38.譲れない信念
村人は先程、俺がヘカトンケイルを倒したところを見ていたのだろう。
近づいていく俺へ向けて大きく手を振り、歓声を上げていた。
だが今はそんな場合ではない。
俺は足早に村人へと歩み寄り、感情に逆らうことなく怒りを発散する。
「いつまでここにいるつもりだ!? 山に向かってくれと俺は言ったはずだ!!」
俺へと向けていた歓声や笑顔が消え去り、皆委縮したような態度になる。
一転して重い空気が立ち込める中、ゴズさんが村人を掻き分けて前へ出てきた。
「す、すまない、セカイ。お前の考えは告げたんだが、村の人達の中にジーク様達が住んでいる山に足を踏みいれるなんてとんでもないという人がいて……」
俺の懸念は的中していた。
ゴズさんの言葉に沸々と心が泡立ってくるような感覚を覚える。
「どこの誰だ!? そんなことを言う奴は!? 今はそんな些末事を気にしている場合じゃないことぐらい分からないのか!?」
俺の言葉に、殺気立つ人達が一部見受けられた。
以前、俺がミアの事でもめた際にも怒りの感情を俺にぶつけてきた人達だ。
この人達は特に父さん達への崇拝の念が強いのだろう。だからこそ、些末事と評した俺に怒りが抑えきれない。
だが怒りを覚えているのは俺も同じだ。この程度の怒りを受けたところで、今の俺は引き下がろうなんて考えない。
絶対に、譲ってはいけない想いだってあるのだ。
殺気立つ俺の前に、村長が出てきた。
「セカイ。お前にわし達の何が分かるというのじゃ。たった5年間、ジーク様達の小間使いをしていただけじゃないか。この村はな、ジーク様やシンシア様、ミア様がいなかったら本来存在すらできないんじゃ。……わしがまだ幼い時だったが、ジーク様がこの村の皆を率いて村を作ってくれた日のことは今でもよーく覚えている。そんな神様に向けて無礼を働くぐらいなら、わしはここで死ぬことを選ぶよ」
「無礼だなんて、誰が決めた? 父さんや母さんがそう言ったのか!? あなたの勝手な思い込みの偶像がそう言っているだけじゃないのか!?」
少なくとも、俺が知っている彼らはそんな事で怒るような人ではない。勝手な思い込みで目や耳を塞いでいるだけにしか思えなかった。
そんな俺の言葉に、村長は静かに、落ち着いた口調で反論する。
「ジーク様達が無礼に思わないことなど知っておる。知った上で、我らは自身が無礼だと感じることをできないのじゃ。神が無礼に感じるかどうかではない。わしらがその行為を無礼に感じるかどうかじゃ。そこを誤解するでない」
父さん達が無礼に思うのが問題ではなく、自分が無礼に感じることが問題……?
本人が許してくれるのだから、それで良いのではないか?
そう口が動こうとしたが、咄嗟に口をつぐんだ。
本当は、俺は分かっていた。
向こうがそう思うからと言って、何でも許されるわけがないことぐらい分かっている。
俺が自分の意思を譲れないように、彼らもまた、譲れない信念があるのだろう。
「…………ッ」
俺はそれ以上何も言うことができず俯いてしまう。
じゃあ、どうすれば良いって言うんだ……?
村人全てを救うには、これしかないのに……。
「セカイ。お前には感謝しておる。お前が、村の人を救いたい一心で闘ってくれたことも分かっている。だが、わしはここから動かん。これはわしの我儘じゃ。だから、村の人達でわしのように思っていない人達は、どうか、ここから連れていって欲しい」
「……はいっ」
これ以上、俺には何も言う権利はないと思った。
このまま続けたところで、議論は平行線のまま永遠に終わることは無いだろう。
この村で生きてきた彼らには彼らなりの価値観がある。それを否定することができるのは、少なくとも他の惑星から来た俺の役目ではない。
「俺と一緒に山を登る人は、付いてきてくれ」
俺の言葉に、村人の三分の二程が反応した。残りの三分の一はここに残るという事だろう。
きっと、ここに残れば助からない。先ほどの様にヘカトンケイルが来てしまえば今の俺にはどうすることもできないしドラゴンやフェンリルなどは言わずもがなだ。
それでも、俺には彼らを否定することはできなくなっていた。
気落ちしている俺に、バーナードさんが近づいてきた。
「セカイ、気にしてはいけない。村長達は、自分の意志でここに残ると決めたんだ。決して、君が責任を感じることではないよ」
こちらを気遣っての言葉だとは分かっているが、少しだけ気持ちが軽くなった。
「はい……。ありがとうございます。バーナードさん」
気持ちを切り替え、俺は村人達を先導して山への入口へと進んだ。
周囲の魔物は俺がなけなしの魔力で探知魔術を用いて警戒する。
やはり、結界が壊されたことが影響しているのだろう。
いつもは殆ど魔物を見ないこの山でさえ、周囲には魔物が潜んでいることが分かった。
ゴブリン等の弱い魔物だけの場合、基本的にゴズさん達守衛の人に倒してもらった。
今の俺はヘカトンケイルとの戦闘で魔力の9割を消耗していた。よほどのことがない限り、戦闘は極力回避しなければ魔力切れで気絶してしまう。
山の中腹辺りまで来ると、突然魔物が寄ってこなくなった。




