36.原初の巨人①
体感時間で一時間は経つが、俺はなおも村へと攻撃を仕掛けてこようとする魔物を狩り続けていた。
「ぜっ! はあ……っ! はあ……っ!」
流石に長時間ぶっ続けで動いていると疲労が蓄積していく。
村の外周からくる魔物を一人で全滅させるなど、本来無茶なことなのだから仕方がないが。
「くそ……っ! 村の人達は何で動こうとしない!?」
疲労の蓄積に拍車をかけているのは、村の人達が一向に山へと向かわないことからくる精神的負担だった。
非常に遺憾だが、俺は村の人が考えていることが手に取るように分かってしまっていた。
神が住んでいる山に自分たち人間が足を踏み入れて良いのか、というくだらない考えだろう。
ふざけるな。
こんな時にまで、彼らは神への誤った信仰心を捨てきれずにいるのだ。
そんなこと、彼らは求めていないというのに。
糞が……。俺はこれからどうする?
一体いつまでここで戦い続ければ良いのか、想像もつかない。
このままでは、やがて俺の体力が尽きることなど火を見るよりも明らかだった。
それなら、俺が直接護衛をして山を登ったほうが良い。
そう考えた俺は村人達を直接誘導しようと踵を返した。
だが、一瞬で探知に引っかかった存在にその考えを反転させられる。
「何で……っ! このタイミングなんだ!」
俺は上空より飛来する魔物に最大限の集中を注ぐ。
巨大な体躯を持った魔物は俺の目の前に着地し、その自重で地面にクレーターを作り地響きを起こす。
その衝撃で発生した風圧で灰色の髪が後ろになびいた。
いることは理解していた。
いつか、ここに来てしまうことも分かっていた。
だがそれでも、いざ相対してしまうと、恐怖で脚がすくんでしまいそうになる。
「ヘカトンケイル……っ!」
原初の時代より存在する巨人の魔物。
魔力で強化された肉体は魔物の中でも随一の破壊力を誇り、その動体視力は人間のそれをはるかに凌駕している。
唯一の弱点は、奴は魔力コントロールが雑すぎて探知魔術を使えないこと。自身の視界に入ったもの以外は認知できないのだ。もっとも、それも場合によっては弱点ではない。探知魔術に回している分の魔力を肉体に回しているということは、それだけ魔術強度を強化することにもつながるのである。
俺は剣を握りしめて正眼に構える。
このクラスの魔物になると、今までの強化魔術は通用しないと思っていい。
ならば、今ここで限界を超える必要がある。
より強く、より濃く、心臓から魔力を流せ。
体が、武器が、堪えきれないほどの悲鳴を上げるまで。
「ゴアアア阿ア亜アァ!!」
魔力の密度を高め続けている俺に構わず、ヘカトンケイルは右拳を振るってくる。
巨大な右腕はその尋常ではない速度によって大気が爆ぜさせ、奴の右腕は一瞬で炎に包まれた。
ボッ、と炎が燃え上がる拳を、俺は避けようとバックステップを行う。
ドガン! と重厚な音を立て、俺の立っていた場所が粉砕された。
馬鹿げた力だ。もしも人がまともにくらえば一撃でその命を散らすことになるだろう。
地面が粉砕され砂埃が周囲に立ち込め、両者の物理的視界は塞がれた。
刹那、砂埃をその巨大な体躯で薙ぎ払い、奴はこちらへと突貫してきた。
「ゴオオオオオオォォオオオオオ!」
その巨大な体躯に似合わぬ高速の拳撃を、俺は全身全霊を込めて逸らし続ける。
「ぐ……おおっ!!」
まだだ、この程度の攻撃で死んでやることはできない!
右へ、左へ、また左へ、奴の攻撃する腕の側面を叩き続け、自身の周りの大地が砕け散っていく。
このままでは、俺か奴の体力、どちらの方が尽きるかの勝負になってしまう。
そうなってしまうと、つい先刻まで体力を消耗し続けた俺の旗色が悪いことは確実だった。
くそっ! 何か、何かないのか!?
焦燥を感じた俺のことを嘲笑うかのように、地面をえぐるような巨塊が俺へと飛来する。
「がっ――!?」
奴の拳を逸らし続けることに全神経を集中していた俺は、ヘカトンケイルが拳に織り交ぜてきた蹴りに対応することができずに、上空へと打ち上げられる。
何とか剣を構えることでその衝撃を多少殺すことには成功したが、剣は衝撃に耐えきれずに粉砕された。




