27.VSエレム①
「それで、ルールはどうします?」
「そうだな……。魔術の使用は勿論あり。命を仕留められる状況になった場合を1本と考えて、僕が3本取るまでに1本でも取れれば君の勝ちにしようか」
「は?」
俺はエレムさんの言葉が一瞬理解できなかった。
「ん? ああ、それだとハンデが足りないかな? 僕は素手で闘うけど、セカイは剣も使っていいよ」
「いや、あの……、それだと俺が圧倒的に有利になるんですが、良いんですか?」
普段から剣を使っている俺にとって、その条件は飲んでいいのか判断に困る。
「納得がいかないなら、1本目はお互いに素手でやろうか。もしそれで俺が圧倒的に君を倒したのなら、君は剣を使うべきだろう」
「まあ、それなら……」
俺は探知魔術、身体強化魔術を発動し、エレムさんの一挙手一投足を見逃さないように集中力を高める。
対してエレムさんは構えることなくただそこに立っており、じっとこちらを見据える以外は何もしていない。
「それじゃ、始めようか。この硬貨が地面に付いたら試合開始だ」
そう言ってエレムさんはポケットから硬貨を取り出し、上へと弾く。
キィン。
甲高い音を鳴らして、コインは空へと投げられる。
「すぅー、ふぅー」
深呼吸をして、精神を鎮める。
ボフ、とコインが地面に付くと同時に地面を蹴る。
「ふっ!」
俺はただ立っているエレムさんへと飛び出し、右拳を放つ。
いとも簡単にエレムさんは俺の拳をかわし、距離を取る。
何もしてこない?
俺は疑問に思いつつも再びエレムさんへと突撃し、細隙なく拳や蹴りを放っていく。
「悪くない、むしろ良いね」
その一つとして掠る気配もなく、無駄のない動きで俺の攻撃を掻い潜っていく。それどころか、俺の戦闘に口を出す余裕まである始末だ。
しかし、このまま攻撃してこないならばエレムさんも1本を取ることができない。必ずどこかで攻撃をしてくるはずだ。
限界まで集中力を高め、エレムさんの攻撃の初動を見逃さないようにしていた。
だが――――
「おいおいセカイ! 簡単に倒されているじゃねぇか!」
「はえーな! 何も見えなかった!」
――――俺は気が付くと顔を鷲掴みにされ、地面に押さえつけられていた。
何だ?
今、何がどうなった?
探知魔術は常にかけていた。
例え目を使わなくとも、俺には周囲の情報が手に取るように分かっていた。
なのに――――。
「さあ、今のが俺が君に教える魔術だ。その様子だと、知らない魔術だったみたいだね。どうかな? 少しはやる気が出てきたかい?」
俺の手を引っ張って起こしながら、エレムさんはいたずらが成功した少年のように無邪気に笑いかけてきた。
俺は何が起こったのか理解できておらず、口をぽかんと開けたまま起こされる。
次第に、沸々と心が湧いてくるのを感じた。
この人は、父さん以来初めての背中が見えない人なのかもしれない。
想像以上の強者に稽古をつけてもらえるという事実からくる喜びが、俺の体を震わせた。
「続きをお願いします!」
「良い返事だ。それじゃあ、剣を持ってくるから少し待ってくれ」
エレムさんはそう言って荷台の方へと歩いていく。
その間に、先の1本の状況を振り返る。
先ほど俺は確かに身体強化も、探知魔術も切らしていなかった。
にも関わらず、エレムさんの動きを俺は感じることができなかった。
彼が俺に教えてくれるという魔術は恐らく――。
「やあ、待たせたね」
考えがまとまったところで、エレムさんが剣を持って歩いてきた。
まだ推測の域を出ていないため、この1本の間に見極めなければならない。
「いえ、ありがとうございます」
俺は剣を受け取り、ビュッ、ビュッ、と軽く素振りをする。
これは良い剣だな。
しっかりとした重みを感じるとともに、手に良く馴染む。
俺がいつも使っているような数物ではないのだろう。
名剣かどうかは定かではないが、少なくとも、堅実な作りをしていることは間違いなかった。
「どうかな? 君の体格にあったものを選んだつもりなんだけど」
「ありがとうございます。剣が自然に体に馴染んだので、正直驚いてます」
知れば知るほどこの人は完璧だな。
俺達は再び向かい合う。
「さっきと同じ始まりで良いよね?」
「はい、大丈夫です」
エレムさんは先程と同様に硬貨を空へ弾く。
硬貨が地に付くと同時に、地面を疾駆する。
二人の距離は一瞬で消失し、俺は右手に持った剣を左斜め下から袈裟懸けに振り抜く。
「はっ!」
軽い気合と共に振り抜かれた剣は、エレムさんの体に迫り、そのまま直撃すると錯覚するような距離まで近づく。
「良い剣筋だ」
彼は剣の腹の部分にそっと触れ、そのまま軌道を逸らす。
何だよその動き!?
俺は内心驚愕を隠せないが、冷静に剣を振るっていく。
俺が父さんから教えてもらっている剣術には、文字通り隙なんてない。いついかなる時でも、どんな体勢であろうと相手を屠る剣だ。
剣の軌道を逸らされた程度で、連撃は止まらない。
「はあああ!」
上へと軌道を逸らされた瞬間、瞬時に切り返し、最速の斬り下ろしを行う。
魔力の移動を最小限にできる今だからこそ使える技だ。
だがそれすらも軽いバックステップで回避される。
ならば――、
二の型・散華。
同時に二つの斬撃を飛ばす武技。
――振り下ろされた剣と、体を共に地面すれすれまで低く持っていく。
「ふっ!」
軽い吐息と共に地面を薙ぎ払い、相手の腱と首を斬ろうとする。首を斬ると言っても、薄皮一枚程度にするつもりだが。
だが当然のように、エレムさんは目に見えないはずの二つ目の斬撃を微かに跳躍し避ける。
エレムさんが空中にいる時間は一瞬だ。
だが、その一瞬があれば良い。
俺は空中で動きの止まった彼の左肩口めがけて、剣の腹を叩きつけるように振るう。
肩口を強打すれば、しばらくその腕は使えない。
相手に剣筋を逸らされたくなければ、相手の腕を潰してしまえばいい。
「ぐっ!」
エレムさんは軽く呻きながら、反対側の掌で剣の腹を抑えようとする。
だが、空中にいる彼の体を支えるものはなく、衝撃によってエレムさんは吹き飛んだ。




