女から感じる温もりがじわりと自身に伝わっていくにつれて、視界が少しずつ歪んでいくのを感じた。


 この惑星で目覚めてから父さんに助けられるまで、俺はこの世界に絶望し、生きることを放棄しようとしていた。

 地球の知識はあっても、何の思い出も覚えていない、人として欠陥品のゴミクズだった俺に生きる価値なんてないと思っていた。

 どうしてこんな世界に来てしまったんだろう。

 俺は何のために生きているんだろう。

 地面に倒れ伏しながら、俺はただひたすらに自分の空っぽの内面を見て、絶望していた。

 何か自分の中には無いのかと、欠片くらいなら残ってるのではないかという虚しい希望が、暗くて狭い心の中に吸い込まれていった。

 そんな伽藍洞の心もいつしか、父さん、母さん、ミアの存在で少しずつ、少しずつ埋まっていって、『俺』と言う人間が形成された。

 だから、そんな俺のことを子どもだと、家族だと言ってくれた彼らに、俺は少しでも何かを返したい。

 そんな思いを常に抱いて生きてきた。

 母さんの言葉は、俺の存在をこの世界に認めてくれたことと同義だった。

 俺がこの世界に来た意味はあったのだと、俺は彼らの役に立っているのだと言ってもらえて、俺は目から溢れる熱い想いを我慢することなどできなくなっていた。


「う……、ぐっ、ううぅ…………っ」


 母さんの肩を濡らし続けていることは分かっていても、止めることなど、今の俺には不可能だった。

 彼女は俺のことを責めず、ただ優しく、ポン、ポンと背中を叩きながら、暖かな抱擁と共に受け入れてくれた。

 しばらくして、ようやく俺が泣き止んだことを感じたのか、母さんは俺とミアに対する抱擁を解いた。

 目を赤く泣き腫らしていることは一目瞭然だっただろう。

 だが母さんもミアも、はっきりとはそのことを指摘してこなかった。

 不意に、左手がギュッと握られた。

 ミアがこちらを慈しむ様な表情を浮かべていた。

 俺はありがとうと言葉で返すことは無く、ただ無言で、手の温もりを強く握りしめる。

 俺達の一連の行動を見て微笑んでいた母さんが、思い出した、とでも言うように先ほどから手に持っていた瓶を俺へと渡してくる。


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