12.魔力特性②
「ある特性?」
「俺は昨日お前が倒れていた場所にあった魔力の残滓から推測はしていたが、今この目で見てはっきりと理解した。セカイ、お前が持つ魔力の特性は、『破壊』だ」
「破壊……」
言葉通りの意味なら、とても危険な感じがする。
「ああ。魔力が流れた物質を内部から破壊する特殊な魔力、だと思う」
「ん? 物質を内部から破壊? それなら、どうして俺は身体にその魔力を流しても平気なの?」
「多分、体内では無意識にその特性を打ち消しているんだろう。だが体外に放出された魔力はその無意識のコントロールから外れてしまうんじゃないか?」
なるほど、そういうことなのか。
何にせよ、この魔力と言うものは非常に扱いに難があることを痛感する。
「ん? それなら、どうしてさっき父さんを攻撃した時に平気そうだったの?」
父さんは先程確実に、俺の攻撃を受け止めていた。
俺の魔力に父さんのが言うような危険な特性があるのなら、それに触れた父さんもただでは済まないだろう。
「俺の魔力の特性、『消滅』で打ち消しただけだ」
何それ俺の魔力より危険そうな名前なんだけど。破壊と消滅。似てはいるんだけどさ。
「……まあ、それについては取りあえず置いておくよ。つまり、俺が物質の強化をするためには、その魔力特性を打ち消すことから始めないといけないわけか……」
無意識にしてるものを意識的にって、どうすれば良いのか、皆目見当もつかない。
「そういうことだ。……それじゃ、気を取り直してこの丸太を斬ってみろ」
俺は黒く強化の施された丸太の前に立ち、剣を構える。
「はあっ!」
気合と共に足を踏み込み、全力で振り下ろす。
振り下ろされた剣は丸太と衝突し、丸太はその勢いで吹き飛ばされる。
丸太はコロコロと転がり、父さんの足元で止まる。その見た目には一切の傷がついておらず、何事もなかったかのように黒いままだった。
「くそっ!」
明らかに少しも斬ることができていない。
そう確信した瞬間、反射的に口から悪態が漏れる。
父さんは、足元にある丸太を拾う。
「見ての通り、この丸太には傷一つ付いていない。何が原因か分かるか?」
魔力の扱いの雑さを体験させる目的なのだから、それが原因なのだろうが、具体的にどういうところが雑なのかが皆目見当もつかない。
「ごめん。分からない……」
俺はなんだか自分が情けなくなってきた。
行き場の無いやるせなさを、ギュッと手を握りしめることで誤魔化す。
「原因は、魔力の流し方が粗いのは勿論だが、常に全身を強化しようとしてしまっている部分だ」
全身を強化してはいけないのだろうか?
そんな俺の疑問が顔に書かれていたのか、父さんは説明を続ける。
「あ~~、いや少し今の表現は語弊があったな。確かに常に全身は強化し続けている。だが、魔力を効率的かつ効果的に運用したいなら、その中で強弱を付けるべきだ」
「魔力の強弱?」
「ああ。セカイ、お前は全身に全力で力を入れた状態で速く走れるか?」
ああ、なんだか分かってきた気がする。
「走れないね。意識はしてないけど、動作の都度ごとに力を入れる場所は決まっていると思う」
「そういうことだ。魔力も同じで、その時に使う筋肉を重点的に強化することで最大限の強化を施すことができる。満遍なく魔力を流し続けるよりも、集中させた方が力が大きくなるのは明白だろう?」
なるほど。
説明が俺にとって分かりやすいだけでなく、実際に体験することができたからか、すんなりとその理論が頭に入って行く。
「それじゃあ、理解してもらったところで手本を一回見せてやる」
父さんはそう言って黒い丸太を自分の目の前に置き、俺から受け取った剣を正眼に構える。
――――っ!?
不意に、目に見えない圧力を感じた。
だが、俺はこの圧力に覚えがある。
父さんが俺を助けた時に発していたものと同じだ。
気迫が、周囲へと伝搬するほどに研ぎ澄まされているのか。
「ふっ!」
軽い吐息と共に放たれた斬り下ろしは、丸太の中心を捉え、まるで剣の通り道には何もないと錯覚してしまうほどにあっさりと両断する。
ドッ、と鈍い音を立てて丸太が斬られた断面を中心に両側へと倒れる。
俺はその無駄のない動きだけでなく、何より強い魔力が流れるように伝搬していく様子も感じ取ることができ、言葉で表せないほどの衝撃をその身に感じた。
いったい、ここまで来るのにどれほどの……。
呆けている俺に向けて、父さんは話しかけてくる。
「俺にできるアドバイスはここまでだ。後はお前次第だよ」
これができるようになるかは俺のこれからの努力にかかっている。
俺は自身を鼓舞するために顔をパァンと全力で叩く。
ひりひりとした痛みと共に思考が冴えていくのを感じる。
俺のそんな様子を見て、父さんはニヤリと笑いながら俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でてくる。
「お前ならできるさ」
ああ、俺はこの期待に絶対に応えたい。
いや、応えて見せる。
「強化した丸太をここに置いておくから、後は好きに使え」
そう言って、父さんは残っていた丸太十数本に一斉に強化を施していく。
改めて今の自分との距離を痛感させられてしまう。
だが、距離があることなんて最初から分かり切っている。
少しずつ、少しずつ、進んでいく。
いつか父さんに追いつけるその日まで。
「じゃあミア。待たせてすまなかったな。父さんと魔力を扱う練習をしようか」
父さんはそう言ってミアに向き直るが、ミアはそっぽを向いて頬を膨らませていた。
「お兄ちゃんばっかりにかまってるお父さんなんて知らない」
以前ならば、黙って俺のことを睨みつけるだけだっただろう。
こうして声に出して不平を言うだけ、以前とは違うことを感じる。
彼女も、少しずつ変わっているんだな。
「ご、ごめんよミア。決してミアをないがしろにするつもりはないんだ。父さんはミアを一番大切に思ってるから許してくれ~」
ミアに向けて頭をぺこぺこと下げている姿には、先ほどの威厳は欠片も感じられず、俺とミアの目にはただの父親の姿が写っていた。
ミアは頭を下げる父さんをよそに、俺へと顔を向けて、してやったりとばかりにニヤリと笑ってくる。
ミアは父さんの性格を分かった上でからかっていたのだ。
俺は彼女が将来成長した時、とんでもない小悪魔になるという確信を得た。
彼女の伴侶となる男性は苦労することになるだろう。
俺は彼らの様子を見ていてなんだか可笑しくなり、思わず笑ってしまう。
「はははっ!」
そんな俺の笑い声に一瞬きょとんとした父さんとミアだが、やがて、一緒になって笑い始めていた。
笑い声は空高くへ際限なく吸い込まれていき、暖かな陽射しが、広場を包み込んでいた。
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