14.義妹とのお使い
「ありがとう。……そうだ、ミアも一緒に行かないか?」
俺は妙案とばかりに尋ねる。
正直ここに来てから、ミアが村の人と話している姿をあまり見たことがない。
「ええ!? いや無理無理無理」
ミアはその俺の言葉に激しく拒否反応を示す。
何故だ?
「ん~~、そうね、たまにはミアも行ってきなさい。村の皆さんともっと仲良くならなきゃ」
母さんの言うことに逆らう勇気はないのか、ミアはぐっと拒否するのを我慢していた。
「お、お母さんがそう言うなら……」
なんだか大分嫌々って感じがするけど、まあ良いか。
俺はミアを引き連れて、山道を下っていく。
やがて村の入口が見えてくる辺りまで差し掛かり、ちらりとミアの様子を見てみると、緊張しているのか顔が強張っている。
しかも俺の後ろに隠れ始めた
意外と人見知りする性格なんだな。
なんだかミアの新しい一面が知れた気がして、少し嬉しく感じた。
「お兄ちゃん、そのニヤニヤした顔止めて。キモいから」
こらこらそんな言葉を使っちゃいけません。
というか俺の顔見えてないよね?
何で俺がニヤニヤしてるって分かったの?
疑問を持ちつつ、俺はキモいと言われて若干凹んでしまう。そりゃあ、父さん、母さん、ミアと比べれば見劣りするかもしれないけど、俺は不細工ではないと信じたい。信じさせてくださいお願いします。
そうこうしているうちに村の門番のところまで来る。
彼はいつも通りの皮鎧、槍を装備しており、気さくに話しかけてくる。
「よう、セカイ。今日も買い物とはご苦労なこったな」
「はい。ゴズさんも毎日門番お疲れ様です」
俺のそんな言葉に、朗らかに彼は笑う。
「いやまあ、ここから村に入って行くのはジーク様やシンシア様、セカイくらいだからな。正直仕事と呼べるほどのことはしてないよなあ……。ところで後ろの子はもしかしてミア様か?」
「そうですよ。ほら、前に出てご挨拶しなきゃ」
俺に促されてようやく俺の後ろから顔を出すミア。
「これはこれは……。お久しぶりです。俺のことは多分覚えていらっしゃらないかとは思いますが、ゴズと言います。大きくなられましたね、ミア様」
ゴズさんの挨拶に対し、ミアは緊張しながらも返事を言う。
「お、お久しぶりです。いつも兄がお世話になってます」
そう言ってぺこりとお辞儀をするミア。
誰だろうかこれは?
借りてきた猫みたいなミアを見てとんでもない違和感を覚える。
ミアの返事に対して、ゴズさんは何故か慌て始める。
「ちょ、ちょっと! 頭なんて下げないでくださいよミア様。こんなところ村の皆に見られたらなんて言われるか!」
年下なのだから礼儀としては正しいのでは?
俺はそう思ったが、この村ではそういうことではないのだろうか、と疑問に思っていると、ゴズさんが俺に近づいて来て小さな声で耳打ちする。
「セカイ、今の絶対に誰にも言うんじゃねえぞ。ばれたら村長に殺されちまう。つーか兄ってどういうことだよ!? 後で絶対に説明してもらうからな!?」
ゴズさんが何に慌てているのかは分からないが、ここは取りあえず了承しておくか。
「分かりました。それじゃあ、俺達は行きますね」
俺はミアを引き連れて、村の中へと入る。
いつも通り、村の民家や畑が挟んでいる中央通りを歩いていく。
ミアはいつの間にか俺の服の裾を掴んでいたため、その手を取って握った。
一瞬ピクリと反応したが振り払うことはなく、それどころかギュッと手を握ってきた。
歩いていると、畑で作業している人や、家の扉の前で仕事をしていた人、様々な人が挨拶をしてくる。
彼ら、彼女らは後ろの少女がミアだとは分かっているようで、一人の例外なくミア様と呼んで慕っているようだった。
「やっぱり村の人に好かれているじゃないか」
俺は普段から父さん、母さんが村の人たちに好かれていることを身に染みて理解しているため、ミアも同様に好かれているとは思っていたが、予想通りだったらしい。
「それは、そうなんだけど……」
何故か歯切れの悪い返事をするミアが、俺は不思議でならない。
何がそんなに気になるのだろうか?
村人達と挨拶をかわしつつ、酒場へと到着する。
つい先日、行商人が来たばかりだと話していたから、珍しいものでも入っているのかもしれないな。
「こんにちは。買い物に来ました」
「こ、こんにちは」
俺とミアは挨拶しながら酒場の店内へと入った。
「こんにちはセカイ。それと、ミア様。ようこそいらっしゃいました。この酒場の店主をやっております、バーナードです」
眩いばかりにスキンヘッドを輝かせているバーナードさんはお辞儀しながらミアに挨拶する。
「バーナードさん、今日はこれが欲しいそうです」
俺はいつも通りにメモを渡す。
「はいよ。今持ってくるからな。その間、これでも舐めててくれ」
そう言ってバーナードさんは俺達に飴を手渡してくる。
やっぱり、見た目に反比例して良い人だよな。
俺は飴を口に含んでコロコロと口の中に転がしながら、改めてそう思った。
「良かったな、ミア」
俺は飴を口に含んでなんだかご満悦な表情のミアへ話しかける。
「うん。たまには村も良いわね」
想像以上にやっすいな、君は。
俺はなんだかミアの将来が不安になってしまった。
少しして、バーナードさんが奥の方から出てきた。
「ほれ、これが頼まれたものだ。ついでにジーク様とシンシア様が前に好きだって言っていた酒も入れといたから、二人によろしく言っておいてくれ」
「ありがとうございます。二人もきっと喜ぶと思います」
俺の言葉に、朗らかに彼は笑った。
「なあに、この村が無事なのはジーク様とシンシア様のおかげなんだから、このぐらいじゃ受けた恩は返せねえよ」
俺とミアは彼に頭を下げ、酒場を後にしようとする。
すると、バーナードさんが俺を呼び止めた。
「ああ、セカイ、少しの間待ってくれ。話したいことがあるんだった」
「? 分かりました。ミアもここにいて良いですか?」
「いや、申し訳ないが、内密にジーク様へ伝えたいことなんだ。ミア様は申し訳ありませんが、酒場の外で待っていていただけないでしょうか?」
ミアは不思議そうな顔をしながらも、
「分かりました」
と言って、酒場を出ていく。
「それで、話とは?」
俺はバーナードさんへ向き直った。
多分、父さんへの伝言は嘘だろう。ならば一体何の話だろうか?
バーナードさんは俺の方へと向き直り、心配そうな顔をして言った。
「セカイ、ミア様と非常に仲が良いことは俺個人としては喜ばしいことなんだが、恐らく、この村の中ではミア様やジーク様、シンシア様とあまり距離が近しい態度はばれない方が良い」
それは一体どういう意味ですか?
そう聞き返そうとした瞬間、酒場に新しい客が入店してきた。
さすがに他の人がいる状況では続けられない話なのか、バーナードさんは、とにかく肝に銘じておけ、とだけ言って客の方へと近づいていった。
俺は先ほどの話がいまいち飲み込めず、困惑顔をしながら酒場から出た。
酒場から出ると、ミアがつまらなさそうに片足をぶらぶらと振っていた。
「すまない。待たせちゃったな」
「ううん。大事な用事なら仕方ないよ」
バーナードさんの真剣な眼差しから考えて、大事な話、だったのだろう、多分。
だが、その意味を俺はまだ掴めずにいた。
今度、また改めて聞いてみよう……。
俺は先程の言葉の意味を考えるのを止め、ミアと共に家の方へと歩き出した。
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