3.常軌を逸した闘い
「ふざけるな……」
そう呟いたところで、体は動かない。
既に死に体だ。動かせるはずが、ない。
結局、諦めて受け入れるしかないのだろう。俺にこいつらを倒す体力も力もないことは明白だ。
奴らは武器を持っている。俺は持っていない。奴らは体力が余っている。俺には余っていない。
それが、悲しいくらいに無慈悲な現実だった。
「ゴォブ!!」
俺をここへ運んできた個体が、手にした棍棒を振りかざしていた。今度はどこを狙うつもりだろうか? おそらく、傷ついた右足を狙って、更に発狂する様を見るのではないだろうか。今の俺にできるのは、できる限り悲鳴を上げずに、こいつらが俺に飽きることを願うくらいだろう。
目をつむり、歯を食いしばり、来るであろう衝撃に備える。
「…………?」
しかしいつまでたってもその衝撃は来なく、代わりに俺の耳に入ってきた音は――
「ゴ、ゴッブウウウウ!?」
――奴らの叫び声だった。
恐る恐る目を開けると、腕を切られ血をまき散らしている奴と、一人の金髪の男が立っていた。
「■■■■■■」
彼の発した言葉は、聞いたことのないものだった。この世界にも人類が存在しているとは聞いていたが、こんな出会い方をするとは露ほども考えていなかった。
彼は黒く輝く剣を握りしめ、俺を弄んでいた生物達の首を一瞬で刎ねる。その数4。気が付いたら奴らの首は地に落ちており、その剣の軌道は、俺の目に映ることは無かった。
「「「ゴオオオオオオブウウウウウウウウウ!!!」」」
奴らは、仲間が一瞬で屠られたことに対して怒りを覚えているようであった。
洞穴の奥から、際限なく湧き出るように緑色の生物が溢れ出る。
こんな数に、人間が勝てるのか?
物量での攻撃は、もっとも単純かつ強力であることくらい、子供の俺にも分かる。
「ゴブ!」
「ゴブ!」
「ゴブブ!」
奴らは男の元へとたどり着くなり、手に持った武器を持って男を殺そうと力の限り振るってくる。
だが奴らの攻撃は一撃たりとも男に届くことは無く、男が通る道が奴らの死骸で満たされる。
男は全ての攻撃を卓越した剣技でいなし、ついでと言わんばかりに奴らの喉元を確実に切り裂いていった。
これなら、勝てるのかもしれない。
そんな考えを俺が抱いた時、俺の横を3匹の奴らが通り過ぎた。
奴らはボウガンのような武器を手にし、その標準は男の背中へと迷いなく向けている。
洞穴の外にも援軍は潜んでいたのだ。
このままでは男が死んでしまう。
そう思った俺は、言葉が伝わるはずもないのに男へと叫ぼうとするが、声がかすれて出なかった。
どうしてこんな時に……っ!
俺が叫ぼうとしたのと同時に、ボウガンの矢が放たれる。
放たれた3本の矢は男の背中へと飛来し、俺はその背中に矢が突き立ってしまう様が脳裏に浮かんだ。
しかし――
「「「ゴッ!?」」」
男は背中に目が付いていると言わんばかりに、こちらを振り向かずに体を捻らせ、回避する。
本来の到着地を見失った矢は仲間へと突き刺さり、刺さった奴は痛みで発狂していた。
男は左足のホルダーに装備していた小さなナイフを左手で3本取り出し、目の前の敵を相手取りながら、背中を向けた状態で手首をスナップさせてそれらを投擲した。
黒い軌跡を描いたナイフはボウガンを構えていたやつら3匹の頭蓋を追尾するかのように正確に捉え、粉砕した。
背後からの奇襲が、奴らにとっての最大の策だったのだろう。
それが打ち破られてからは、男を殺すためではなく、どうやってここから逃げるべきかを考えながら行動している個体もいた。
しかし、男は自身より後ろに通り過ぎることは決して許さず、男の横を通ろうとした者はただ1つの例外もなく喉を裂かれ地に伏した。
紛れもない、一方的な蹂躙だった。
こんな動きが、人間に可能なのか。
俺は文字通り目にも止まらない彼の動きに、心が揺れ動いていた。
数分もした頃には、地面は死骸の緑と血の赤で染まりきっていた。
男は黒い剣を腰の鞘に納め、こちらへと向かってくる。
「■■■■■■」
相変わらず彼の言葉は分からないが、こちらを心配そうな顔をしていることから、俺が生きているかを確認したいだけなのだろう。
俺は声が満足に出せず、言葉も通じないことが分かっていたため、頷きで彼に返事をした。
彼はほっと息を吐き、俺の体を持ち上げて肩にかけた。
そうして出口へと出ていき、俺は二度と拝むことができないと思っていた外の明るさに、思わず目を細める。
「■■■■■■!?」
出口から出てすぐに、男が焦ったような声を出す。
即座に俺のことをそっと地面に置き、前方へ向けて抜剣する。
いきなり何だ?
まだあの生物の生き残りがいたのか?
俺は混乱しつつも彼が向いている方へ視線を動かす。
すると――
「ガアアアアアアアアアアァァァ!!!!」
――遠くの空間が歪み、そこから天を衝くほどに巨大な黒い龍が姿を現していた。
男は剣を両手持ちにし、上段で構える。
そして同時に彼が発した言葉に、俺は耳を疑った。
「術式展開」
アクセス、コード……?
今の発音は、確かにそう聞こえた。いや、だがそれ以外の言葉は何も聞き取れなかったのだから、たまたま俺の耳が似た発音の言葉を聞き間違えただけかもしれない。
混乱する俺を置き去りにするように、事態は転々としていく。
男の剣は次第に黒く輝きを増していき、周囲に黒いオーラが吹き荒れる。
龍はそんな男に対抗するように口に白く光るエネルギーを貯めていき、男を一撃で屠らんとしていた。
「ガアアアアアアアアアア!!!!」
龍の咆哮と共に、口にためていた息吹が放たれる。
その息吹の余波で周囲の木々は消滅し、更地となる。
動物も植物も、その息吹の前では一切の区別なく等しく塵に返るであろうそれを、彼は迎撃する。
「■■■■■■!!!!」
彼もまた叫び、己の全てを賭して剣を振るう。
渾身の力を持って剣を振り下ろし、そこに圧縮していた黒いエネルギーが放たれる。
両者の技がぶつかり合い、周囲は目を開けることも困難なほどの光に包まれてしまう。
光が発生してから一呼吸おき、鼓膜を粉砕せんばかりの轟音と衝撃が周囲を襲った。
その衝撃によって、俺の意識はそこで途切れてしまった。
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