表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/77

30.幕間:六大精霊王の寵愛を受けし者

 未踏破領域、アグスラ。

 本来人類が到達していないとされる領域において、蒼髪を持つ一人の青年と一つの荷車がガタゴトと荷物を揺らしながら進んでいた。

 荷車は風の精霊の力によって動かされ、ややデコボコした不格好な道を走っていた。

 当然、人類が来たことが無いのだから、道なんて在るはずもないのだが、青年がここに初めて来た時に勝手に道を作ってしまっていたようだ。

 青年は運転を風の精霊に委ねており、荷車の後ろに座って蒼い空を眺めていた。

 何やら、今にも歌いだしそうな気配さえする。


「良い天気だ」


 青年は誰に言うでもなくそう呟くが、青年以外の人が見たら、この風景を良い天気だなどと言うことはできないだろう。

 再三言うことになるが、ここは未踏破領域である。人類がこの地を開拓できないのは、単にこの場所に生息する魔物が強力すぎることに起因している。他に安全な土地があるのに、無理にここに国や街を作るメリットはないのだ。

 今青年が進んでいる道の周りには、ドラゴンやフェンリル、ヘカトンケイルなど、人が一生かけて鍛え上げても敵わないような魔物がたびたび顔を見せている。

 常人ならば彼らに見つかった瞬間、逃げることも敵わず惨殺されてしまうであろう怪物たちを視界に収めながら、青年は良い天気だな、などとふざけたことを言っているのである。

 だが、彼は常人ではない。人ではあるが、その極致と言っても良いだろう。

 六大精霊王全員の寵愛を受けている彼は、精霊に頼んで自身の存在を魔物達から隠してもらっていた。魔物達は彼の存在を認識することができないため、そもそも襲いようがないのだ。


「ご機嫌ね、エレム」


 突然、青年の隣に長い黒髪を風になびかせた少女の姿が現れる。

 少女の姿をしているものの、彼女は闇の精霊王本人だった。

 年は15歳ほどに見え、体のラインはすらりとしている。

 漆黒のワンピースを身に纏っており、特徴的な吊り目は時に冷たい印象を相手に持たせる。薄いピンク色の唇は薄く、それでいて妖艶な艶があった。


「そんな風に見えるか? シェイド」


 エレムは少女の出現に一切動じることなく、軽く笑みを浮かべながら彼女の方を向く。

「ええ。もう喜びが隠しきれていない感じだわ! こんな感じよ! こーんな!」


 妖艶な雰囲気を一瞬で捨て去り、少女は腕を大きく広げてエレムの浮かれ具合を表現した。

 そんな少女の様子を見て、エレムはくすくすと笑う。


「いやまあ、確かに面白い子を見つけられたけどさ」


「昨日の男の子でしょ? 確かに面白い子だったわね」


「シェイドもそう思うかい? あの子、本当に凄いよ。僕がした動きを簡単に真似してきただけじゃなく、魔力のコントロールも優れていた。しかも、あの年でこの世界の理を捻じ曲げる『魔法』の発現に片手を掛けていたよ。ああいう子が弟子だと教えがいがあるんだろうなあ」


「え? そこ?」


 シェイドは彼の言葉に思わず突っ込んでしまう。


「え? 逆に聞くけどシェイドはセカイのどこが面白かったの?」


「え~~っと…………」


 あれ、これ言っていいのかしら、とでも言いたげにシェイドは視線を宙に漂わせる。

 エレムは少女の手に自分の手を重ね、こちらを向かせる。


「シェイド、教えて」


 シェイドは青年に見つめられながら頼まれ、茹蛸の様に顔が真っ赤になっているのを感じた。

 彼女は一度青年から離れてやけくそ気味に喚き始める。


「あ~~、もう! そんな風に頼まれたら断れないって分かってやってるのが腹立つ! この精霊たらし! 他の精霊王もこうして落としたのね! でもそういうところも大好き! 愛してる!」


 そう言ってシェイドはエレムの胸に飛び込み、頭をぐりぐりと押し付ける。

 伊達に胸の中にいる少女と付き合いが長いわけではないエレムは、このような時に優しく頭を撫でてあげると更に機嫌が良くなるのを知っていた。


「ありがとう。僕も君のことを愛してるよ」


 頭を撫でながら、エレムは優しく語り掛ける。


「絶対他の精霊王の皆にも言ってるって分かってるのに! 嬉しくてたまらない! どうしてくれるの! 私のこの気持ち!」


「そう言われても……」


 エレムは困ったような笑みを浮かべる。

 そんな彼の様子を見て少し冷静さを取り戻したのか、シェイドは名残惜しく感じながらもエレムの胸から離れて隣に座り直した。


「まあ、別に良いわよ……」


 実際の所、精霊王である彼女たちは皆エレムの事を愛しており、一夫多妻についてはとっくに受け入れている。この一連の行動はあくまでエレムに甘えたいから行っているのである。今回に限って言えば、愛しの彼が他の人間に興味を持ってしまったことに対する嫉妬のようなものも含まれていた。

 これ以上はエレムを困らせてしまうと分かっている彼女は、件の少年について分かったことを言う。


「昨日のあの子、セカイって言ってたかしら? 結論から言えば、あの子、多分造り物よ」


「造り物? どういうことだ?」


 エレムはシェイドが言う言葉に僅かに目を見開く。

 エレムから見た彼の外見はどう見ても人間だった。


「断定はできないわ。ただ、あの子の魂とその器の大きさが、明らかに釣り合ってないの。魂の容器があまりにも大きすぎる。まるで……、そこに他の魂を入れることを想定しているような感じさえしたわ。普通はあんなチグハグな状態で生きているなんてありえない。存在しているのが奇跡みたいな状態よ」


 魂と容器は、普通表裏一体の物であり、その大きさが違うことなどあるはずがない。

 その大きさが違うことに、シェイドは大きな違和感を感じているようだった。

 だからこそ、彼女はセカイのことを人為的に生み出された何かだと思った。


「造り物、造り物ね……」


 エレムは呟きながら、セカイの姿を思い浮かべる。


「ん? もしかしたら……?」


「何? 何か気になることでもあった?」


 突然考え込み始めたエレムの顔を覗き込むシェイド。


「確か5年前、別な大陸に人間が大量に出現したことがあったよな?」


「ああ、精霊達が言ってたわね。何か、勝手に国を作ってるって話も聞いたわ。一体全体、どこから来たのかしら?」


 地球人は、原住民の生活をできる限り刺激しないようにするため、人類と思わしき生物が生息している大陸への転移は避けていた。

 多くの地球人にとって誤算だったのは、精霊と言う基本的に目に見えない存在と意思疎通を行える人間がこの惑星には存在していたことである。


「セカイの事を村で見るようになったのもその頃だった。それに村人の顔を見ても、彼と似たような顔はいなかった。恐らく孤児だと思う。だがこんな場所だぞ? どこから孤児が発生するっていうんだ」


「両親が死んでしまったっていう可能性は?」


「その可能性は否定しないけど、彼を見かけるようになった時期と人間が大陸に大量に出現した時期が一致しているのはただの偶然ではない気がする」


 エレムは一つ一つ推論を重ねていく。


「セカイを造り物だと言ったよな? それは俺達が知っているホムンクルスのようなものか?」


 この惑星には錬金術という学問が存在し、その学問の最終的な目標の一つにホムンクルス、所謂人造人間の創造がある。

 六大精霊王の寵愛を受けるエレムにでさえ、全く新しい生命を作り出す禁忌はできない。


「多分、そうなんじゃないかと思う。問題は、そんなことをできる存在は歴史上ただ一人しかいなかったってこと」


「始祖か……。だがあいつは僕が殺したはずだ。それに、始祖が作り出すホムンクルスには例外なく純度の高い魔晶石が核に使われていた。僕がセカイと魔力を同調させた時、彼の体にその核は無かった。それどころか、君に聞くまで普通の人間だと思っていたくらいだ」


 そう、セカイの体は普通の人間と何ら遜色の無いものだった。シェイドの言う、魂と器の大きさが極端に違うだけの人間。だが、自然に生まれたとは考えられない異常を持った人間だ。

「今話してるのはあくまでも推測の域を出ない話だ。仮に、もし仮にだぞ。彼が5年前に現れた人達に作られた存在だとしたら、そいつらは、僕らが想像することもできないような技術を持っているかもしれない。それこそ、神に匹敵するような何かを」


 神は確かに存在する。

 そのどれもが人知を凌駕した存在であり、六大精霊王でさえ、下級の神に勝てるかは分からない。何せ自分達を取り巻く世界を創造した存在なのだから。

 その神に匹敵するかもしれない人類がいるとは、エレムには到底思えない、思えないが、仮に命を無尽蔵に作り出せるのであれば、その人間はもはや、神と言って差し支えないのではないだろうか?

 この推論を確かめるためには、実際に見に行くしかない。


「よし、次の行き先は、その人間が突然現れた大陸だな」


 エレムはあっさりと、次の旅先を決定する。


「はあ!? さっき自分で神に匹敵するかもしれないって言ってたのに!? 馬鹿なの? 会った時から思ってたけど、エレムは馬鹿だわ!」


 馬鹿だと断定されて、エレムは苦い表情を浮かべる。


「いやまあ、自分でもその通りだとは思うけどさ。でも確かめたいんだ。今この世界に何が起こっているのかを……。今この世界は明らかにおかしくなってきている。魔物の動きや繁殖が以前よりも活発になってきているし、目に見えない毒素が発生している地域もあった。もしかしたらその原因もそこにいる人達が現れたことに関係しているんじゃないかなって僕は思うんだ」


 この世界は、5年ほど前から明らかな異常をきたしていた。

 魔物の大量発生と凶暴化、毒素の噴出などから始まった異常は、今もなお悪化の一途を辿り人間の営みを脅かしている。

 エレムは、その原因を探すことも目的として行商を続けている。


「勿論、無理にとは言わない。シェイドや他の皆が賛成してくれれば行こうかな、って程度の考えだよ。人間の僕の我儘に、君達を付き合わせるのは悪いからね」


 シェイドは彼の顔をジトっと見つめる。


「私達がエレムに反対したことなんて殆ど無いと思うんですけどー」


 彼女達はエレムを愛しているが故に、明らかに間違っているとき以外は反対しない。また、死んでも彼のことを守り切る覚悟があった。

 そんな彼女の言葉に、エレムは心底申し訳なさそうな顔をする。


「いつもごめんね。僕の勝手で振り回して」


 結局、エレムは自分の都合で彼女たち振り回している。

 そのことは痛いほどに理解できている。できてはいるのだが、それでも貫きたい想いもあった。

 彼は、この世界が好きで好きでしょうがなかった。

 その世界がおかしくなっているのだから、自分に何かできることがあるのであれば、力になりたいと思ってしまったのだ。


「ま、エレムの言いたいことは分かるし、世界最強の精霊たる私達が付いているんだから大船に乗ったつもりでいなさい。絶対にあなたのことは死なせないから」


 そう言って彼女は優し気にエレムに微笑む。

 夕日の明かりを浴びて、彼女の顔は一層美しく見えた。

 エレムは彼女の顔を見て頬が火照るのを感じ、前の夕日の方を向いて誤魔化そうとした。

 そんな彼の仕草の意味を理解したシェイドは、心に温かいものが流れていくのを感じる。

 大好きな人に自分を意識してもらえたことが、こんなに嬉しいと感じる。この感情を知れただけでも、彼に会えた自分の運命に感謝したい気持ちだった。

 二人はガタゴトと揺られながら、夕日へと進んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ