34.神位掌握
その光の発生と共に、世界が割れんばかりの衝撃が周囲を襲った。
ミシリ、とこの村周辺を囲んでいた結界が軋む音が響いた。
「これは……っ!?」
光が収まった時、6番と呼ばれた少女は頭髪が白く染まり、体に収まりきらなかった雷を周囲に漏らしていた。
ただそこに存在しているだけで、ビリビリとした威圧感が肌を刺激する。
これは明らかに……っ!
【幸運だな? 少年。お前は今、神話を体験している】
彼女が放つ魔力は人が持てる魔力の限界などとうに超えていることをまざまざと見せつけていた。
呆然とする俺に、白衣の男は無慈悲な宣告をする。
【素直に話していれば、死ななかったものを……。6番、殺せ】
男の命令に、無機質な声音で彼女は応える。
【アクセプト。これより前方の敵を排除します。】
6番は先程の光によって丸くくりぬかれた雲の合間に手をかざし、ただ一言のみ告げた。
【神の雷】
瞬間、空から幾本もの閃光が彼女の右手に襲来する。
通常の雷の比ではない轟音が鳴り響き、彼女の右手から頭上には巨大な雷球が形成された。
あれに指一本でも触れようものなら、俺は間違いなく原子の塵まで崩壊させられる。そう断言出来る程に異常な魔力の密度だった。
彼女はその人知を超越した技に何の思い入れも、感慨もなく、その辺の石ころを捨てるようにこちらへと放ってくる。
魔力で強化した視力により、いくばくかスローモーションになった世界で俺は、その雷をただ眺めることしかできなかった。
こんなところで……、何の意味もなく俺は死ぬのか。
後僅か一歩分の距離まで雷球が迫り、俺の存在が世界から消失しようとしたその時――
「斬華アアアアァァァ!」
――雷球が黒い斬撃によって引き裂かれた。
雷が俺の両側を通り大地を消滅し尽くしたところで、頭にこの5年間慣れ親しんだ重みがポンと乗るのを感じた。
「ようセカイ。大丈夫か?」
「父さん!? ……どうしてここに来たんだ!? 危険なことくらい分かるだろ!」
俺は父さんがここに来てくれたことに一瞬安堵してしまうが、すぐにそれは焦燥へと変化する。
この敵の能力は、父さんにも届き得るかもしれない。
ならば、父さんの最善は家族を連れてここから離脱することだったはずだ。
少なくとも、俺一人を助けるためにここに来る必要はなかった。
それなのに……っ!
「セカイ、ここには逃げる場所なんてねーよ。お前は村の人を守れ。こいつらの相手は俺がする」
淡々と、平然と父さんは指示を行う。
先ほどの魔力を父さんも感じていたはずだ。
にも関わらず、彼の言葉には一抹の不安すら感じさせない自信があった。
父さんの言葉を聞き、白衣の男が驚愕したような表情を浮かべ、目を見開いていた。
流石に、先ほどの一撃を防がれたのは予想外だっただろうか?
【セカイ……? お前、もしかして13番か……?】
男の言葉に、全身の血の気が引くような感覚がした。
13番?
その数字で思い起こされたのは、俺が転生した初日の事だった。
【No.013 惺恢】
俺がその時着ていた衣服には、確かにそう刺繍がされていた。
俺は、俺は一体なんだ?
白衣の男は俺のことを知っているのか?
【ハ、ハハははハはははハハハハ! これは驚いた! まさかこんなとこ――っ!】
男が反射的に上体を下げる。
男が話している隙に、父さんは瞬時に背後に移動してその首を一刀の下に切り落とそうとしていた。
それを察知した男は父さんの攻撃をかわし、蹴りによる反撃を行う。
「ぐっ!」
父さんはその蹴りを腕を交差させることで防ぎ、その勢いを利用して距離を取る。
【人が話している途中で攻撃するなんて……。常識の無い神だ。何たる傲慢さ! まるで人の話を聞きやしない。こんな俗物が世界を創造した一柱なんて……、信じがたい限りだ】
やれやれと顔を手で覆い、首を振る男。
「何言ってるか分からねえけど、馬鹿にされてるのだけは伝わった」
父さんは油断なく、黒く光を反射している剣を正眼に構える。
【話の聞かない神だ。穏便に済ませる必要もねえ。お前ら、この傲慢な神を殺せ。ただし、肉体は消滅させるな】
男の呼びかけと共に、どこからか男3人、女3人が現れ、最初の能面のような男と目の前の女、そして白衣の男を合わせて敵の数が9人になる。
どこにこれだけの数を潜ませていた……っ!?
こいつらは存在自体が薄気味悪すぎる。
恐らく、息をするように認識阻害魔術を行使していると考えられるが、どんな集中力をしてやがる……っ!
とても同じ人間とは思えなかった。
いや、先ほどの人外の力を見るに、もしかしたら人間ではない可能性ほうが高い。
【【術式展開 神位掌握】】
ふざけ……、やがって……っ!
6番以外の少女も同様に理解できない呪文を唱え、天より光が降り立つ。
一人の時でさえ結界は軋む音を立てていたのに、さらに7人もの力を受ければ、崩壊するのは当然だった。
鈴の音を連想させるような軽い音をたて、結界が割れる。
天が裂け、大地は割れ、宙は悲鳴を上げた。
「これは……」
俺はこの5年間、一度も見ることがなかった結界の外を目に焼き付ける。
ドラゴンが、ヘカトンケイルが、フェンリルが、人間の到底及ばない化け物どもが、村の周囲にはひしめき合っていた。
だがそれでも、この化け物達でさえ目の前の人外には畏怖しているようだった。
白衣の男以外の8人の化け物が、同時に父さんへと襲い掛かる。
「父さん!」
焦る俺の声に対し、父さんは安心させるように笑う。
「セカイ、俺なら大丈夫だ。 神器解放! 最終段階!!」
人外に対抗するため、父さんも今まで見せることのなかった力を解放する。
解放した瞬間、存在の密度が数段引きあがる。
それこそ、この人外どもに引けを取らないレベルまで。
両者の姿は視界から消え失せ、俺は雷が、焔が、水が、嵐が、土塊が、黒い斬撃が舞い踊る戦場を、ただ眺めることしかできない。
父さんと8人の人外が戦闘を繰り広げる中、白衣の男は俺へと歩を進める。
一歩間違えば即死する戦場を背に、散歩でもするように、軽々と。
【会えて嬉しいぜ、13番。お前と14番は特別だってのに、この惑星に移住したら2人ともいやがらねぇ。だが、お前がいれば問題ない。俺の計画は、お前らのうち1人がいれば十分に完遂できる】
そう言って、こちらへと手を伸ばしてくる男。
奴が何を言っているのか、俺には分からない。分からないが、今確かなことは、俺は何としてでもこの男から逃げなければならないということ。
「触るな!」
俺は男の手を振り払い、脚への身体強化を全開にする。
この男から少しでも離れなければ。
下手に動けば、父さん達の戦いに巻き込まれる危険性もあったが、この際気にしている場合ではない。
俺は地面を蹴り、後方へと下がろうとする。
だが――
【お前、誰に向かって歯向かってんだ?】
――男は俺の跳躍に合わせて飛び、空中で俺の頭は掴まれる。
「がっ!?」
掴まれた頭がミシミシと悲鳴を上げ、俺は男に地面に叩きつけられた。
叩きつけられた地面が凹み、クレーターが出来上がる。
「ご、ごほっ!」
口から血がせり上げ、宙へ赤が飛び散った。
くそ……、逃げることすら、叶わないのか。
俺は地面に横たわり、目の前に降り立った男を絶望を込めた瞳で見つめた。




