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35.爆発的成長

 男の手が俺に触れようとした瞬間、

 ザンッ、と黒い斬撃が俺と男の手の間を分断する。


「ちっ! 《着装》」


 男がそう呟くと同時に、奴の体はフルフェイスの黒い何かに覆われた。


「ふっ」


 軽い吐息を漏らしながら、父さんは男に黒い斬撃を幾重にも浴びせる。

 父さんが何故ここに?

 さっきまでの敵はどうしたんだ。

 俺は魔力探知を行い周囲を見通すと、魔力によって形成された檻が8個存在していることが分かった。

 だが、それも長くは持たないだろう。

 今もなお、檻の内側からは世界を破壊せんばかりの攻撃が行われていることが感じられる。

 剣を振る速度が速すぎて、父さんが剣を振るうたびに大気が爆ぜている。

 視認すら困難な斬撃の嵐を、奴はかろうじて防いでいた。


【はっ、ははハハハははハハ! 流石はこの世界最強の神だ! とてもじゃないが、俺一人で倒せるわけがねえ!】


「セカイ! 今のうちに行け!」


 父さんの声に弾かれるように、俺は踵を返して村の方角へ向かうために大地を蹴った。

 平原から森へ入ったあたりで、魔力で作られていた檻が崩壊され、9人の敵が一斉に父さんへと襲い掛かっていく様子を感知した。


「父さん……っ!」


 俺は自身の力の無さがもどかしくなり、思わず拳に力が入る。

 俺がもっと強ければ、父さんと一緒に戦えるのに。

 だが現実は、戦闘を視界に捉えることすら今の俺にはできなかった。

 俺があの場に残ったところで、父さんの役に立つことはできない。それどころか、きっと足手まといになることは分かりきっていた。

 だからこそ、今は村に来るであろう魔物から村人を守ることが、父さんに対する精一杯の援護だろう。

 俺は血を拳からポタリ、ポタリと地面に垂らしながら、村へと押し寄せようとするゴブリンやリザードマンを背後から音もなく屠っていく。

 後ろ髪退かれる思いを感じながら全速力で森を駆け抜け、村の外周にたどり着いた時には既に戦闘が始まっていた。


「くそ! こいつら倒しても倒しても湧いてきやがる!」

「ジーク様は一体何と戦っているんだ!?」

「シンシア様の結界も破れちまったし、これから俺達はどうなるんだよぉ!」


 村の男達は各々剣や槍を持ちながら、村に押し寄せるゴブリンと対峙していた。

 幸い、死者はまだ出ていないようだ。


「しっ!」


 俺は魔力の出力を限界ぎりぎりまで上げ、村を襲おうとするゴブリンやリザードマン、コボルトの群れを瞬く間に蹴散らしていく。

 極限状態の中、自身の能力が剣を一振りするごとに向上していく感覚がある。

 まだだ……っ!

 もっと、もっと強く!

 この程度では、奴らの足元にも及ばない!


「グロアアアア!」


 100mほど前方にはつい先日俺とミアが倒した魔物、グリフォンの群れが見える。

 その数は10体に及んでいた。


「グゴオォ!」


 上空を飛んでいた5体はこちらへ風魔術を放ってくる。視界全てが、風魔術に覆われるほどの数がこちらへと飛来してくる。

 だが、遅すぎる。

 神経の研ぎ澄まされた俺は相手の風魔術がまるで止まっているかのような感覚になる。

 数十の風魔術の弾幕を最小限の動きでかわし、かわし切れないものは魔力を纏わせた剣で魔術に干渉して軌道を逸らす。


「ゴア!?」


 驚いているグリフォンに俺は無意識に自分と、そして相手に向けて嘲笑してしまう。

 何をこの程度で驚いている?

 こんな程度ではまだ足りない。

 もっと、もっとだ!


「「ゴガアアアア!」」


 10体ものグリフォンが俺を取り囲み、一斉にその鋭利な爪で攻撃を放ってくる。

 だから、遅い!

 三の型――


「――万華(ばんか)!」


 相手の頸部を狙い撃ちして、周囲に球状の次元の壁を形成した。頭部と胴体の間に異なる次元の壁が挟まれたことで、ドササ、と鈍い音を立ててグリフォンの首が大量に落ちた。

 グリフォンを倒したところで、村周辺に押し寄せていた木っ端な魔物は全て倒せたことを感知する。

 同時に、集中が途切れて村人達の声が聞こえてきた。


「セカイだ! セカイがやってくれた!」

「流石に普段から戦ってるやつは違うな!」

「ありがとうセカイ! 今度酒飲もうぜ!」


 今の俺にとっては弱い魔物でも、普段農業をやっているような非戦闘員には厳しい戦いであることは明白だ。

 そのことを考えれば、少しは俺が来た意味もあったのだろう。

 掃討した魔物はどれも弱いものばかりだった。強力な魔物は、平原の戦いに恐れおののきこちらへと来ていないようだ。

 それならそれで幸いだった。

 今までにない速度で自分が成長しているのは感じるが、龍種やヘカトンケイル、フェンリルと一騎打ちして勝利できる段階まで到達できているかどうかは定かではない。

 少し一息ついている俺に、皮鎧と槍を持ったゴズさんが近づいてきた。


「セカイ! 村のために戦ってくれてありがとう。怪我はしてないか?」


 ゴズさんの労いに、少しだけ頬が緩むのを感じる。


「大丈夫ですよ。それより、村の人を避難させてください。ここにいては危険だ」


 今は来ていなくても、いつ強力な魔物が来るのかは分からない。今は一刻も早くここから離脱しなければ……。


「どこに避難すれば良い? この後ろにはジーク様達の家がある山しかないぞ」


 村より前は今ジーク達の戦場となっているため論外。村の両側も結界が破られた今となっては危険地帯と化している。


「その山を登ってください。登った先に一軒家があるはずです。シンシア様とミア様なら、村の人達を問題なく守れるだけの力がある」


 母さんも父さんと同じ神なのだから、その能力は人間の俺よりもはるかに上のはずだ。ならば、魔物から村人を守ることなど造作もないだろう。


「わ、分かった! 村の人に伝えてくる! セカイはどうする? このまま戦い続けるなら、俺達守衛が手伝った方が良いんじゃないか?」


「気持ちだけで十分です。それよりもゴズさん達は村の人達を安全に山まで運んでください。大分パニックになっているみたいです」


 探知魔術で村の様子を探ると、大部分の人は村の中心へと集まっていたが、どこに行けば分からない一部の人は村の中を右往左往しているようだった。

 結界が破られたことなど今までなかったのだろう。

 この異常な状況に、冷静に動ける人の方が稀有なのは仕方がないことだ。


「分かった。……セカイ、死ぬなよ」


 ゴズさんは唐突にそんなことを言って、この場を去っていった。

 何故だかおかしくなってしまい、少しだけ笑ってしまった。


「ハハハ。死にませんよ、こんなところで」


 そんなに俺の顔は今から死地に向かうような顔をしていたのだろうか?

 そんな自覚はないが、強張っている顔がそのように見えたのかもしれない。

 当然のことだが、死ぬつもりなど毛頭ない。

 生き抜いて、父さんと、母さんと、ミアと、そして村の皆と、また笑っていつもの日常を過ごすんだ。

 だから父さん――

 俺は父さんが闘っている平原へと視線を飛ばす。

 今もなお、天変地異規模の魔術が飛び交い、この世界全てが破壊されるんじゃないかと言わんばかりの衝撃が周囲に伝搬する。

 ――絶対に負けないでくれ。

 俺は一人闘う父さんへ向けて、ただひたすらにそう願った。


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