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37.原初の巨人②

 空へと打ちあがった俺は、地面の状態を把握しようと、探知を広げる。


「ゴアアアアア!」


 空中で身動きが取れない俺に対して、ヘカトンケイルはその隆起した筋肉によって跳躍する。

 奴は俺よりも上へ飛び、両手を組んで俺を地面に叩きつけようと振りかぶる。

 …………あれだ!

 俺は目的の場所を見つけた後、探知魔術を解除して全身全霊の魔力を肉体に込めて耐久力を上げる。


「ゴオ!」


 気合と共に放たれた振り下ろしを、俺は体を丸め、僅かに向きを調整して受ける。

 全身が飛び散るような錯覚と共に俺は地面へ向けて叩きつけられ、目的の建物内に衝突する。


「が、あああアアあア!」


 木造の建築物の壁や床をぶち破り、建物を半壊させながらも俺は静止する。


「ぐ、うう……」


 体の節々が痛むが、全力で防御に徹したおかげかはっきりとした骨折は免れていた。もっとも、細かいヒビのようなものはあるかもしれないが、アドレナリンが大量に分泌されている今はあまり気にならないだろう。

 ここでいつまでも横たわっているわけにはいかない。

 奴は俺が生きていることが分かれば再び攻撃を仕掛けてくるだろう。それまでに、目的の物品を見つけなければ。

 俺は解除していた探知魔術を再行使し、目的の建物である酒場を探知し始めた。

 どこだ? どこにある?

 魔力を薄く、細かく広げ、物品の表面に書かれている文字すらも読み取る。

 …………見つけた!

 俺はそれを掴み、脚のホルダーにセットする。

 同時に、酒場内に置いてある剣を2本拝借した。

 一本を手に持ち、もう一本は鞘に納める。

 チャンスは一度きりだ。タイミングを良く見極めろ……っ!

 俺は息を殺し、半壊した建物の壁に身を寄せる。ヘカトンケイルは、この壁の向こうにある道をズシン、ズシンと音を鳴らして歩いていた。

 奴をこれ以上進ませるのはまずい。

 村の中心からこちらの様子は見えているのだろう。

 明らかに中心に集まっている人達は狼狽し、後方へと下がっていた。

 そのまま山を登ってくれればいいのだが、このヘカトンケイルをそのままにしておくわけにはいかない。

 奴が俺が潜む壁を通り過ぎ、完全に背を向けた瞬間、

 今だ!

 俺は壁をぶち破り、ヘカトンケイルの後ろから奇襲する。


「ゴオオア!」


 壁を破壊した音を鋭敏に感知したヘカトンケイルは、暴風を起こす勢いでこちらへと振り返る。

 俺は先程拝借した瓶数本を奴の顔面付近に放り投げ、一刀をもってその瓶を切り裂いた。

 切り裂かれた瓶はその中身を周囲にまき散らし、赤い粉塵が宙を舞った。


「ゴアアアアア!?」


 二の型――


「――散華!」

 

 二つの同時斬撃。

 一撃目で奴の両眼を横一文字に切り裂き、二撃目で鼻を切り落とした。


「はっ、はっ、はっ……っ!」


 俺は荒い息を吐きながら、ヘカトンケイルから距離を取る。

 奴は己の目をかきむしり、怒りの遠吠えを上げていた。


「ゴオオオオオオオオアア嗚呼アアアアアアァ!!!」


 先程投擲したものは香辛料の詰まった瓶だった。

 刺激物を目に直接浴びせられたヘカトンケイルは、目を開けていることが困難となり、自らその視界を塞いでしまった。

 俺はその間に両眼を叩き切ったのだ。

 人間の視界の情報量は87%と言われている。探知魔術が使える人ならばその情報量はそれほど大きなものではないかもしれないが、視界を情報の主力としているヘカトンケイルにとっては大きな痛手となる。


「ゴッ、ゴオオオオ……ッ!!」


 俺の場所など分からなくなったヘカトンケイルは、周囲をただがむしゃらに殴り始めた。

 無作為に、何の意味もなく、当たってくれと言わんばかりに、奴は攻撃をし続けている。

 死ぬのが、怖くなったのだろう。

 何も見えない世界で、いつ死ぬか分からないという状況にさらされ、ヘカトンケイルは恐怖していた。

 奴の体を覆っていた強大な魔力も、集中を乱した今では無残に消え去っていた。

 せめてもの情けだ。一撃で、仕留める。

 魔力を、体に少しずつ込めていく。

 丁寧に、確実に、細胞の一つ一つを満たすように。

 普段以上の魔術強度を得るために、ただただ愚直に、込められる場所全てに魔力を注ぎ込んでいく。

 手にした剣もまた、原子の一つ一つに魔力が伝搬し、赤い輝きを放っていた。

 四の型――

 狙いを切っ先に捉え、剣を上段に構える。

 俺は大地を蹴り上げ、奴の頭部を目掛けて跳躍した。


「――閃華」


 俺自身の最高速度の一撃を持った刺突により、ヘカトンケイルはその頭部を散らして絶命した。

 頭部を失い、コントロールが放棄された体は後ろへ倒れ、大きな地響きと共にその役目を終えた。


「ふう……」


 俺は小さく息を吐き、限界を超えた魔力と刺突に耐え切れなかった剣を地面に放り投げる。

 パリン、と軽い音を立てて、赤く輝く破片が周囲に飛び散った。

 これで、ひとまずは――。

 俺は大きな達成感を胸に抱きしめ、村人のいる中心へと歩を進めた。


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