31.家族の正体
エレムさんから認識阻害魔術のコツを教えてもらった後、俺は夕日で紅く染まった山を登っていた。
『今日の夜、お前に話したいことがある』
父さんは今日の朝、確かに俺にそう言った。
今日は俺の15歳の誕生日であり、俺が真実を教えてもらう約束の日でもある。
俺は4年前の母さんとの会話を思い出していた。
◇◇◇◇
「母さん達は、いったい何者なの?」
俺の問いかけに対して、母さんは口元に手を当ててしばしの間言葉を探していた。
やがて、震えた声音で、逆に俺に問いかけてくる。
「どうして、そんなことを聞くの?」
自分のことを俺と同じ人間だと即答せずに、質問に質問で返してきたことから、母さん達は人間ではないと自白しているようなものだった。
「村の人達がさ、普段は普通の人と同じように話しているんだけど、母さん達のことになると途端におかしくなる人が多いんだ。正直、あれは異常だと思う」
大部分の村人の母さん達への態度は狂信的なものがあった。
とても、同じ人間に向けるレベルの敬意とは到底思えない。
「それは……」
母さんも自覚はあったのか、俺の言葉を否定することは無かった。
代わりとばかりに、彼女はいきなり謝罪を始める。
「ごめんなさい……。ごめんなさい、セカイ」
「何で謝るのさ」
謝るくらいなら、俺に教えてくれよ。
「わ、私は、……怖い。私達のことを知って、あなたが私達から離れてしまうんじゃないかって。きっと、ジークとミアも同じ気持ちを持っていると思う」
そう言って、彼女は震える肩を両手で抱いていた。
これ以上は、母さんを無意味に追い詰めることになってしまう。
もう十分じゃないか。
取りあえずは、母さん達が人間じゃないことだけでも知れたのだから、今日はそれでいいじゃないか。
そう思ったが、自分の中に巣くう疑惑の感情が『それで良いのか?』と語りかけてくる。
『ジーク達は、お前のことを家族だと言いながら、隠し事をしているぞ? そんな奴らに気を使う必要があるのか?』
……黙れよ。
『お前は自分のことを全て話したのに、奴らはお前に自分たちのことを話さない』
いいから黙れ。
誰にでも話したくないことに一つくらいあるだろう。
『お前のことを信じていないから、言えないだけじゃないのか?』
黙れ!!
「セカイ……?」
母さんの声に、はっと我に返る。
「あ、ごめん。少しぼーっとしてたみたいだ。うん、そうだな……、母さん達が話したくないっていうなら、無理に聞き出そうとは思わないよ」
俺の声に、母さんは少なからずほっとしたようだった。
「ごめんね、セカイ。でもきっといつか、あなたに話すから」
「うん、ありがとう、母さん」
「いや、その内って言うとキリがないから、セカイが成人する日にしよう」
俺は突然降って沸いた声に驚いて後ろをばっと振り向く。
「父さん!? ……いつから聞いてたの?」
「『母さん達はいったい何者なの?』ってあたりから」
大事なところは殆ど聞いてるじゃないか、それ。
「ま、俺達にも心の準備ってものがあるし、あまり言いたいことでもない。それでも、セカイに聞いて欲しいって気持ちがあることも確かだ。だから、もう少し待ってくれないか、お前が成人する日には、必ず話すから……」
父さんはそう言って、俺の頭に手を優しく乗せる。
父さんの手は、ほんの少しだけ震えていた。
先ほどまでの憤る気持ちも収まり、俺は、心の中でどこか安心していた。
今、真実を知りたかったのも事実だが、今知ることができなくて安心したのもまた、事実だったのだ。
「分かった。その日まで、俺からこのことを聞いたりはしない。でも、15歳の誕生日の日に、全て隠さずに教えてもらうから」
「ああ。……約束だ」
父さんと俺は、一つの約束をして、お互いの拳をこつんとぶつけあった。
◇◇◇◇
この5年間ずっと住んできた家の扉を、俺は開けることができずにただ立っていた。
「すぅー、ふぅー」
気持ちを落ち着けるためにする深呼吸が、ここ最近癖になってきているのを感じる。
心臓がバクバクと脈打ち、今にも体の中から飛び出しそうな錯覚さえ起こしていた。
俺は胸の中心を右手を抑え、幾度か深呼吸を繰り返す。
「……よし。……行くか」
心臓の鼓動が気にしなくても良い程度には収まり、俺は扉を開ける。
ギィ、と普段なら気にも留めないような軽い音を耳に残しつつ、俺は家へと足を踏み入れた。
リビングは光の魔晶石を用いた明かりで隅々まで明るさが行き届いていた。
ソファには父さん、母さん、ミアが三人横並びになって座っている。
その表情は硬く、傍から見ても緊張しているのが丸分かりだった。
俺は彼らの向かい側にあるソファに腰かけた。
シン、とリビングが静まり返る。
静まり返るとは言ったが、ほんの一瞬、コンマ数秒にも満たないかもしれない。
ただ、それほどまでに、今この瞬間この場所の時間の密度が高く感じられた。
「あ~~、なんだ、その……」
静寂を破ったのは、父さんの気の抜けたような声だった。
「歯切れが悪いね」
俺は思わず、父さんに突っ込んでしまう。
「そ、そうは言ってもだな。どう話していいのか、分からないんだ」
何だか、父さんの姿がいつもと違い、弱弱しく見える。
「別に、いつも通りでいいよ。俺はただ、父さん達が何者なのか、それを知りたいんだ」
そう言いつつも、俺はある程度父さん達の正体は推測できていた。それこそ4年前からずっと。
「ああ、そうだな。いつも通りだ。こんな話、さっさと済ませてしまおう」
「そうね。その通りだわ」
母さんは父さんの不安を和らげようと、手を重ねた。
そんな母さんの後押しが聞いたのか、父さんは堰を切ったように話し始めた。
「まず、端的に俺達の正体から言おうか。俺達は、セカイ、君達人間とは違う。所謂神と呼ばれる存在だ。正直、お前は賢いから気が付いていたんじゃないかと俺は思っているんだが、実際どうなんだ?」
推測が、確定された瞬間だった。
父さん達が神、もしくはそれに類する存在であることは既に推測できて当然だった。




