39.変化する価値観
「これは……」
「どうしたセカイ」
俺の様子が変わったことを察知したゴズさんが話しかけてきた。
「いえ、魔物が突然寄りつかなくなったんです。多分、シンシア様の結界が上には張ってあります」
村の周辺を覆うような大規模なものは父さん達の戦闘で破壊されてしまう危険性があるため、範囲を限局して展開しているのだろう。
「シンシア様の結界か。上に張ってあるってことはってことはもうすぐ着くんだな?」
「はい。そろそろ見えてくるはずなんですが……」
目で見ても、何故か家が視認できない。だが、探知魔術にはしっかりと家や母さん、ミアの反応があった。
この結界の外には出たことがなかったため知る由もなかったが、外から見ればただの森に見えるようにしてあったのかもしれない。
俺は気にせず歩を進めていくと、突然景色が変化し、見慣れた風景が眼前に広がった。
後ろを付いてきていた村人達も順に結界内に入り、皆口々に感想を述べていた。
「いきなり景色が変わった!」
「ここが、ジーク様達が住んでいる場所……。思ったよりも普通だな」
「何罰当たりなこと言ってんだお前」
「あ、おいあそこにいるの! シンシア様とミア様じゃないか?」
村人の一人が家の前を指さし、皆の注意がそちらを向いた。
家の前には母さんとミアが立っており、心なしかその表情は安堵の表情に見えた。
何度も死ぬかと思ったが、会えて良かった……。
俺も二人の顔を見て少し気が緩むのを感じた。
突然、ミアがこちらにものすごい速度で走り下ってきた。
え? 何いきなり怖いんですけど。
「お兄ちゃん!」
ミアはそう叫び、地面を蹴って俺へと飛びついてきた。
「ぐうっ!」
俺はいきなり抱きしめられ、その勢いのまま後ろに倒れそうになるが、ここは坂である。後ろに倒れようものなら転がってしまう危険性がある。
ミシリ、と骨が軋む音がしたが、何とか踏ん張り、俺はミアの突進の勢いを殺すことに成功した。
連戦のダメージが蓄積し、完全に肉体が悲鳴を上げていた。
と言うか、ミア。お前村人の前で『お兄ちゃん』は駄目だろう。ついさっき俺も感情が高ぶって『父さん』と『母さん』って言っちゃってたけど。
俺はすぐさまミアの肩を掴み、離れさせる。
その後すぐさま村人たちの方へ向き直って、
「いや、今のは何かの誤解です。争いは何も生みません。話し合いましょう」
と、先ほどまで魔物を屠ってきたとは思えないほど弱気になり、謝罪をした。
「…………」
「…………」
村人達の無言の視線が怖いです……。
俺が戦々恐々としていると、突然村人達は一斉に笑い出した。
さっき突撃してきたミア以上に怖い!
俺はいきなりの展開に頭がついていかず、どうしていいか分からなくなる。
「え? ええ? 何で笑うんですか!」
俺の困惑の声にゴズさんが村人を代表して答えてくれた。
「いや、なんて言えばいいのかな。俺達はジーク様達を尊敬しているがゆえに一歩線引きをしていた。この方たちは自分とは違う。自分がこの方達と対等なわけがないってな。……でもなセカイ、今のお前とミア様の様子を見て、何だかその線引きって馬鹿馬鹿しかったんじゃないかって、そう思っちまったんだ」
彼はそう言って、憑き物が落ちたような笑みを浮かべた。
その言葉に、俺はなんだか救われたような気持ちになった。
村長のような人もいれば、ゴズさん達のように考えを変えてくれる人もいるのだと。
考えを変えないことが悪いとは言わないが、それでも、父さん達は変えてくれた方が嬉しいと思うだろう。
俺の隣に立つミアも、信じられない物を見ているような顔をしている。
それほどまでに、今まで彼らはミア達に一歩引いた態度だったのだろう。
後方に立っている母さんも、ミアと同じような表情をしているかもしれないな。
そんな想像をして、俺は一人ニヤリと口角を上げた。




