20.想像を現実へ昇華する②
「セカイ」
そんな感想を抱く俺に、父さんは話しかけてきた。
「何、父さん?」
「お前、斬れないと思って剣を振るったな?」
「え、いや、だって木刀だよ? 無理に決まって――」
「――それだよ、セカイ。それがお前に足りないものだ」
先ほど言っていた想像力とでも言うのだろうか?
だけどそれは、非科学的で、馬鹿げているとしか思えない。
そんな俺の考えが顔に出ていたのか、彼は真剣味を帯びた表情をしながら話しかけてきた。
「見てろ」
父さんはそう言って、木刀を置いてそこらへんに落ちている枝を拾った。
いとも簡単にへし折れてしまいそうな枝で、一体何をしようとするのか。
俺は不思議に思って観察していたが、父さんの次の行動に驚愕した。
「なっ!?」
父さんはその枝を俺がさっき木刀を叩きつけた木に向かって構えたのだ。
「一体、何のじょうだ――」
――そう言いかけた俺は、父さんから放たれる闘気によって口をつぐんだ。いや、違う。つぐまされたのだ。
その佇まいは、相も変わらず芸術品と言っても良い完成度だった。俺の構えとは、根本から違うと言うことが分かる。
その差を、彼は今から見せてくれるというのだろう。
「すぅー……」
ゆっくりと、彼は息を吸った。
俺は先程このタイミングで魔力の強化を行っていたが、父さんがそうする気配はない。その肉体と武器に、一切の魔力を込めようとはしていなかった。
つまり今、彼は一切魔力に頼ることない自然な状態になっているということだ。
父さんの鍛え上げられた肉体ならば、魔力強化した俺よりも遥かに強い力を発揮できるかもしれないが、だからと言っていくら何でも――
「強化無しの木の枝でなんて……」
ぼそりとそう呟いた瞬間、父さんは目の前の大木に向かって木の枝を振り下ろした。
「疾っ!」
短い吐息と共に、彼は木の枝を振り下ろした。
鋭い芸術品のような軌道で振り下ろされた木の枝は、大木に真正面からぶつかり、そして――
「え?」
――するりと何事も無かったかのようにすり抜けた。
当てなかったのか?
いや、それはありえない。俺は父さんの一挙手一投足を見逃さないようにと眼球に魔力を流しこんで強化していたのだから。
だからこそ、その摩訶不思議な光景を深く疑いつつも、見間違いだけはありえないと言い切る自信があった。
「ふぅ……」
父さんはゆっくりと息を吐き、こちらを振り向いた。
「父さん、今のは――」
「――まあ見ての通り、」
呆然とする俺の顔を見ながら、彼は得意げな笑みを浮かべていた。
父さんはその手に持っていた木の枝を地面に投げ捨てた。
その木の枝が地面に付いた瞬間、
「なっ!?」
ズゥン……、と鈍い音と共に砂埃を巻き上げながら、父さんの後ろに立っている大木は真っ二つに斬れ、左右に倒れた。
「こういうことだ」
「今のは……、一体……?」
何がどうなったのか、俺の頭では全く分からなかった。
ただ一つ分かるのは、この世界には俺の預かり知らない理が存在し、父さんはそれを俺に見せてくれたのだろう。
だが分からないからと言って、理解しようとしないのは間違いだ。それでは何も変わらない。成長することが、できない。
俺は今の一部始終をもう一度振り返り、理解に努めようとする。
「そう眉間にしわを寄せるな」
父さんは考え込み始めた俺の頭にポンと手を乗せ、ぐしゃぐしゃと頭を撫で始めた。
「ちょっ、止めてよ父さんっ」
「何でも理屈で考えようとするのはお前の良いところでもあるが、同時に悪いところでもあるな。今のは理屈で考えても無駄だぞ。ただ、一つだけ言うなら、今の俺の振り下ろしとお前のそれとの違いは、ただ一つだけだ」
「それは?」
父さんは俺の頭から手を離し、得意げにニヤリと笑いながら答える。
「俺にそれは可能だと、信じる心だ」
その答えに、俺は思わずぽかんと口を開けてしまった。
「こ、心?」
「あ、お前信じてねえな!?」
「い、いや、そんなことはないよ」
ただ、あまりにも非科学的で、荒唐無稽な話だなと思っているだけだ。
「嘘つくの下手かお前は! 顔にはっきりと書いてあるからな?」
「う……。ごめん……」
頭をかきながら父さんに謝罪すると、彼は軽くため息を吐き、しょうがないなとでも言いたげな表情をした。
「まあ、さっきも言った通り、これは理屈じゃない。常日頃から想像し続けるんだセカイ。それがいつの日か、目に見える力となって表れるはずだ」
そう言った父さんの表情は愛情に満ちた笑みを浮かべながらも、どこまでも真剣で、真っ直ぐなものだった。
「うん。分かったよ、父さん」
彼が言っていることは、決して嘘ではない。それならば、俺のやるべきことは、するべきことは、決まっている。
俺にそれが可能だと、想像することだ。自身に不可能は無いと、信じることだ。
俺はこの日、新たな成長の手がかりを、父さんに教えてもらったんだ。
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