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32.願わくば、この瞬間を永遠に

「なんとなく、分かってはいたよ。ヒントはあったんだ。村人の態度は勿論だけど、あの村にある教会。あそこに何があるのか、俺はこの5年間入っていないから確かめていないけど、あそこには父さん達の像か何かがあるんじゃないかな?」


 俺がここに来た時からあった教会。

 俺は最初、あそこが何の宗教かなんて考えていなかった。

 あの頃は言葉を覚えることや、この世界での常識を身に付けることに気を取られすぎて、そこまで頭が回っていなかったことが原因の一つだが。

 俺は村の人達が、この教会を利用している姿は殆ど見たことがなかった。

 その理由は何なのか?

 極端に信仰者が少なかったのかとも考えたが、それならわざわざこの村に場所を取ってまで教会を建てるかという疑問が残る。

 理由は単純明快だった。

 本物の神が傍にいるのだから、わざわざ教会に祈りを捧げる強い理由がこの村には無かったのだ。

 この村にある教会は、形骸化した象徴だろう。


「正解だ。あそこには、俺とシンシアの石像が入っている。だからこそ、セカイをあの教会に近づかせないようにとも言っておいたんだが、あまり意味はなかったみたいだな」


「何故、そこまで神であることを隠したかったの?」


 俺の中で最大の疑問は、何故彼らがここまでこの事実を話すのを躊躇っていたのかという点に尽きる。


「セカイ、君が、村人の様になってしまうんじゃないかと、俺達は不安で仕方がなかった。お前まで、俺達を遠ざけてしまうんじゃないかと考えてしまった」


 父さん達は、時折人間への憧れのようなものを見せる時があった。

 彼らは、神ではなく人間として生きたかった。

 だからこそ、人間である俺に一度縮まった距離を開けられることに恐怖を感じていたのかもしれない。


「ところで、父さん達は神だっていうけれど、俺の目から見たら普通の人間と変わらないんだけど」


 一緒に過ごした5年間、父さん達は人間と何ら変わりなく生きていた。

 村人の異常な態度や教会等のヒントが無ければ、俺はこの先も疑問を抱くことすらなかっただろう。

 神は、俺が思っていたよりも人間に近い存在なのだろうか?


「俺達が人間と大きく異なっている点の一つに、寿命が無いことが挙げられる」


「それって、不老ってこと?」


 だとしたら、一つの場所に居座り続けることは困難を極める上、人口の多い街や国にいてはいつか正体がばれてしまう危険性があるな。

 人間社会に溶け込むことを考えると、危険かもしれない。


「まあそういう事だ。今のミアの様に体が成熟するまでは成長するんだが、それ以降老化が止まってしまう」


「不老ではあっても、不死ではないの?」


 不老と不死は共に語られることの多い単語だと思うが、神は不死ではないのだろうか?


「それに関しては、本来は不死だった、と言うべきだろうな」


 どういうことだ?


「本来ってことは、今は違うんだね」


「ああ。これを見て欲しい」


 父さんはそう言って、椅子の傍に置いてある黒い剣を手に取った。

 いつも父さんが使っている剣だ。

 一度持たせてもらったことがあるが、重すぎて身体強化魔術無しではまともに振るうことができなかった。


「それは……?」


「…………」


 父さんは無言で剣の柄を差し出すように見せてきた。

 そこにあったのは、黒く染まった石のようなものだった。


「これは、神が人の次元にまで存在を落とした時に発生する楔石だ。本来神と人間の存在する次元ってのは全く異なるんだが、神がその次元を落として人間に近づこうとすればするほど、力を取りこぼしていく。その取りこぼした力の結晶体がこの楔石だ」


「つまり、その取りこぼした力の中に不死も含まれているってことだね?」


 俺の言葉に、父さんは頷く。


「正解だ。この楔石を砕けば、俺達は本来の力を取り戻して天界に帰ることができるだろう」


 楔石は、神と人間の次元を繋ぎとめる、文字通り楔の役割を果たしているのか。


「そんなものを持っていたなんて、今まで知らなかったな」


 5年間一緒に住んでいたのに、全く気が付かなかった。

 母さんとミアにも、同じようなものがあるのだろうか。

 チラリと彼女達の方へ視線を向けると、母さんとミアは服の内側からするりと白く光る石を取りだした。

 なるほど。ペンダントの様にして肌身離さず持っていたのか。

 そこまで話したところで、父さんはふー、と深い息を吐きながら椅子の背もたれに背中を預けた。


「……取りあえず、俺から話せることは以上だが、聞いたうえで、セカイは俺達のことをどう思った?」


 それは一体どういう意味だろうか?


「どうって……、別に何も……」


 俺の言葉に、父さんは信じられないとでも言いたげに声を荒げた。


「何も!? 気持ち悪いとか、こんな奴らと一緒にいられるかとか、一緒に暮らすのが恐れ多いとか、何かしらないのか!?」


 むしろ何故その発想に至ったのか?

 そう考えたところで、俺は合点がいった。


「父さん、多分俺のことを勘違いしてるよ。もしも俺がこの世界の人間なら、多分、父さんのことを彼らと同じように敬って、同じ人間みたいに接することなんてなかったんだと思う」


 だが、俺はこの世界の人間ではない。全く異なる価値観を持った他の惑星の人間だ。


「でも、俺はこの世界の人間じゃないし、何より、この5年間、父さん達と一緒に過ごしてきた記憶が、想いがここにあるから。そんなことで俺の態度が変わったりはしないよ」


 彼らは、人間だ。他の誰が何と言おうと、彼らは俺の家族なのだ。

 それだけは、誰にも否定させやしない。


「だから、あんし――ごほっ!」


 安心してよ、と言おうとした瞬間、腹に急加速した物体Xがぶつかってきた。

 物体Xは白金色の髪を持った少女、と言うかミアだった。


「ミ、ミア……?」


「本当……?」


「……え?」


「だ・か・ら! 私達に対する態度は変えない? って聞いてるの!」


「か、変えません!」


 すごい形相をしているミアが怖くて、思わず敬語を使ってしまう。


「あ、態度変わってる!」


 ミアが目ざとく反応する。


「いや、今のは仕方ないだろ!?」


 あんな至近距離で睨まれたら誰だってああなるに決まっている。

 本当? とでも言いたげにジト目でこちらを見ていたミアだったが、突然、クスリと笑みを浮かべた。


「ありがとう、お兄ちゃん」


 彼女はそう言って、俺に優しく抱き着いてくる。


「別に……。これからも変わらずに家族でいるってだけじゃないか」


 ただそれだけの事なのに。

 ミアが、より一層抱きしめる力を強めてきた。


「それが、私達にとっては難しいことだって、何で分からないかなぁ……」


「俺にとっては、簡単なことだからだよ」


 そう言って、俺はミアを抱きしめ返す。

 しばらく抱きしめ合っていると、妙に生暖かい視線を感じた。

 あ、これなんか前にもあった。

 多分ゴブリンと戦って死にかけた後らへんに。


「父さん、母さん。ニヤニヤしてないでご飯にでもしない?」


「ええ。分かってるわ。今すぐ準備しちゃうから、ちょっと待っててね」


「いやはや、そこまで露骨にイチャイチャされると俺が恥ずかしいんだが」


 おいそこの金髪のおっさん。少しは母さんを見習え。掘り下げようとするな。


「べ、別にいちゃついてなんかないし!?」


 ミアは顔を茹蛸の様に赤くしながら、俺から離れた。

 ミアは父さんの方へ行き、さっきのはそういう意味じゃない、と熱弁しているが、父さんはからかう気しかないのか聞く耳を持っていなかった。母さんと俺はその様子を眺めて、しょうがない二人だね、とでも言うように、お互いに笑いあった。

 まるで、自分が本当の家族に向かい入れてもらえたような満足感が、俺の胸を駆け巡っていた。

 ……願わくば、この時間が永遠に続きますように。

 俺は部屋に響き渡る声に耳を傾けながら、そう心の中で願った。


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