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26.蒼髪の行商人エレム

 少し小走りになって行商人の所へ近づく。


「エレムさん」


 俺の呼びかけに対し、蒼髪の青年はにこやかに挨拶を返してくれた。


「やあ、セカイ。一年ぶりだね」


「はい、お久しぶりです。今日は魔物の素材を売りに来たんですけど、良いですか?」


「ああ、構わないよ。今のお客さんの買い物が終わってからね」


 そう言ってエレムさんは村人たちの買い物を手際よく終わらせていく。

 行商人が来るのは年に一度のため、この村ではある種の祭り状態となる。

 次々と村人が来るため、その全てを捌き切るのに小一時間ほどかかっていた。

 単に村人が欲しいものを渡すだけでなく、今都会ではこんなものが流行っているんですよ、とか言いながら、化粧品や日用品を売っていく様は、何だか立派に働く大人の男性って感じがした。

 エレムさんの顔が整いすぎていることもあり、村の若い女は彼の顔や仕草の一つ一つに頬を染めていた。

 やや長めの蒼髪は目元にかかるかかからないかくらいまで伸びており、スッと高い鼻や薄い唇、女性のように白い肌など、美しいと感じる要素を幾重にも持ち合わせていた。

 それでいて、がっしりと男らしい体つきをしていて、普段から鍛えている俺以上に体が出来上がっていることが服の上からでも分かる。


「よし、それじゃあセカイ、素材を見せてくれないか?」


 作業が一段落したようで、こちらへと話しかけてきた。


「はい、これが売りたいものです」


 俺は背負っていた袋を彼に手渡した。


「どれどれ……、おお! グリフォンの爪じゃないか! グリフォンは並みの冒険者じゃ倒せないほど強いのに、凄いな!」


 俺一人で倒したわけじゃないんだが、褒められることに慣れていないため頬が熱を帯びてしまう。


「ん? 奥の方にあるのは……、龍種の鱗か? こんなにも大量に……ッ!?」


 エレムさんは目を見開いて驚いていた。

 これは、まずかったのか?

 父さんに預けられた素材を確認もせずに持ってきてしまったが、エレムさんの反応を見る限り普通の素材ではないらしい。


「これは、セカイが倒したのかい……?」


 恐る恐る、と言う感じで聞いてくるエレムさん。

 ここで父さんの名前を出していいのか迷うが、今まで村の人たちが父さん達の名前を彼に言った事がなかったことを思い出す。

 多分、村人以外には秘密にしているのだろう。


「いえ、俺が倒したわけでないです。ただ、森の中に落ちていたものを拾っただけで。そんなに貴重な素材なのですか、それ?」


 苦しい言い訳だと思いつつも、俺はその素材の価値を知らないと言って通そうとした。


「貴重どころか、本物の龍種を単騎で倒せる人なんて俺の知る限り片手で数えられるくらいにしかいないよ」


 エレムさんは納得がいっていないようだが、どのような問題が起こるか分からない以上、父さんのことを教えるわけにはいかない。


「僕の手持ちじゃ、この素材は買い取れないな」


 困った、とでも言いたげにエレムさんは頭をかいた。

 多分だけど、父さんは深く考えもせずにこの素材を俺に持たせた気がする。

 龍種は父さんが狩る魔物の中でも一番ありふれているかもしれないものだ。

 その価値について考えたことなどないだろう。


「あの、そこまで気にしなくてもいいですよ。その素材がそこまで価値のあるものなら、手持ちのお金全部と交換ってことでどうでしょう?」


「いや、それだと僕の取り分が多すぎるな…………」


 エレムさんは顎に手を当て、少しの間うなっていた。

 

「そうだ! セカイ、君に魔術を教えてあげよう。もしも覚えていないのならば、これからきっと役に立つ」


 魔術?

 俺は父さんや母さんから魔術を教わっているから、彼に教わることがあるのかが疑問だった。


「それは戦闘に役立つものですか?」


「勿論だ。……ところでセカイ、君は僕のことを勘違いしているのかもしれないな。君は僕がそこまで強くないと思っている。違うかい?」


 流石にそこまでは思っていないし、俺よりも強いことぐらいはなんとなく分かる、だが、それでも、父さんには到底及ばないだろうなとは思っていた。


「それは大きな間違いだよ。戦闘力の無い一般人が、こんなところまで一人で荷物を運べるわけがないだろう。外には凶悪な魔物が大量にいるっていうのにさ」


 確かに、村の外には龍種やそれに比肩するほどの化け物が闊歩している。

 こちらからは母さんの結界の影響で視認することすらできないが、エレムさんの言う通り、ただの人間が来れるような場所にこの村は位置していない。

 この人は、俺が考えているよりも遥かに強い。

 俺は教わることがあるのか、等と驕っていた自身を恥じた。


「そう、ですね。俺が間違っていました。もしもその魔術が俺の知らないものだったら、是非教えてください」


「理解してもらえて何よりだ。……そうだな、どうせなら、模擬戦形式にして教えてみよう。体験するっていうことは、習得を早めるコツだからね」


「模擬戦……ですか」


 父さんやミア以外との模擬戦は初めてだ。

 俺は不思議な高揚感を心に感じた。

 これは、俺が村の外の人間にどれだけ通用するのかを知る又とない機会なのだから。


「分かりました。それでお願いします」


 俺の返答に満足そうに頷き。エレムさんは周囲へと模擬戦のことを伝える。


「周囲の皆様! これからここにいるセカイと、私が模擬戦を行います! 興味のある方は是非ご覧になってください!」


 エレムさんの声に、村の人々は様々な反応を返す。


「お、何だ?」

「戦うのか!? 良いぞ、やれやれ!」

「おいお前ら、二人の周囲に近づくなよ! 戦えるように空間を作れ!」

「エレムさん! 頑張ってください!」

「おいセカイ! そこの優男を倒してやれ!」

「そうだそうだ! 顔が整っている奴は敵だ! 不細工代表としてお前が倒せ!」

「ちょっと! エレムさんに失礼なこと言わないで! みっともない!」


 予想以上の周囲の盛り上がりに、思わず困惑してしまう。

 冷静に少し考えてみると、娯楽に飢えている村人からすれば当然の反応かもしれない。

 閉鎖的な村なのだから、たまにはこういった催しがあっても良いだろう。

 だが俺のことを不細工と言った奴は後で処刑だ。慈悲は無い。


「ははは、予想以上に盛り上がってしまったね」


 エレムさんは楽しそうに笑う。

 その余裕をすぐに剥がしてやる。

 俺達は村の広場の中心で互いに向き合った。


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