2.屈辱
「ぐ、あああぁぁぁああぁ」
自分の能天気さをぶち殺してやりたい。何度目だ、自分に呆れ返るのは。
茸を食べてすぐの時は、空腹感が薄れたことで動く気力が湧いてきていたのだが、その後が地獄だった。
胃が焼かれたような痛みと共に、俺は倒れ伏し、視界がチカチカと明滅するようになった。
このままじゃ死ぬと判断した俺は、手を喉の奥に突っ込み、胃の内容物を吐瀉するように促した。
「うぅ、おろろろろろ……」
胃の内容物が出尽くすまで、吐け、吐きまくれ。
最早意識が朦朧として時間の把握すらできないが、胃の中が空になるのに、そう時間はかからなかったと思う。まだ胃の痛みが残っていたり視界が霞んでたりはするが、症状自体は軽くなった。だからと言って、空腹に逆戻りしたことには変わりないのだが。
俺は全身に力が入らず横に倒れ伏してしまう。
吐瀉物から、胃酸のツンとした香りが漂ってくる。
「う、うううううぅぅうぅうううっ!」
体から水分など抜けきってしまったはずのに何故か涙が止まらなかった。胃酸のツンとした香りで誘発されたわけではないことは分かっている。
ただ、我慢の限界が来てしまったのだ。
どうしてこんな目に合っているのか。
俺が何をしたというのか。
親しかった人との思い出はおろか、名前すら記憶にない。自分と同じ人の姿さえ見つけることはできない。食事も満足にできない。こんな理不尽は、恐らく地球にいたころには味わったことがないことくらい、自分に記憶がなくても理解できた。
何が新天地だ。何が移住だ。そんなものどうだっていい。今のこの現状になるくらいなら死んだほうがましだ。
…………死んだほうがまし?
そうだ、死ねば楽になれる。
死ねばこんな感情も消え失せる。
誰でも良い……。
誰でも良いから…………。
誰か俺を殺してくれよ…………。
「ゴブ?」
がさり、と草をかき分ける音と共に、緑色の体躯をした不思議な生物の姿が目に入った。
あれはなんだ?
記憶にないことは勿論、どの生物に近いのかという推測すらできない。強いて言えばその姿は人間と近かった。
少し考えれば分かることだったがここは地球ではない。新しい生態系が確立されていて当たり前である。
「ゴオオォォブウウウ?」
緑色の生物はこちらの様子を窺っているようだ。
どうでもいいから、早く殺してくれ。手に持ったそのこん棒は、そのためのものだろう?
俺がかすかに息をしていることに気が付いたのか、奴は嬉しそうに小躍りしていた。
「ゴブゴブゴブ」
そして何を思ったか奴は俺の体を蹴り、仰向けにさせた。
何のつもりだ?
そして俺の体に覆いかぶさり、股間の方に手を伸ばし、まさぐり始めた。
気持ち悪い……。
まさぐった後に、何故か露骨にがっかりとした顔をしているため、こいつが雌の個体を欲していたのだろうと察しがついた。
さあ、俺は何の価値もない男だ。だから早く殺してくれよ……。
「ゴオオブ」
だが奴は俺を殺そうとせず、何を思ったのか足をひっ捕まえて引きずり始めた。
なんだ?
どこへ連れていくつもりだ?
分からない、分からないが、俺が殺されるのが先か、衰弱死するのが先か、分からなくなったことは確かだった。
◇◇◇◇
連れてこられた先は、薄暗い洞穴だった。
俺は足を引きずられながら洞穴の奥へと連れてこられる。
洞穴の内部は異臭が鼻を突く。
いったい何の臭いだこれは?
生臭く、脳裏にこびりつくような香りが洞穴全体を漂っており、ここに留まるだけで頭が狂うのではないかと錯覚するほどだった。
「ゴオブウウ!」
奴が大きな声で叫ぶと、洞穴の奥からぞろぞろと同じような見た目の生物が姿を現した。
「「「ゴブゴブゴ?」」」
何かあったのか? とでも言いたげな他の個体達に、俺を連れてきたやつは自慢げに報告している。大方、食料を調達してきてやったぞ。俺を褒めろ、とかそんなことだろう。
食料になるのは構わないが、せめて、俺が死んだ後にしていただきたい。
「ゴブ!」
勢いよく俺は彼らの前に転がされる。
彼らのうち一人が、刃物を持ってこちらへと近づいてくる。
ああ――――、やっと死ねる。
そう思った俺の考えを裏切るように、奴は、俺の右の太腿へと刃を刺した。
「!? ぐ、あああああああぁぁぁぁぁああぁ!?」
声も挙げられないほど衰弱していたはずの体が、行き過ぎた痛みで強制的に発狂させられた。
「「「ごっごっごっごっごぶ!」」」
周りの連中はこれ以上楽しいことは無いと言わんばかりに笑い転げていた。
こいつらは俺を食料として持ってきたわけじゃないことに、今更気が付いた。
こいつらは、俺がもがき苦しむ様を見たいだけだ。
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