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29.認識阻害魔術

 模擬戦から少しして、俺とエレムさんは村のはずれに移動していた。


「セカイ、約束通り、認識阻害の魔術を教えよう」


「お願いします!」


 俺は精一杯気合を入れて返事した。


「まずこの魔術の利点は体験してもらった通りだと思う。一瞬敵から認識されないということは、その一瞬で相手を殺せるということに繋がる。これは良いね?」


「はい」


 俺は先程、二度も認識阻害をされてエレムさんの姿を見失ってしまった。

 本来の戦闘であれば、俺は既に二回殺されていたということだ。


「欠点を強いて挙げれば、この魔術はとても繊細な魔力コントロールを必要としているんだけど、セカイなら何の問題もないだろう。君の魔力コントロールは既に達人と言っても良い域に達しているよ」


「本当ですか!?」


 俺は今まで比べる対象が父さんやミアしかいなかったため、客観的に自身の実力を測ることができなかった。

 エレムさんに魔力コントロールを褒められて、素直に温かい気持ちが胸に溢れてきた。


「こんなことで嘘なんて言わないよ。君の強さは本物だ。よっぽど良い師匠が付いているんだろうね」


 エレムさんの言葉に、俺は思わず口をつぐんでしまう。


「…………」


「誤解しないで欲しいけど、誘導尋問しようとかそんなつもりはないよ。この村がおかしいことなんて、僕はずっと前から知っていたんだから」


 彼の言葉に俺は俯いていた顔を上げる。


「そうなんですか?」


「君はここが大陸のどこにあるか知っているかい? 未踏破領域・アグスラって呼ばれる場所さ。本来、人類が到達していないとされる場所にこの村はあるんだ」


「でも、エレムさんはここに来ていますよね?」


「僕は自分で言うのもなんだけど、例外中の例外だよ。たまたま隠密性に長けた魔術が得意なだけだ」


 この口ぶりから察するに、エレムさんは認識阻害以外にも、隠密性に長けた魔術を使えるのだろう。


「ま、そうでもしなきゃ来れない場所なんだよ、ここは。そんな場所に村があるなんて、最初は信じられなかった。でも、実際に彼らはここに住んでいる。それに、ここに貼ってある結界も相当なものだ。とても人間が張ったとは思えない出来だ。周囲の龍種やその他の魔物に、入りたくないと本能的に思わせる結界なんて、ここに来るまで見たことも聞いたこともない。それでも強力すぎる魔物、例えば伝説の祖黒龍とか、もしくは警戒心が乏しい魔物には効かないんじゃないかな」


 ゴブリンなどは、知能が低いことから警戒心が低く、ここに迷い込んでしまうのかもしれない。

 俺はエレムさんの話す内容が興味深いものなので、真剣に聞き入ってしまう。


「それに、君がさっき持ってきた龍種の鱗の数は、とても落ちているものを拾ってきたなんて量じゃないぞ。明らかに誰かが龍種を倒していると言っているようなものだ。僕はもしかしたら君が、と思って模擬戦をさせてもらったけど、君は強いが龍を単騎で倒せるほどではなかった。ならば、君に戦い方を教えている人がその正体なんだろう?」


 エレムさんは得られた情報から正確に、父さんや母さんの存在を認識しているようだった。


「…………」


 俺は肯定も否定もせずただ黙り込む。

 そんな俺を見て、彼は優し気な笑みを浮かべた。


「ま、僕の考えが合っているかどうかなんてどうでもいい。それより、認識阻害魔術の話を続けようか」


 彼が明らかに俺に気を使ってくれているのが分かる。俺が何も言えないということを察してくれたのだろう。


「はい……」


「この魔術は、相手の探知魔術の魔力を、正確に相手に返さないことで成立している。この魔力を相手に気付かれないように逸らすのが難しくてね」


「魔力を逸らす?」


「習うより慣れろ、かな。僕が探知魔術を使うから、セカイはそれを感じ取ってみてくれ」


 エレムさんはそう言って、探知魔術を付近にを張り巡らせていく。

 確かに、エレムさんの魔力を感じることができる。


「僕の魔力を感じることはできたみたいだね。これから君には、他人の魔力を操作するコツを体験してもらう」


「他人の魔力を操作するなんてことができるんですか?」


 今まで俺は自分の魔力と他人の魔力が干渉するなんて考えたこともなかった。

 だが、彼が言うには干渉は可能らしい。


「勿論、誰にだってできる技術じゃないけれど、君ならできるさ。それは実際に戦った僕が保証する」


「ええと、ありがとうございます? それで、どうすればいいんですか?」


「まず、魔力の同調を覚えてもらう。僕の手を握って」


 スッとエレムさんが右手を差し出してきた。

 俺は黙ってその手を握る。


「よし、今から僕が君の体の魔力と同調するから、その感覚を良く覚えておいて」


「分かりました」


「いくよ」


 彼がそう言うと同時に、俺は右手の魔力が他の魔力と繋がったことを感じた。


「これは……ッ!」


 俺の反応を見て、エレムさんは楽しそうに笑う。


「不思議な感覚だろう? まるで体が二つあるみたいな感じがしてさ」


 これが、魔力の同調か。

 本来全く異なる別の魔力が混ざり合って、一つになっているのを感じる。


「確かに、今まで経験したことのない感じがします」


「これが魔力の同調。これを相手が放っている魔力に対して行うことで自身の肉体に触れる魔力を透過させて、本来探知できるものを探知できなくする。つまり、本当はあるのに、何もないって思わせることができるんだ」


 なるほど。

 理屈は理解できたが、正直これが俺にできるかどうかは自信がない。

 でも、もしもこれが使えるようになれば、魔物との闘いももっと楽なものになるだろうな。


「不安そうな顔をしなくても、君ならすぐに使えるようになるよ。さ、もう日も暮れてきたし、僕は適当に野宿でもしようかな。村からは少し離れたところで寝るけど、結界内にいることは許してくれって師匠さんに伝えておいてくれ」


 彼は手を上へと伸ばし、体をほぐすような仕草をして荷車の方へと歩いていった。


「あの、ありがとうございました!」


 何だか今すぐにでも出発してしまいそうな気配がしたので、俺は彼の背中へ向けてお礼を言う。


「別に鱗の対価で教えたんだから気にしなくても良いよ。それじゃあ、また来年会おう」


 エレムさんはそう言って、荷車を引いて去っていった。

 不思議な人だな。

 去っていく後姿を見て、俺は漠然とそう感じた。

 将来、もしもこの村を出ていくことがあれば、彼のように行商人として世界を旅するのも悪くないのかもしれない。

 世界を旅していれば、きっと日本にもいつか行くことができるだろう。

 その時、血の繋がった自分の家族を探してみるのも良いかもな。

 不思議な満足感を得たまま、俺はこの世界の家族が待つ家へと足を進めた。


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